古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ928

「淳之介くん、あかりのことを大切に思うなら焦らずに1つ1つ手順を踏んで進んでいって下さい」父からの葉書が届いた翌日、あかりの母・梢さんからも葉書が来た。父の返事も「焦るな」だったのでやはりこの2人はどこかで通じ合っているように感じる内容だった。
「焦るなって言われても本島と八重山では会えるのは年に3回、だったら一緒に暮らすしかないじゃないか」この発想の飛躍が「焦り」なのだが、若い淳之介には判らないようだ。ただし、親の反対を無視して同棲を始めようとはしないところがこの2人の場合は救いである。
「お父さんのメール・アドレスが書いてあったよな。打ってみるかな」アパートの6畳一間のベッドに寝転がりながら父と梢さんの葉書を見比べていて、突然、そんなことを思った。
一緒に暮らしている頃には圧倒的な存在感に押しつぶされそうな気がして逃れることばかりを考えていた父だが、政治と言う大きな力によって立場が危うくなるとその前に自分を守るための手段を講じてくれた父に感謝と敬意を感じ始めていた。そして何より梢さんから聞く、悩み迷い、もがき苦しんでいた父の青春時代の姿は今の自分に多くの教示を与えてくれている。
「それにしてもお父さんの文章は固いようで冗談も入ってるし、笑わせながら考えさせる不思議な手紙だなァ」淳之介には夏・冬休みの宿題を一緒にやってくれた思い出がある。父は休みに入ると土・日曜日の度に自由研究から読書感想文や詩、さらに図画工作まで楽しそうに手伝ってくれた。特に淳之介の学年のレベルに合わせて描いてくれる絵には担任の教師も気がつかない程の巧妙さがあった。
「それにしてもどうして梢さんじゃあなくてお母さんと結婚したのかな」やはりメールを打つ勇気が湧かず携帯電話を枕元に置くと、淳之介は両手を頭の下で組んでいつもの疑問を考え始めた。
「どう考えても愛知の祖父さん、祖母さんに負けたとしか思えないな」答えはいつも同じだ。これが判るようになれば結婚が一歩近づくのかも知れない。

「お母さん、どうして淳之介さんのお父さんに抱かれたの」本島の安里家ではあかりが母に真剣な質問を投げ掛けていた。
「あかりも淳之介さんに抱かれたいの」「ううん、私、『抱かれる』ってどう言うことなのか判らないの」あかりの返事を聞いて梢さんは視聴覚障害者に対する性教育のあり方の限界を感じた。視聴覚障害者の場合、口頭でなければ教材は点字による文章かラジアなどからの音声情報に限られるのだが、文部科学省と厚生労働省の両者が介在しているため互いに問題化すること恐れ、常識をさらに圧縮したような内容になっている。特に性教育は「障害者は守られる立場」と言う前提で内容が構成されているので、性行為そのものの具体的な説明は回避されているようだ。
「あかりは淳之介さんとキスした時、どう思ったの」「お母さんが言っていたように気持ちがつながったって感じたよ」そう説明したあかりの顔が懐かしさと恥じらいで緩みながら赤くなった。
「キスは言葉を語る口を重ねるから気持ちがつながるんだよ。これは淳之介くんのお父さんの意見だけどね」「ふーん、なるほどォ」あかりの素直な返事を聞いて梢さんは微笑みながら話を続けた。
「抱かれるのには段階があって、先ずは抱き締められることからかな」昔であればAはキス、Bは愛撫、Cが性交と説明したものだが今では死後になっているのだろう。
「あかりはもう抱き締められたでしょう」「うん、ギュッとね」「どう思った」母の問い掛けにあかりは自分の胸を両腕で抱きながら答えを探し始めたのだが、思いがけない逆質問が返ってきた。
「お母さんは何時、淳之介さんのお父さんに抱き締められたの、それから何処で、どうやって」これでは抱擁の5W1Hだ。それでも娘の質問には誠実に答えるのが母の務めだと考えている梢さんは隠すことなく説明を始めた。
「お母さんが初めて抱き締められたのは首里の円覚寺でキスをした後よ。あの人はギュッじゃあなくてフワッて感じで優しく包み込むみたいだったわ」梢さんは「初めて抱き締められた」の前に主語を置かなかった。つまりその行為自体が初体験だったようだ。それにしても何だか母と娘の惚気合戦になりそうな雰囲気だ。実際、あかりは自分の身体を抱き締めていた腕を緩めると「フワッ」と言う感覚を確かめ始めた。
「その時、私はこの人の温もりに溶け込みたいって思ったんだよ。だから抱かれることは命が1つになることだったんだね」「命かァ・・・」この母の教えを娘は「ギュッ」と受け止めていた。
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  1. 2017/08/27(日) 08:31:44|
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