古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

「PLAY BOY」の創刊者・ヒュー・ヘフナーさんの逝去を悼む。

9月27日に男性向け雑誌の代表である「PLAY BOY」を創刊したヒュー・ヘフナーさんが亡くなったそうです。91歳の老衰による自然死だったと言うことです。
野僧の母校は明治創立の県立の普通科高校だったのですが、所在地の土地柄から他の同様な高校が大学受験の予備校と化している中、それらには完全に背を向けていて生徒は青春を謳歌しながら3年間を過ごしていました。何せ野僧が会長・副会長などの生徒会の役員を歴任するくらいですから詳しく説明する必要ないでしょう。
その一方で教師たちも「教えたいことを教える」と言う教師冥利を満喫していて、日教組の教師は反戦平和=反米親中を唱え、保守系の教師は教育勅語を教材にするなど独特な校風が醸成されていたのです。
そんなある日、英語の教師(副担任)が授業でアメリカ版「PLAY BOY」を見せると滔々とこの雑誌の素晴らしさを語り始めたのです。いきなりヌード・グラビアを開いてプレイ・メイトの魅力と選考基準についての持論の熱弁を奮い始めたのですが、グラビアの女性の陰毛が修正として傷つけられていることを徹底的に批判し、以前、アメリカのPLAY BOY社に「女性美を理解しない役人たちによって我々日本の読者は官能を味わう権利を奪われている。世界に冠たる影響力を有する貴社の論説で、是非とも日本政府に圧力を加えてこの暴挙を撤廃させて下さい」と雑誌を添えて書簡を送ったことを説明しました。その話は女生徒もいるためそこまででにして男子の希望者のみに回しましたが、全員が舐めるように見たのは当然です。
そしてヘフナーさんの経歴を紹介しながらこの雑誌がある程度の教養を有する標準的なアメリカ青年を読者としており、このため記事も左右に偏らずアメリカが世界中で関わっている政治・軍事・経済などの社会問題やファッション・スポーツ・芸能などの流行の紹介を幅広く取り上げ、性的欲望と知的欲求の両方を満足させること目指していると言いながら、むしろPLAY BOYが流行を作っているとも付け加えました。
その後、野僧は大学を中退して自衛隊に入りましたが、ヘフナーさんは逆に第2次世界大戦中は従軍し、帰還後に大学へ復学しています。つまり知的レベルは似たようなものだったらしく野僧も沖縄でアメリカ版PLAY BOYを愛読するようになり、アラスカ人の彼女の父親を通じて入手した無修正のグラビア本を土産として副担任に届けると他の男性教師たちも目を輝かせて欲しがったため、毎回、数冊ずつ持ち帰る羽目になりました。
ヘフナーさんがこのような発想を持つようになったのには結婚を前提に交際していた妻が従軍中に浮気したことを告白したことで一般的な規範に押し込められる倫理観が破綻し、社会人としての道徳と男性としての欲望を共に肯定してそれらを追及することが人生の喜びであると自覚したことだと言われています。このためグラビアを飾った豊満で金髪のプレイ・メイトたちは完全に自分の好みで選考しており、かなりの数を愛人にしていますが、それを批判ではなく憧れにしてしまっていたことでも社会的影響力の大きさが判ります。
ところがヘフナーさんはアメリカ社会で同性愛が話題になった1971年には自分も実体験しており、女性と関係を持つことが単なる性的欲求だけではなかったことも証明しています。
ちなみにPLAY BOYが雄ウサギをシンボル・マークにしているのは「哺乳類で最も性欲が強いからだ」とアラスカ人の彼女の父親から聞きました。あの世でも先に亡くなったプレイ・メイトたちに囲まれて自分の天国にするのでしょう。感謝を込めて御冥福を祈ります。
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  1. 2017/10/03(火) 09:15:04|
  2. 追悼・告別・永訣文
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