古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ935

自分の席で課業終了=国旗降下のラッパを聞いてから携帯電話の電源を入れると、待ちかねたように佳織専用の着信音=アロハ・オエが鳴った。
「アローハー、ユア ハズ スピーキング(=貴方の旦那ですが)」「貴方、こっちのニュースで日本の総理大臣が辞任を発表したってやってるんやけど、どうないしたん」ハワイに行ってからは教科書式日本語が強くなってきている佳織も興奮すると関西弁に戻るらしい。
「どないって言われてもそっちじゃあ何て伝えているんだ」「このニュースでは速報って言ってるからあまり詳しい解説はないんやけど・・・」日本とハワイの時差が19時間あることを考えれば午後5時は昨夜の23時になる。今、電話をかけてきたと言うことは就寝前にニュースを確認したのだろう。
「うん、こちらでの会見でも奥歯に物が挟まったような説明だったから真相は判らないんだ。そもそも山口県選出の政治屋が本音を話すはずはないけどな」会話の内容が今日のトップ・ニュースであること聞きつけた陸曹たちが雑談を止めて聞き耳を立てたのが判ったが、それは無視することにした。
「一応、公式の理由としてはテロ特措法の延長の目途が立たないまま期限切れになることへの抗議と責任と言うことだな」「抗議って参議院選挙で多数派を握った民政党に対してなの」「うん、それしかないだろう」佳織はホノルルの領事館で海外居住者の不在者投票しているが、前政権が退陣した後の日本では新聞・テレビ・雑誌が「政権交代待望論」一色になっていることは知らないはずだ。その論理は自民党の一党独裁による長期政権が官僚の横暴と税金の無駄遣い、そして官民癒着を生んだと言う根拠不明の批判だか、実際の過剰な装飾を施した建物と利用客がなくて閑散とした実情を見せながら赤字の金額を並べられると私でも説得力を感じてしまうから実に巧妙な世論操作だ。
「明日、司令部で質問されたらどう答えようか」「うーん、アメリカに対してはテロ特措法の継続が不可能になったことと言う方がいいのか、健康上の理由にしておいた方がいいのか難しいところだな」アメリカにとっては同盟国でありながらアフガニスタンには地上部隊を派遣せず、その分をインド洋上での給油活動で埋め合わせているのだから、それも中止すると言うことは批判を呼び起こしかねない。その一方でアフガニスタンやイラクでの戦況の悪化を受けて撤退する有志連合参加国も多く、ブッシュの盟友を気取っていた変人首相が退陣した以上、「今が引き時」と言えないこともない。
「健康上の理由って何か発表があったの」「今のところはないが、テレビで見ていてもかなり痩せているし、目にも力がなくて何か病気を抱えているのは間違いないんじゃあないかな」つまり完全な私の主観なのだが、自分自身も病気を保有しているので、他人の病気にも妙な直感が働くようになっているのだ。
「雑談なら可能性として使えるけれど、公式な質問には会見内容を答えるしかないね」「うん、それが常識的なところだろう」ここまででテレビのニュースが官房長官の記者会見の模様を流し始めた。
「待てよ。こっちのニュースで官房長官の記者会見の模様が中継されている」「そうかァ、そっちは夕方やもんね」佳織の返事を聞きながら私は席を立ってテレビの前に移動した。
「総理は入院することになりました」「ほらッ、やっぱり入院するってよ」それならば始めからそう言えば良いのだが、自分の病気までテロ特措法の延長ができないことへのアメリカへの弁明と問題点の告発に利用するところが山口県選出の政治屋なのだ。
「病名は潰瘍性大腸炎です」「ふーん、病名は潰瘍性大腸炎だって」今回は私が佳織に中継しなければならない。アメリカのニュース専用チャンネルなら日本の記者会見も同時通訳で流しそうなものだが、今のところは始まっていないらしい。
「難病指定を受けている病気です」官房長官は質問に淡々と答えているが、具体的な説明にまで踏み込む気がないようだ。逆に言えば政権を投げ出すほど重篤な病気なのかも知れない。考えてみれば総理大臣の父親は私が善通寺にいた頃、膵臓癌で亡くなっている。まだ若いのに政治生命どころか人生まで終わってしまうかも知れない。
「ところで貴方は大丈夫。医者が言う適度の運動と栄養管理も大切だけど貴方は何でも徹底的にやり過ぎるから手を抜くことも必要よ」「うん、一病息災だ」総理大臣の病気から私の健康状態に話が移ってくる。やはり最高指揮官よりも単身生活をさせている夫=私の方が気になるのが佳織の本音のようだ。しかし、本当はあまり息災でもなかった。
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  1. 2017/09/03(日) 09:35:46|
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