古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

10月1日・中華人民共和国の国慶節(こっけいせつ)

10月1日は中華人民共和国では新年を迎える春節(=太陰暦の1月1日)と並ぶ祝日である国慶節です。
国慶節は漢字の意味としては日本の2月14日の紀元節や韓国の10月3日の開天節のような建国を祝う日なのですが、この日は1949年に毛沢東さんが国共内戦に勝利として中華人民共和国の成立を宣言しただけです。ちなみに台湾に逃れた国民党の中華民国も武昌で辛亥革命の武装蜂起が始まった10月10日を国慶節、若しくは双士節として祝日にしています。しかし、その後の血塗られた歴史を考えると中国人民にとっては酷刑切(こっけいせつ)、若しくはそれを反省することなく「盛大に祝え」と強要している中国共産党の態度と単なる大型連休として楽しんでいる人民の姿は滑稽拙(こっけいせつ)の方が似合いそうです。
その一方で中国の歴史は世界4大文明の1つであるだけに悠久過ぎて韓国の開天節の檀君が即位した西暦紀元前2333年や日本の神武天皇が即位した西暦紀元前655年どころの騒ぎではなくなってしまうので同様の建国記念日は設定不可能であり、手頃な出来事だったのかも知れません。
尤も韓国の開天節と日本の紀元節も科学的・記録上の証明はできておらず、韓国は日本が敗れて統治が終わった8月15日を光復節の方を重要視しているのですから日本もサンフランシスコ講和条約を締結した9月8日を独立記念日にするべきです(日本が公式記録に初めて登場する魏志倭人伝は西洋暦280年頃の成立であり、その時点では統一国家になっていませんでした)。日本の皇室とは違い史実で紀元前500年頃からシンハラ王朝の存在が証明できているスリランカでさえイギリスによって王家が廃位されているため1948年に植民地支配から解放された2月4日を独立記念日にしています。
野僧が中退した大学は中国史の研究では日本の最高峰を自負しているだけに冷やかし入学でも少し詳しいのですが、史跡や甲骨文字などの遺物で存在が証明できている最古の国家は「殷」で、西暦紀元前1050年頃に河南省の黄河下流域に成立したようです。初代は湯王とされ邪馬台国の卑弥呼と同様に神託や卜占で統治を行っていたとされています。しかし、3代の紂王の時に長安を本拠地とする「周」の武王によって滅ぼされてしまいました(武王の軍師は今でも釣り人の代名詞になっている太公望さんです)。それ以前にも伝承としては西暦紀元前2000年から1500年頃に山西省で成立して17代にわたって王が君臨した「夏」、さらに三皇五帝が君臨した古代帝国などに遡ります。
ところが世界史の四大文明となるとインドのインダス川流域では西暦紀元前2600年頃、エジプトでは4200年頃、メソポタミアに至っては9000年頃にまで遡るのです。これは中国だけが後発と言う訳ではなく他の3つの文明は石造建築だったため大規模な遺跡が残っているのに対して東アジアでは木造建築であったため礎石か遺物を発見するしかなく、放射線測定などによる年代特定が困難なのです。
そんな太古からの歴史を有する国家が70年に満たない新体制の成立を誇示しているのですから日本も謙虚になって神道だけの宗教的虚構を国家の祝日にするのは止めて下さい。
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  1. 2017/09/30(土) 09:27:39|
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