古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ966

イギリスの夕方6時からのニュースは5時間の時差があるニューヨークでは一般企業の昼休みが終わった後になる。ところが今日は昼休みの娯楽番組の画面に字幕のニュース速報が流れているため多くの職場では切らずに見ることになった。
「中国のチベット自治区の中心都市・ラサ市内で僧侶による大規模な暴動が起こった模様です。イギリスのジャーナリスト連盟からスクープ映像が届きました」アナウンサーは新聞の見出しのような台詞だけを言うと自分も黙って映像を見た。
映像はチベットの僧侶たちが集まって何かを叫んでいる場面から始まった。すでに字幕がつけ加えられているためそれがチベット民族蜂起記念日の集会であることが判る。ここで場面は一転、僧侶たちが叫び声を上げながら投石を始め、続いて都合よく落ちていた木の棒や鉄パイプを振りかざして店舗に駆け寄り、ウィンドウを叩き割って店内に侵入した。この様子を映しながら店舗の看板が漢字であるのを見せ、字幕での「中国人が経営する店舗」と言う説明を強調している。最後は店内の商品を破壊しながら高級品をポシェット(=頭陀袋)に入れて略奪している現場をハッキリと映したところで画像が止まり、アナウンサーが注意を与えた。
「ここからは残酷な映像になりますから子供や気の弱い人たちに見せるべきかは慎重に判断して下さい」これが終わって映像が再開すると全面がモザイク処置されている向こうで抗議と罵声、悲鳴と嬌声が交錯し、床に倒れた人物を映しているモザイクが紅く染まった。
当然のことながら工藤以下、杉本、岡倉、松本もこの映像を事務所のテレビで見ている。
「この映像が流れたと言うことは倉田さんの活動は失敗だったんですかね」少し長めにソルラル(新年)の休暇を取っていた岡倉には倉田の出発は留守中の出来事だった。出発に至る経緯や目的の説明は受けているが、やはり当事者としての理解には至っていないようだ。
「倉田くんはこの映像をBJFが撮影することになった背景を探りに行ったんだから阻止することが目的ではない」「それにしてもこの日のことは中国の少数民族への抑圧に批判的なアメリカのマスコミこそ注目していたはずなのにBJFの映像を流したと言うことは撮影に失敗したんではないでしょうか」工藤の説明に松本が自分の推測を加えて話の方向を変えた。
「おそらく現地には乗り込んでいても何らかの理由をつけられて撮影には行けなかっただろう」「新華社通信は共産党の宣伝媒体ですから海外メディアに報じさせなければ信用されない。その悪魔の誘いにBJFが応じた理由が明らかになればブラウン政権は成立して1年も経たずに窮地に陥るな」「労働党政権は中国に甘いと言う前提で国民に見られているからな」4人はあえて倉田のことには触れなくなった。倉田はこれまでも単独行動を好み、今回と同じく山岳写真家の肩書で中国国内でも辺境の地を回ってきた。ただ、自衛隊時代の経験なのか危険を懼れない大胆さがある反面、妙に諦めが早く、平気で生命を棄てようとするところもある。工藤が今回の任務を倉田に与えることを躊躇したのは今回の政治的策謀の中に投げ込むことに不安を感じていたからだった。
「ところでこの暴動を起こした坊主たちは妙に軍人的ですね」ニュースを録画した映像にモザイクを消す処理をした杉本が思いがけない指摘をした。
「ふーん、そんなところがあるのか」他の3人もテレビを見ると杉本が巻き戻して再生した。
「先ずは号令を受けてから一斉に投石を始めているでしょう。このタイミングの取り方は何かを切っ掛けに雪崩を打ってと言うのとは違うと思うんです」鋭い指摘に工藤以下の3人はうなずいた。
「人数分の棍棒や鉄パイプが足元に落ちているのも不自然ですが、ここでも走りだすタイミングも号令で一斉です。これでは『突撃に進め』ですよ」ここでは自衛隊の話題は禁句になっているため工藤が顔をしかめると杉本は肩をすくめ、それでも岡倉と松本は顔を見合せて笑った。
「そして木製の棒で頭部への1撃で叩き殺している。これは急所を知っていなければできない芸当です。おそらく棒術に類する格闘技の訓練を受けた人間なのではないでしょうか」「つまり僧衣を着た兵隊と言うことだな」「確かに言われてみれば体格も僧侶のものではないな」短時間のニュース映像を繰り返し確認すると投石する時の腕の振り方は野球ではなく手投げ弾の投擲式であることが判った。また袈裟を掛けていない右腕や肩の筋肉は鍛え抜いた戦闘員のもので最初に映っている僧侶たちの肉体労働に向かない身体とは明らかに違う。果たしてこの事実にニュースを配信された世界各国の軍人たちも気づくのだろうか。
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  1. 2017/10/04(水) 08:57:05|
  2. 夜の連続小説8
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