古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月19日・ソ連をロケット大国にしたツィオルスキー博士の命日

1935年の明日9月19日はソ連をアメリカに比肩し、現在までの信頼性では凌駕しているロケット大国にする基礎を作った超天才・コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキー博士の命日です。
野僧は中学から大学を中退するまで毎晩のようにモスクワ放送を聴いていたのですが、当時のソ連にとって宇宙開発は国家機密に属していたためその指揮を執っていたセルゲイ・パーヴロヴィチ・コロショフ博士の名前や業績は明らかにできず、アメリカの新型ロケットの発射や宇宙開発の成功が報道を賑わせるとこれに対抗するためツィオルコフスキー博士の伝記を紹介していました。
日本人のイメージではアメリカが世界最先端の科学技術を独占しており、ソ連は第2次世界大戦後にナチス・ドイツから連行した技術者によって模倣した物真似に過ぎず、その後もスパイによって盗み出した西側の技術で改良を加えているに過ぎないと信じられていましたが、実際はツィオルコフスキー博士が基礎を造り、その上にコロショフ博士が構築した独自の技術だったのです。
ツィオフスキー博士は日本がまだ江戸時代だった1857年にロシアでもヨーロッパとアジアの境界線であるウラル山脈の麓にある街で生まれ、10歳の時には猩紅熱で聴力を失う不幸に遭いましたが(アメリカのヘレン・ケラーも同じ病気で聴力・視力・発声を失った)、独学で数学や天文学を探求・研鑽して、まだ19世紀だった1897年には「ロケットの噴射と速度の公式」=ツィオフスキーの公式、46歳の1903年には「反作用利用装置による宇宙探検」と言う論文を発表したのです。その理論はロケットの噴射と速度の相関関係を推定する公式を中心とするものでナチス・ドイツが開発したV2ロケットでも実用化されていなかった多段式ロケットによる地球の引力からの離脱を提唱しており(強力な1段目で浮上させて高空に射ち上げ、ここで重い1段目を捨てて軽量な2段目で加速して大気圏外に出る)、これを利用した宇宙船や人工衛星による宇宙利用や旅行を示唆していました。
1903年と言えば12月17日にライト兄弟が「最初の継続的に操縦を行った空気より重い機体での動力飛行」に成功した年ですから、ツィオフスキー博士の頭脳は人類のレベルを完全に超越していたようです。しかし、古くからの帝政を維持していたロシアでこのような超天才が理解されるはずはなく、本人も出身地で過ごしたため埋もれたまま忘却されてしまったのです。尤も理論が認められたとしてもようやく木製布張りのライトフラーヤー号が飛んだ程度の科学技術ではどうしようもなかったのでしょう。
次の大天才・コロショフ博士によって長年にわたって妄想扱いされていたツィオフスキー博士の理論は実現されることになりますが、多段式のボフォース・ロケットによって人工衛星・スプートニク1号が射ち上げられた1957年はツォルコフスキー博士の生誕100周年に当たりました。
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  1. 2017/09/18(月) 09:29:15|
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