古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

果たして高校野球は学校教育の一環なのか?

日本高校野球連盟がようやく試合の短縮化に向けてタイブレーク方式を採用することを決めたそうです。タイブレーク方式はすでに野球をやっている数少ない国による国際大会(その癖、「ワールド」の名を冠していますが)や都市対抗野球大会、全日本大学野球選手権(神宮球場での東京6大学野球とは別)、そして国民体育大会では採用されているので「何を今更」と言う感じですが、高校野球連盟が是非を問わず伝統に固執するのは毎度のことなので逆に「大英断」と賞賛するべきなのかも知れません。
実際、この問題の審議の席では「最後まで悔いなく試合をさせたい」と言う時代錯誤や「タイブレークは回数制限がなくなるのでかえって選手の負担が増える(現在は15回までで引き分け再試合になっているのが引き換えに撤廃されるため)」と言う屁理屈が並びかなり難航したようです。
タイブレーク方式とは前もって規定されている回まで延長が及んだ時、ノーアウト、ランナー1、2塁から試合を始めるもので、バントが成功すれば2、3塁になり、スクイズで得点が挙げられるため試合が決着しやすくなる反面、後攻も同じ条件なので失敗は許されず、決して気楽に競技できるようになる訳ではありません。
それでなくても高校野球、特に甲子園球場での全国大会は主催者が球場の使用料を節約するためかなり強行日程であり、晴天が続けば投手は連投になるため延長戦が短くなることは少しでも負担を軽減するためには有益なのでしょう。
昭和44(1969)年に行われた三沢高校と松山商業高校の決勝戦では当時は18回までだった延長戦でも決着がつかず翌日に再試合が行われましたが、松山商業高校は控えの投手を登板させたのに対して三沢高校は試合で通用する投手は太田幸司さんしかおらず連投になったため4対2で勝負がつきました。この試合では松山商業高校の監督と主審(球審)が明治大学野球部で旧知の先輩・後輩であったため太田投手に不利な判定が見られ、2重の苦しみを味わったようです(当時の規定では出身高校・出身都道府県が同じ監督の試合の審判はできないことになっていましたが、大学については規定がありませんでした)。
また野僧が高校に入った年の夏の甲子園では愛知県代表の東邦高校が決勝にまで勝ち上り、同じ年齢の坂本佳一投手が全試合を投げ抜いたのですが、大学で一緒になった東邦高校野球部出身者によると坂本投手は身体が未完成だった1年生での連投で肘から肩が壊れてしまい、2、3年生の予選ではマスコミが注目するためベンチには入れても登板させられる状態ではなかったそうです。さらに沖縄水産高校が昭和60(1985)年の夏の大会から昭和62(1987)年の夏の大会にかけて大活躍した時の上原晃投手も連投に次ぐ連投の酷使で特に指先が深刻なダメージを受けており、元人気投手が監督を務めていた中日ドラゴンズに入ったものの活躍はできずに終わってしまいました。
こうして考えると東邦高校の坂口慶三監督と沖縄水産高校の栽弘義監督は勝負師としては卓越していたとしても教育者としてはあまりにも非情に過ぎたのではないでしょうか。そんな人物が高く評価される世界ですから選手の負担を軽減する対策に賛意が揃わないのもうなずけます。
高校野球連盟と朝日新聞、毎日新聞は本当に教育を目的に競技を開催しているのか・・・昔から疑っていますが今回のニュースで疑念はより強まりました。
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  1. 2017/09/28(木) 10:01:46|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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