古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ945

「この店だ」2次会、3次会で夕食を済ませた淳之介は従兄弟の勇邦と一緒に叔父の松真に那覇市内の58号線沿いにあるテナント・ビルの2階のスナックに連れてこられた。店のドアの横に掲げてある看板には「カッチン」とある。これは祖母の祖母が始めた当時は漁港だった那覇港で水揚げされる魚を使った小料理を出す店の名前で、沖縄方言の「いただきます=カッチーサビタン」から命名したものだ。つまり今は母・美恵子が経営しているスナックだ。
「いらっしゃいませ」松真に促されて淳之介がドアを開けると案の定、中から聞き覚えはあるが最近は聞いていない声が聞こえてきた。
「淳之介、何ねェ」美恵子はドアの内側にあるカウンターを仕切る壁から顔を出した淳之介を見て怒ったような声を出した。美恵子は勇邦が言っていたように和服のままで、雰囲気は映画などで見る高級クラブのママだ。むしろ披露宴会場よりも合っているような気がする。
立ち止まっている淳之介の背中を松真が押して入ると状況を察したのか、美恵子は無表情にボックス席に案内した。普通であれば遠方で働いている息子が訪ねてくれば商売気抜きでカウンターに座らせて親子水入らずの会話を楽しもうとするだろう。そうしないところが勇邦の母たちが嫌っている美恵子の「情」を解さない性格ではあるが、商売に徹している割に美恵子は愛想笑いもなしでボックス席にお絞りを持ってきて注文を取った。
「ビールで良いねェ」「俺のボトルは残っているよね」「アンタは帰省しても店には来ないから処分したさァ」要するに客のボトルが終わった時のつなぎに提供したと言うことだ。それが美恵子流の経営方針なのだろうが、弟のボトルを他の客と同列に扱う姉に松真は立腹よりも呆れた顔をした。
「そうかァ、ボトルがあれば安くおごれると思ったんだが当てが外れたな。仕方ないから島を変えるか」松真としては両親や姉たちから美恵子と淳之介の親子関係が冷え込んでいることを聞いており、この機会に互いの胸中を話し合わせてわだかまりを氷解させようとしたのだが、原因を確認しただけになってしまった。
「タオル代とサービス料金として御1人様1000円ずつ頂戴します」立ち上がった弟と息子、甥に美恵子は代金を請求し、松真は流石に怒った顔をして胸ポケットから財布を取り出した。
その時、ドアを開けて別の客が入ってきた。容姿は丸顔で肥満体だが、着ているスーツは一見して高級そうだ。すると美恵子は黙ったまま少し後ずさった。
「美恵子、帰ったよ」その客は明らかに外国人の日本語で話しかけた。ところが淳之介はその声にも聞き覚えがある。
「シャオゼン(青然)・・・おかえりなさい」「おーッ、今日は着物だね。私が来るのが判っていたのかな。丁寧な歓迎、どうもありがとう」客は黙って見ている3人を無視して歩み寄るといきなり抱き締め口づけをした。その様子を見て淳之介はこの外国人が母のアパートに泊まり、朝から性行為に及んでいた相手だと確信した。あの時も母は「シャオゼン」と呼んでいたはずだ。
松真は母親と知らない男のキスを見せられた甥を気遣ったが、淳之介はむしろ自分よりも落ち着いている。やがて唇を歪めて冷たい笑顔を作ると淳之介は外国人に声をかけた。
「はじめまして。美恵子の息子の淳之介です。母が色々お世話になっているようで有り難うございます」突然の挨拶に外国人は腕の中の美恵子の顔を見た。すると美恵子は激しく首を振った。
「嘘よ。この人はただのお客さん、酔ってふざけているのよ。私が独身なのは貴方も知っているでしょう」美恵子の弁明に客は半信半疑の顔で淳之介を見返した。どうやら美恵子は自分のことを未婚の独身と説明しているらしい。その嘘に疑惑を抱かせればここは十分だろう。淳之介は父親譲りの戦術判断で撤退の一撃を放った。
「お母さん、何だか都合が悪いみたいだね。ごめんなさい。お母さんがそう言うなら僕はそれで良いよ・・・はい、ただのお客です。失礼しました」「この子が『お母さん』って呼ぶのは『ママさん』のことなのよ、判るでしょう」淳之介の痛烈な皮肉に美恵子は苦しい言い訳を始める。この続きは見ないで想像した方が面白そうなので、淳之介は抱き合ったままの客と美恵子の横を抜けて店から出た。松真は財布から取り出した3000円をボックス席のテーブルに置いて後に続き、最後になった勇邦が「お邪魔しました」と意味不明の声をかけてドアを閉めた。
「叔父さん、ありがとうございました」淳之介は店の外で何故か松真に深く頭を下げた。
ん0・岡田奈々イメージ画像
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  1. 2017/09/13(水) 09:44:10|
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