古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月11日・奄美大島を描いた孤高の画家・田中一村の命日

昭和52(1977)年の明日9月11日に晩年を過ごした奄美大島を美しくも気高く描き切りながら中央画壇からは無視され続けた田中一村(いっそん)さんが亡くなりました。69歳でした。
野僧は愛知県の穢土から逃れ、佛教を守る戦闘に参加するためスリランカに移住することを決めたのですが外務省と国防省の間で調整がつかず(本当に大臣同士で議論になったそうです)、それを待っている間に健康を害して断念せざるを得なくなりました。それで次の移住先に選んだのが奄美大島だったのです。
奄美大島は明治初期に起きた廃佛毀釋の凶風の最大の被災地で、鹿児島本土でも藩主の菩提寺まで破壊される程だったものの入れ替わるように禁教されていた浄土真宗の隠れ門徒たちが雨後の筍のように現れ、多くの寺院が建立されました。ところが島津藩にとっては植民地のような土地であった奄美大島では藩士がそのまま新政府の役人になったこともあり、一切の妥協を許さず佛教寺院だけでなく地元民が信仰していたお堂や祠なども徹底的に破壊したのです。このため村民に新たな信仰を与えようと考えた村長によって島を訪れた外国人宣教師の洗礼を受けさせられて村中がカソリックになってしまった地域まで存在します。
野僧は「この地で佛教を再生させよう」と発願して海上自衛隊の基地がある瀬戸内町に移住の相談を申し入れたところ多くのパンフレットが届き、その中に田中さんの作品が紹介されていたのです(瀬戸内町は歌手の元ちとせさんの出身地なので電話の待ち受けは「ワダツミの木」でした)。
野僧は沖縄生活が長く、本島のヤンバルや西表島などの原生林に分け入った経験もあるのですが、描かれている南洋の鳥や蝶、花、果実などは同じでも視界に占める植物の割合は微妙に違い、やはり鹿児島と沖縄の中間に位置する島であることを再認識しました。その一方で妙にスリランカの高地のジャングルに似た雰囲気を感じたのも確かです。
田中さんは明治40年に現在の栃木県栃木市で彫刻家の長男として生まれました。幼い頃から父に呉昌硯風の南画を習うと各種展覧会で入選を重ねるようになり、中学生(旧制)だった大正15(1925)年に発行された全国美術家年鑑に名前が掲載されるほどだったのです。つまり作品が売買されていた=プロの画家だったと言うことでしょう。18歳で東京美術学校日本画科に入学して東山魁夷さんや橋本明治さんと同期になりますが、父が病気になったため学費が払えず3カ月で退学することになりました。父が病没すると母と5人の兄弟の暮らしを支えるため南画を描いて売るようになりますが、やがて注文に応えるだけの作画には飽き足らなくなって自分の画風を模索するようになっていきました。30歳の時、千葉市に家族を連れて移住すると力仕事をして生活費を稼ぎながら絵を描き、39歳で日本画家の川端龍子さんが主宰する青龍社展に出品した「白い花」が入選しますが、肝心の川端さんと意見が合わず関係は消え、その後は日展や院展などに出品しても入選することはできませんでした。
そして50歳で西日本一巡のスケッチ旅行で訪れていた奄美大島(本土復帰して5年後)に移住して現在の奄美市名瀬有屋町に一軒家を借り、庭で自給自足しながら大島紬の染色工として働いて貯金を始めたのです。こうして60万円が貯まったところで職を辞め、高価な画材を購入すると「資金が尽きるまで」の覚悟で一連の傑作を描き始め、この日を迎えてしまいました。
野僧はパンフレットで知ってからこの巨匠に興味を抱き画集などを購入したのですが、本土にいた頃の作品も傑出しており、どうして多くの展覧会が落選にしたのか理解できませんでした。おそらく南画の高踏気韻と琳派の華麗さを融合させた斬新で画期的な画風が門閥の中でしか生きられず、師の名声を足掛かりに地位を獲得した審査員たちには脅威であり、「出る杭は地面に叩き込むに限る」とばかりに徹底的に排除し、本人が奄美大島に移住したことで無視を決め込んだのでしょう。
田中さんの作品が世に知られるようになった切っ掛けはNHKの「日曜美術館」で取り上げられたことでした。作品だけでなく生き方も知られるようになると南の島に移住したことから「日本のゴーギャン」と呼ばれるようになりましたが、田中さんの傑出した画力はゴーギャンを凌駕しており、これは失礼です。ちなみに墓所は栃木市の真言宗・満福寺にありますから野僧が移住していても墓参はできませんでした。
余談ながら野僧は二紀会の北久美子さんの西洋画に似たような空気感を覚えているものの芸術家にとって「誰かに似ている」と言われることは個性の否定=侮辱になりますから断言はしません。
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  1. 2017/09/10(日) 09:38:05|
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