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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月23日・東京裁判A級戦犯の死刑が執行された。

昭和23(1948)年の明日12月23日にA級戦犯7名の死刑が執行されました。
この7名とは陸軍の板垣征四郎、下村兵太郎、土肥原賢二、東條英機、武藤章、松井石根そして文民から広田弘毅元首相でした。、東京裁判のA級戦犯の起訴は昭和21(1946)年4月29日の天長節、死刑の執行が当時の皇太子の誕生日と言うことでGHQの意図が何処に在ったのかは歴史上の推理問題になっています(判決は昭和23年11月12日ですけど)。
7名の遺骸はただちに火葬にふされ、遺骨は占領軍によって東京湾に投棄されましたが、骨片の混じった遺灰は小磯国昭元首相(公判中病死)の弁護人だった三文字正平によって密かに持ち出され近くの興禅寺に預けられた後、伊豆山中に建立された興亜観音に納められ、昭和35(1960)年8月16日には愛知県の三ヶ根山頂近くの殉国七士廟に移されています。
一方、イタリアのムッソリーニは敗戦後の1945年4月27日、愛人・クラレッタ(クララ・ベタッチ)と共に市民によって銃殺され、遺骸は並べて逆さ吊りで晒されました。そして愛人のスカートが捲り上がって白い脚と赤い下着が露出すると興奮した市民が夜陰に紛れて遺骸を引き下ろし、裸にして弄んだ後、市内を引きずり回してバラバラにしたと言われています(あくまでも猟奇伝説の一種ですが愛人の正確な埋葬記録は不明です)。
またヒトラーはベルリンの地下壕の中で愛人を自らの手で殺した後、拳銃で自死し、遺骸は庭に掘った穴の中で焼かれています(遺骨をソ連軍が回収したと言われていますが真偽は不明です)。ゲシュタポ長官のハインリッヒ・ヒムラーなどのナチス・ドイツの主要な者は自殺しましたが、ヒトラーの後継者に指名されていたヘルマン・ゲーリング以下の生き残った戦犯たちはニュールンデルク裁判で裁かれ、ゲーリングは死刑執行の前日に服毒自殺したもののハンス・フランク、ウィルヘルム・クリック、アルフレート・ヨードル、エルンスト・カルデンブルンナー、ヨアヒム・フォン・リッペントロップ、フリッツ・サウクル、アルトゥル・ザイスンイングヴァルト、ユリウス・シャトライヒャの8名は死刑になりました。
つまりイタリアは市民自身の手で独裁者を殺し、ドイツは副総統のルドルフ・ヘスは終身刑で1987年になってから獄中で自殺しましたから未だ許しておらず、それと比べると日本のA級戦犯に対する考え方は甘いと思います。戦争の勝敗ではなく、何の見込みもない戦争に国民を引き込み、近隣諸国まで惨禍を及ぼした罪科を負うべき者たちを殉国の士に祀り上げる愚かさ、奴らによって戦死させられた英霊たちと一緒に軍神として祀った靖国の軽率さは呆れ果ててしまいます。
明日はクリスマス・イブの前日ではなく、そんな日なのです。
  1. 2012/12/22(土) 09:37:34|
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