古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ944

今年のウチナー正月は2月7日の木曜日だ。ウチナー正月の前の日曜日に母の長姉である日出子伯母の娘が結婚するため入社10カ月の新人とは言え少し長めの休暇がもらえた。
昔の沖縄の結婚式は公民館やモンチュウ筆頭の屋敷を会場にして来賓以外には招待状も出さず、ネクタイさえ締めていれば通り掛かりの者でも参加して料理や酒を楽しむことができたらしい。しかし、最近はホテルで開かれるため本土と大差なく、若者もスーツを着ていかなければならなくなってきた。そんな中、淳之介は父親が卒業祝いに送ってくれた金ボタン、ダブルの船乗りの制服だった。と言っても海上自衛隊の制服なのだが、袖には3等航海士を意味する1本の金筋が入っている(本当は3等海尉の階級章)。
「淳之介、服装だけは一人前の船乗り見たいさァ」「うん、まだ見習いだけど船長の次だからこんなもんだよ」披露宴が始まると淳之介は隣りの席の2歳違いの従兄である次姉の夕紀子の息子・勇邦(ゆうほう)と談笑を始めた。本土での結婚式には出たことはないが沖縄では出席者の数でモンチュウの団結と繁栄を誇示するため、ホテルになってかなり減ったもののそれでも従兄弟用の隅の席からは新郎新婦が見えないほどの大広間だ。
「結婚式ってお金がかかるんだよね」「そりゃあそうだけど、予定もないのに余計な心配をしなくても良いのさァ」祖父母は淳之介があかりと交際していることは話していないようだ。
「ところで美恵子叔母さんは和服なんだな。やっぱり本土帰りは違うねェ」勇邦は自分の母親が座っている席を見ながら呟いた。沖縄では和服の着付けができる者がいないので洋装が一般的らしい。
「あの人は目立つのが好きだから姪の披露宴でも自分が主役なんだよ」「あのまま夜の仕事に出れば本土の高級クラブのママさんみたいだな」淳之介の説明に勇邦も同調した。勇邦の母=淳之介の伯母たちにとって美恵子は不倫の末に離婚し、その原因になった相手と再婚しながら再び離婚、おまけに集団レイプ事件の被害者にもなった恥ずべき存在であり、本音では晴れがましい席には呼びたくなかったのだろう。実際、伯母の日出子は祖母の指導を受けてようやく招待状を用意したのだ。
「それで淳之介は八重山で楽しんでいるんねェ」「楽しむって言っても何もない街だからね。観光客でなければやることはないよ」「ダイビングは始めないねェ」「見習い航海士にはそんな余裕はないよ」どうやら勇邦は自分で船を操縦して沖に出られると思っているのかも知れない。その船を借りるのにお金がかかることまでは考えないのが沖縄の人間だ。石垣島は観光地としての見どころは多いが住民にとっては日本の外れの離島に過ぎない。映画や買い物をするにも不自由なのでパソコンを買ってからはインターネットばかりやっている。その時、2人の間に立ってビール瓶を突き出した人物がいた。
「淳之介、何時から海上自衛官になったんだ」それは松真叔父=玉城1曹だった。
「これは船乗りの制服です」「嘘つけ、モリヤニィさん(2佐ん)に買ってもらったんだろう」「はい、正解です」それでも袖の階級章の桜はつけてないので正式な制服ではないはずだ。この念が入った気配りを梢さんは「深い優しさ」と言っているが母親の美恵子には重かったようだ。
「あれッ、叔父さんのところの子供たちは」「3学期が始まってるから1泊2日の沖縄旅行は無理なんだ」「そろそろ受験じゃあないですか」「うん、上のは高校受験だよ」松真の子供たちには淳之介が玉城家に住むようになってからは毎年のように会っているが、上の娘は「ニィニ」と呼んで慕ってくれていた。その点では同じように帰省してくる立場の勇邦よりも「親(ちか)しい」はずだ。
「それにしても本土での受験は大変ですね」「そう言うお前は沖縄でだったじゃあないか」淳之介の心配を松真は皮肉で返した。しかし、淳之介の受験は学科ではなく、反自衛隊活動家だった担任教師の嫌がらせと父がPKOで起こした武力行使の問題で極めて大変だったのだ。そんなことを思い出しながら淳之介は松真が注いでくれたビールを飲み干した。
「おう、その飲みっぷりは一人前だな。今夜は飲みに連れて行ってやろう」淳之介のグラスが空になったのを見て松真は感心したように大きくうなずくと勇邦と一緒に飲みに連れて行くことを約束した。沖縄ではそのまま新婚旅行に出かけるのではなく、披露宴の後は2次会、3次会が続くのだが、そのどこかで抜けて2人を歓待してくれるようだ。
「でも俺、まだ未成年ですよ」就職したとは言え淳之介はまだ19歳だった。沖縄でこのようなことを気にする者はいないが叔父は自衛官なのだ。それを聞いて松真は感心したように苦笑した。
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  1. 2017/09/12(火) 10:11:13|
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