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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ918

「3000万ドル?馬鹿な。それでは1人幾らになる計算だ」タリバーンとの交渉は身代金の金額を巡る攻防になっている。こうなると若手外交官は普段の経済交渉の感覚に戻っているが、ここで取り引しているのは人質の命であって、相手が見せしめに殺害するところまで追いつめてはならないはずだ。果たしてそれが判っているのか不安になるような口調でもある。
「我が国としては1人当たり幾らで算定しているんだ。君たちが2人を殺害したのだから、その分目減りするのは当然だろう」これでは「人の命は幾ら」と言う値切り交渉にしか聞こえない。日本でもバブルの世代の思慮の浅さが問題になっているが、韓国バブルと呼ばれる好景気に育った世代はやはり何かがおかしいようだ。
「切れました」外国官の報告に両代表は呆れたように顔を見合せる。特に外交部の人選の責任を感じている参事官の顔は恥入って赤くなり、申し訳なさで青くなり、まだら模様になっているようだ。
「それで我が軍の撤退については何も言ってこないのか」「はい、今回は身代金の要求から始まりましたから、その交渉で終わりました」外交官が悪びれる様子もなく報告すると中佐は隅の席に黙って座っている岡倉の顔を注視した。
「次の電話は牧村くんが出てくれたまえ。政府としてはタリバーンが我が軍の撤退を望んでいる度合いも知りたいはずだ。この連中では経済交渉はできても外交交渉は話にならん」中佐の厳しい口調に外交官は自分の上司の反論を期待したが黙ってうなずいただけだった。それを見て外交官は同僚と一緒に嫉妬を燃え上がらせた憎悪の目で岡倉を睨んだ。

「そろそろ良いでしょう」「そうですね。タリバーンからも苛立ちが伝わってき始めていますから」岡倉が電話に出るようになるとタリバーンは率直に条件を申し入れるようになり、交渉は急速に進展した。あれから1週間が過ぎ、身代金の金額は人質1人につき100万ドルを超えるか超えないかの綱引きになっている。そのやり取りの中でタリバーンは「軍の撤退が実現するなら譲歩する」と口にし始めている。ここで「韓国政府がタリバーンの圧力に苦慮してアフガニスタンから軍を撤退させようとしている」との情報が漏れれば韓流ドラマ「迷った挙句」の序幕が上がる。
「よし、本国政府に『そろそろウッカリ口を滑らすように』と意見具申しろ」参事官は領事館員に通信用の起案用紙を持ってこさせると外交官に指示した。同時に中佐は現地軍の連絡官に「兵士たちに『もうすぐ撤退するらしいぞ』と噂を流せ」と命じた。
間もなく韓国から文在寅大統領秘書室長が取り囲んだ記者に「タリバーンが軍の撤退を要求きており、これ以上、人質を殺害させないために応じざるを得ない」と発言するニュース映像が流れた。その顔は苦渋に満ち、インターネットのニュース映像で見ていても名演技に拍手したくなるほどだ。実際、岡倉は派手に拍手してしまい隣りにいたジアエに注意されてしまった。

「女性2名を保護しました。本人たちは韓国人だと言っています」8月13日、突然に人質2名が解放された。解放方法は前々回の牧師、前回の清年の遺骸と同じく夜間に市街地に置き去りにして、自分たちは逃走している。偵察衛星で監視していれば、交通量が少ないアフガニスタンで夜間移動する車両の発見は可能だったのだろうが、人質と捕虜の交換が条件でなくなった時点でアメリカは急速に無関心になっており、クレイトン中佐もほとんど顔を出しておらず、カルザイ政権の警察軍からこの通報も自発的な蚊帳の外だった。
「それでは李大尉に身柄の引き渡しと事情聴取に行ってもらおう。ジュネーブ条約の文民保護規定への違反があれば詳細に確認の上、報告してくれ」中佐の命令をジアエは姿勢を正して受けた。
「現地警察軍との交渉には通訳が必要だな。領事館から1名同行させよう」参事官の指示を遮るようにジアエと岡倉が声を上げた。
「牧村さんにお願いします」「私が行きます」申し出てから2人は顔を見合わせたが、陸軍中佐と外交部の参事官が簡単に受け容れるはずがない。
「どうしてかな」「・・・」「私の本業である取材を兼ねています」返事ができないでいる妻に代わって岡倉が即答した。すると外交官たちが「悪意」の応援をしてくれた。
「彼がいなくても我々だけで十分です」「そうです。お任せ下さい」これで決定だ。
  1. 2017/08/17(木) 09:23:15|
  2. 夜の連続小説8
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