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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月12日・田川水泡先生の命日

1989(平成1)年の明日12月12日は漫画家・田川水泡先生の命日です。
田川先生と言えば「のらくろ」ですが、野僧は小学校に入る前から復刻版を絵本代わりに愛読していて、1970(昭和45)年の戌年の年賀状には「のらくろ軍曹」の絵を描きました。その後、テレビでアニメが放送されましたが漫画とは顔が違い、落書きに描いても友達から「下手糞」と言われ悔しい思いをしました(「赤胴鈴之助」でも同じ経験があります)。
また、この漫画は戦前の復刻版だったため台詞が文語体で、幼い頃から古文の勉強をすることになり、「蝶々」の書き取りを「てふてふ」と書いて間違ったものの、戦前派の先生から「口で言ってみろ」と言われ、「ちょうちょう」と答えて感心されたことがあります。
「のらくろ」は新兵・2等兵から中隊長・大尉まで昇任したところで退役し、大陸の開拓に身を投じるのですが、田川先生も大陸の風物はあまり詳しくないようでした。
かと言って島田啓三先生の「冒険ダン吉」が南洋の風物を正確に描いていたかと言えば、かなり先入観、偏見もありますから、それが当時の日本の文化人の知識レベルだったのでしょう(現在でも詳しいのはアメリカ、ヨーロッパと中国の都市部だけですが)。
また、「のらくろ」には大陸に渡る船の船長が「タコのハちゃん」だったり、「凸凹黒兵衛」の黒兵衛が白ちゃんと見送っていたりと他の田川作品の主人公もチラッと出ていることがあり、油断ができませんでした。
それにしても軍隊の階級章や役職、編制が判る小学校1年生と言うのは今なら「軍事オタク少年」と呼ばれるのでしょうか?野僧の場合、遠足のバスの中で「軍艦」や「抜刀隊」「戦友」を歌って若い女の教師に酷く怒られましたが。
  1. 2012/12/11(火) 08:25:02|
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