古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ943

冬季戦技教育隊での遊撃集合訓練は夏のレンジャー課程を雪中でやるようなものだ。レンジャー課程では基礎体力作りから始まり、開けても暮れても乙武装で走っては腕立て伏せや腹筋、鉄棒での懸垂を繰り返す。一方、遊撃集合訓練では走る代わりにノルディック・スキーで滑りまくるのだが、こちらはストックを使うため凍りついた鉄棒にぶら下がって懸垂をするまでもなく上半身の筋力も強化されると言う寸法だ。
「札幌の雪は重いから思ったよりもきついね」「確かにスキーが引っ掛かるような気がするな」今回の専修生は北部方面隊の各普通科連隊と東北方面隊からの31名、3曹になって1年の安川は下から2番目の先任順だが陸曹教育隊の同期が2人おり、この同期は網走から来ている。
名寄では「海に近い分、網走の方が暖かい」と言っているが冬のオホーツク海は流氷で覆い尽くされるため寒さの質が違うだけで平均最低気温は零下13度と10度の違いだ。その点、札幌はやはり暖かい分、雪も水分が多く重いようだ。
「名寄では日にどのくらい滑るんだ」「毎日、20キロがノルマだね」「機動連隊の割に頑張るな」
同期は意外そうに言ったが、確かに現在の名寄・第3普通科連隊は全隊員が乗車できるだけの装甲車を装備している。しかし、第3普通科連隊ではかつて稚内から上陸して南下してくるソ連軍を音威子府で阻止する「捨石」と言われていた頃からの伝統が維持されており、その誇りは安川自身も抱いている。だからこの集合訓練で挫折すれば生きては帰らない覚悟なのだ。
「それにしてもここで使っているスキーは具合が良いな」「うん、試作品らしいが、そのうち部隊にも回ってくるだろう」冬季戦技教育隊では冬季用装備品の研究も任務としていてスキーやカンジキ、雪中用迷彩外衣などの試験を専修生で実施しているようだ。
「これから冬季山岳訓練、2月からは大演習場へ移動して遊撃訓練(本当はどちらにも「基礎」がつく)、頑張らないとな」「俺たちは集合訓練で雪中レンジャーになる最後の精鋭だからな」来年からは現在の冬季遊撃集合訓練が正式の課程になるのだ。課程としては格上げではあるが伝統に幕を引く者として修習生は気合いを入れ、教官たちも最後の一花を咲かせるため全力を尽くすのだろう。

滅多にない座学で安川は不可解な過去を思い出してしまった。テーマは「モッティ戦術」だ。
これは1939年11月30日にソ連のスターリンが盟友だったヒトラーの領土拡大に同調して隣国フィンランドに侵攻を開始した時、弱小と言われていたフィンランド軍が展開し、これを撃退したゲリラ戦術だ。フィンランド軍は全土にある数多くの湖沼が凍結して降り積もった雪で存在が判らなくなっていることを利用して、ここにソ連軍の戦車部隊を引き込み、立ち往生しているところを包囲撃破し、さらに雪原では車両以上の機動力を発揮するノルディックで補給部隊を襲撃したため、前線は糧食と燃料が欠乏して壊滅したのだ。これが冬季遊撃集合訓練の目的であるのは言うまでもない。
意外なのはこの教育内容が新隊員課程にまでさかのぼってしまうことだ。北海道の普通科連隊ではこの戦術は常識であり、中隊長の精神教育の定番になっている。田島1尉も熱弁を奮っていたが、その内容がより詳細に安川の新隊員課程の時の精神教育のノートに書いてあったのだ。そこで陸士としては分不相応な質問をしてみた。
「フィンランド軍はソ連軍の戦車の6541両のうち2268両を撃破していますが、戦車は30両しか持っていなかったはずです。雪の中でどうやって対戦車砲を運搬したのですが」この時も陸曹たちは自分たちが知らない軍事知識を1等陸士の安川が持っていることに不快感を示していた。
「お前、そんな高度な専門知識をどこで仕入れた」ところが田島1尉は回答の前に思いがけない確認をしてきた。
「はい、新隊員課程の中隊長の精神教育で習いました」「モリヤ1尉だな」田島1尉は身上票で安川が久居の教育隊に入隊した時の担当中隊長がモリヤ1尉であったことは知っている。それを確認して意外な種明かしをした。
「俺の今の教育内容は守山時代の中隊長だったモリヤ1尉の請け売りなんだ。モリヤ1尉はモッティ戦術をバイクでの機動で市街戦に応用できないかを研究しておられてかなりの権威だったぞ。新隊員に北海道を希望させるために得意の説法をしたんだな」イラク派遣に参加する切っ掛けもこのノートだった。安川3曹は聡美との結婚を含めて自分がモリヤ中隊長の手造りのような気がしてきた。
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  1. 2017/09/11(月) 10:00:40|
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