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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ922

「牧村さん、一緒に我が国に来てもらえませんか。政府に交渉の経緯を報告するのに貴方の証言が必要なのです」解放された人質たちと一緒にジアエたち代表団も韓国政府が差し向けた特別機で帰国することになり、参事官は岡倉も同行することを求めてきた。
「それはお断りします。現地軍と交わした契約ではこの事件が解決するまでの通訳だけでしたから、これで業務終了です」岡倉が公式に韓国へ立ち入れるはずがない。たまたまパスポートは韓国への渡航用を持っているが、政府に関係する業務に加われば詳細な身元調査を受けることになるだろう。
「君の活躍を報告すれば勲章の授与もあり得る。そうなれば我が国政府の要人とも面識ができて記者としての仕事にも役立つんじゃあないか」今度は中佐の甘い誘惑だった。今回の突然の勧誘の背景には金田=杉本の愛人である人気ジャーナリストが外交部の上層部に働きかけたらしいことは判っている。岡倉自身が韓国政府に人脈を構築することになれば今後の情報収集で有益なのは間違いない。
「私としてはアメリカに帰ってレポートを作成しなければなりませんから、これ以上の拘束は御免こうむります」岡倉の拒否が頑ななのを知り、中佐と参事官は表情を変えて注意を与え始めた。
「レポートと言っても我が国の国家機密に属するような内容の公表は困るぞ」「勿論、君が関与した程度の内容は国際社会では常識の範疇内だが、ジャーナリストは事実だけを書くとは限らないからな」2人の態度が変わると背後で聞いていた外交部の随員とジアエとは別の大尉が立ち上がって身構えた。下手をすれば身柄を拘束されて強制連行されるかも知れない。そうなれば一巻の終わりだ。
「はい、判っています。私も韓国には個人的に特別な思いを抱いている者です。その点は安心して下さい」この弁明がどの程度の効果を生むか判らないが、逃げの一手しかなかった。
「そうか、失礼した。同じ立場にある方にこれ以上の無礼は働けないな」岡倉の目を見て中佐は手を差し出して岡倉と握手した。最後の一言は岡倉が軍人=自衛官であること、階級は自分と同じ中佐クラスであると推察していることを告知したものだ。岡倉は韓国領事館が手配してくれた市内のホテルに移動した。
ホテルでの夕食を終え、部屋で密かに書き留めていたメモを整理しているとドアがノックされた。
「貴方・・・」手早くメモを隠してドアを開けるとそこには迷彩服姿のジアエが立っていた。ジアエは最終的に解放された男女7人の事情聴取をしていたはずなので少し困惑しながら中に入れた。
「どうした。事情聴取は良いのか」「男女に分けて男性は君(クン)大尉が担当するように中佐が命じたわ」確かにジアエはこれまでも解放された女性信者たちの事情聴取を重ねてきているので、個人の経験に特別なことがなければそれ程の時間はかからないはずだ。
岡倉は軽く溜め息をつくとシングルの部屋には1脚しかないソファーを勧めた。しかし、ジアエはその前にズボンのポケットから封筒を取り出した。
「これを中佐と参事官から貴方にって・・・」「ふーん、謝礼金かァ、大分、入っているな」手渡された封筒は現役時代に受け取っていた1等陸尉の冬のボーナス以上の重さと厚味がある。ウォンからドルへの換算は得意ではないが口止め料としても適切な額だ(十分とは言わない)。
「これは2人のポケット・マネーなのかな」「私たちは幾らかの工作資金を持ってきているからそこから出したんだと思うわ」岡倉は同業者の自腹が痛まなかったことに安堵するとサイド・テーブルに置いてあったカバンに封筒を納めた。するとジアエがベッドに腰を下して仰向けになった。
「私、どうしても貴方の子供を生みたい」ジアエは困惑している岡倉の顔を注視しながら呟いた。
「どうしたんだ、唐突に」以前にもこの希望は聞いたことがある。しかし、今夜のジアエの申し出はあの時とは比べ物にならない程の圧力がある。そこには何かの決意があるようだ。
「絶対に貴方の血筋は守らなければいけない。この優秀な軍人の血、愛する夫の血を私の血と合わせて形にしたいの・・・私たちの子供を抱きたい」今は岡倉も激務の後の高揚感で即応態勢だ。ジアエが伸ばした手に飛び込み、背中に手を回して抱き締めて口づけを交わした。いつもは営みの前には必ずシャワーを浴びているので、ジアエの汗の匂いを初めて嗅いだ気がした。
迷彩服を脱がすには半長靴の紐を解くところから始めなければならない。靴の次には革の匂いが染み込んだ靴下、上衣のボタンを外し、ズボンのベルトを外して脱がしても、これでようやく下着の段階だ。この手間がかかる作業の間に岡倉の野性的興奮は妻への深い愛情に代わっていった。
気がつけばジアエが危なく帰隊遅延になる直前まで愛し抜いていた。
そ・李英愛イメージ画像
  1. 2017/08/21(月) 09:27:27|
  2. 夜の連続小説8
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