古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ940

衆・参両院で与野党が捩じれている国会では前総理を退陣に追い込んだ対テロ特措法に替わる「テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法」が衆議院では可決されたものの参議院では否決されることが必至で、このままでは衆議院の再可決による成立と言うモーターボート競争法以来の57年ぶりの異常事態になる。それにしてもどちらも船による戦いに関する法律なのは単なる偶然だろう。
陸上幕僚監部法務官室に席を置く私にこの法律が関係あるかと言えば全くないので、今年の正月は1年前から予約していた民間機でハワイへ帰省できる。正月のハワイと言えば有名人が大挙して押し掛けるはずなので機内で誰かに合わないか期待したが、エコノミークラスは一般の乗客だけだった。
「アローハー、貴方」「アローハー、お父さま」今年の出迎えは2人ともアロハだった。これはハワイの正装なのだが、初冬の日本とハワイの気温差を考えて陸上自衛隊の第1種夏服の上に防寒衣(=コート)を羽織ってきても佳織とのペアルックにならない。
到着ロビーは入国手続きを終えた日本人たちで混雑し始めたが、テレビで到着した有名人へのインタビューを中継しているのはファースト・クラス用の専用出口のようで、ここでも期待を裏切られた。正月の日本人の客たちは搭乗券だけが団体扱いの者が多く、ガイドが大声で呼び集めることはないようだ。そんな雑踏を抜けて私とアロハの母娘は駐車場に向かって移動を開始した。
「志織、そのアロハは可愛いな」「うん、お祖父さまに買ってもらったの」それにしても志織に「お父さま」と呼ばれるのは初めてではないだろうか。勿論、悪い気はしないが少し違和感もある。
「どうして今日は『お父さま』って呼んでくれるんだ」「お祖父さまが『お前は日本人なんだから、お祖母さまみたいな素敵な日本女性になりなさい』って言うの」これは意外だった。日系アメリカ人であり、元軍人の義祖父が日本人の美学を教えてくれているのだ。そう言えば最近届く志織の手紙も急に日本文が上達してきているようだ。
「お祖母さまってスザンナさんのことかい」「ううん、お母さんのお母さん、典子さんだよ」これはさらに意外だ。義父と義母は離婚しており、スザンナさんとの夫婦仲は円満に見えた。それなのに「典子さんを模範にしろ」と言うことは、義父母の離婚は任務を優先して帰宅しない夫に典子さんが異国での孤独に耐え切れなくなったことが原因だったようだ。
「ねェ、その後、体調はどうなの」私有車の駐車場に近づくと観光客たちはバスやタクシー乗り場に向かうため周囲の人気はまばらになる。そこで佳織が訊いてきた。
「夜寝る時、もうこれで目が覚めないのかなって覚悟して目を閉じているんだけど必ず朝が来るんだ」「何を縁起でもないことを言ってるのよ。私と志織が帰るのを待っているんでしょう」「こればかりは佛縁だから何とも言えないな。人の命を奪った人間が自分の死を避けることはできないだろう」これは毎度の雑談のつもりだったが今日の佳織は顔を曇らせた。
「こんなに遠く離れていると貴方に何かがあっても手が届かないのよ。私が仕事を優先している分、夫婦としての時間が擦り減っていくみたい」その半分涙で濡れた声を聞いて私は立ち止まった。そして引いているキャリー・バッグを放して佳織を両手で抱き締めた。
「私、不安で・・・不安で・・・」佳織は同じ言葉を繰り返した後、唇を噛み締めた。無理に感情と言葉を封印しようとしているらしい。
「馬鹿、今は思い切り泣け、これは命令だ」「はい、泣きます・・・」申告してから泣き始めた佳織を志織は不思議そうな顔で見上げている。幸い通るのは駐車場に向かうアメリカ人ばかりなので普通の場面になっている。しかし、私の中にはこの情景と共通する苦い思い出があった。沖縄で梢と別れた時、同じ言葉を告げてから同じこの胸で泣いたのだ。しかし、今泣いているのは私の妻だ。震える背中をさすりながらその弾力と体温を手に思い出させた。

ハワイの気候は海洋性そのもので最高気温も7、8、9月は30度を超えるが、それ以外の月でも28度前後を維持しており最低気温は1年中20度前後だ。沖縄を経験している私には特別な感覚はないが、初冬の日本から来ればやはり常夏の島であり海水浴もできるのだろう。本来であれば私も佳織が勤める駐屯地の専用ビーチで水泳を楽しみたいのだが、今年は不整脈の発作を起こしたばかりなので諦めざるを得ない。そんな中、思いがけないお年玉をもらった。
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  1. 2017/09/08(金) 10:25:01|
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