古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

中国発!戦後史の真実が明らかにされた。

日中国交回復よりも前に事実上は中国共産党の機関紙である北京日報の特派員として日本に滞在し、外交を指揮していた周恩来(シャンエンライ)首相の指示を受けて政界工作を展開していた王泰平氏が9月29日の国交正常化45周年を期して共同通信の取材に応じました。
それによると当時の中国は文化大革命によって経済が回復不能なまでに大打撃を被っており、「これを早急に立ち直らせなければ共産党政権の存続が危うくなる」と考えていた周首相は「国交回復によって日本の経済援助と産業支援を受ける以外に方法はない」との結論に達し、その実現に向けてあらゆる手を尽くしていたとのことです。
そのために王氏は日本の政界事情を観察し、先ず佐藤政権の重鎮・保利茂幹事長と接触して日中国交実現への意思とそれに伴う台湾との国交断絶について確認しましたが回答は曖昧で「台湾の蒋介石政権との関係が深い佐藤栄作政権の間は交渉開始さえも無理である」と判断すると同時に日本の政治風土から見て「これ以上は長期政権を維持することはできない」との結論に達し、周首相に直接報告したと述べています。
そして次の政権の選択については福田赳夫氏と田中角栄氏の直接対決になると予測し、佐藤氏の後継者として外交方針も踏襲するであろう福田氏ではなく、台湾よりも巨大な中国市場に目をつけている田中氏を勝利させるように政界工作を開始したとのことです。具体的には長さえ籠絡すれば票数が固定される自民党の派閥制度に着目して、日中国交に対する所見を問う取材を通じて接触を開始し、同時に親中的報道姿勢を公然化している大新聞を利用して長期政権からの刷新と日中国交正常化を待望する世論を扇動して、これの実現を次期総裁=首相の絶対条件にしてしまったのです。このため次を狙う大平正芳氏や対象外の三木武夫氏(ロッキード事件がなければ出番はなかった)、そして福田氏と同じ選挙区で支持者の争奪を演じていた中曽根康弘氏を田中支持に組み入れることに成功して首相の座に据えると、喜び勇んで北京まで出掛けた田中首相は周首相の手の中で踊らされた揚句に今日のような世界規模の経済・軍事的脅威を作り出してしまいました。
この時、中国側は田中首相を歓待するために生活習慣から好物、嗜好品まで詳細に調査し、食べ慣れていた新潟産の米から味噌と好みの具、晩酌の酒、同じ寝心地の布団までを揃えただけでなく、起床と就寝の時間、その時の習慣までを中国の迎賓館=釣魚台国賓館に再現したそうですが、その調査を担当したのも王氏だったのでしょう。
保守系の人たちは日本共産党のことを同じ名称を持つ「中国共産党の手先」と決めつけて党員どころか支持者までを「非国民」「売国奴」と非難しますが、実際に中国の術中にはまって思い通りの総裁=首相を選択したのは自民党であり、それも田中首相個人が完璧な歓待に感激して外交交渉の相手を旧友であるかのような親近感を覚えてしまったため散々につけ込まれる失態を演じてしまったのです。実際、この訪問に同行した大平氏は中国側の交渉の裏にある狡猾な要求を洞察して苦悩していたのに対して、会食の挨拶で日中の戦争の歴史に「遺憾(日本では『申し訳ない』、中国では『残念』)」と言う不用意な表現を使ったことが周氏を強気に転じさせる原因になったにも関わらず田中首相は終始上機嫌だったと言いますから、その意味ではどちらが売国奴なのかよく考える必要があります。
ところで中国からの情報によるとマスコミがオタク的な人気を演出している自民党の元農林水産大臣はかつて訪中した時、ハニートラップに掛ったそうですが、やはりファンと公言しているキャンディーズのミキちゃんタイプの細身の女性をあてがわれたのでしょうか。
スポンサーサイト
  1. 2017/10/05(木) 10:10:36|
  2. 時事阿呆談
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ968 | ホーム | 振り向けばイエスタディ967>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4184-8b6542f1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)