古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

アーサー・ヤノフ博士の訃報に感じる疑問

アメリカの精神科医で心理学者でもある(精神医学会と心理学会が厳しく対立している日本ではあり得ない経歴です)アーサー・ヤノフ博士が10月1日に亡くなったそうです。93歳でした。ヤノフ博士は第2次世界大戦と朝鮮戦争後に復員兵の精神治療を担当した経験から現在は日本でも日常的に用いられるようになっている「サイコロジカル・トラウマ(心的外傷)」と言う概念を提唱したことで有名です。
十数年前、野僧は内科に入院しながら検査結果が予想外に深刻だったことを説明する担当医に「生者必滅、死ぬ時期の早い遅いに大した意味はない。むしろ早く楽になれるのなら有り難いことだ」と答えたことを「自殺願望」と判断されて精神科に転科させられたため、巡回に来る精神科医師や看護師を毎度の質問責めにして(最後には科長が専属の担当医になりました)、この症例にもかなり詳しくなりました。
医師の説明によると欧米ではこの症例の研究に医学的な分析手法が加えられていて、トラウマ(=「傷」を意味する古代ギリシャ語で19世紀に活躍したフランスの精神科医で心理学者のピエール・ジャネ博士が採用した)が起こる原因は「ストラスによってアドレナリンの分泌量が過剰に増大し、それが脳内の扁桃体を刺激して強く記憶させている」と解明されているそうです。このため脳内に深く刻まれた過去の記憶が突然甦り、それを現実のように思い込んで回避行動に走り、原因を決めつけて攻撃し、時には自己喪失に陥るフィードバックが生起すると言うのです。さらに戦場パニックを予防・鎮静化させるために使用される覚醒剤に含まれるアテロールやリタニンにもアドレナリンの分泌量を増加させる効果があるため「戦争からの帰還兵には大規模災害などを経験した一般人よりもトラウマを抱える者が多い」としており、アメリカでは打ち続く戦争の帰還兵の加療処置としての研究が並行して進められることになりました。
しかし、このような医学的研究や統計的分析に関する取り組みが日本の精神医学会には欠けており、実際、阪神淡路大震災や東北地区太平洋沖大震災の被災者の追跡調査を大々的に実施すれば1つの現象によってトラウマが生起する確率の検証できるのですが、そのような根性や能力はないようです。本来は精神風土の差異による発現比率の相違を検証するべきでしょう。
事勿れ主義を国是とする日本では医学に限らず予防を過度に重視するため、何かの切っ掛けで「心的外傷」が問題になればその原因を回避することに躍起になり、その対策を行政に求め、やがては過剰な粗探しを始めます。実際、災害や犯罪に遭遇すれば子供が受けた心的外傷を軽減させるため心理カウンセラーなる専門家が送り込まれますが、その災害や犯罪の重大性は次第に軽くなり、最近では団体生活の目的の1つである自己解決能力の養成を放棄して専門家に任せることが常識化しています。これは日本的な機会均等の権利意識により「同じ過酷な経験をしたのなら同じ対策を受ける権利がある」と決めつけている市民と「何かあった時の言い訳のために万全の対策を取れ」と命令する行政府の長が生半可な知識に基づいて対応しているから生起している愚挙ではないでしょうか。
問題なのは前述したように同一の事象を経験しても必ずしも全員がそれをトラウマ化してしまうのではなくむしろ発現率はかなり限定的であり、ヤノフ博士も「復員兵の中には」と限定を前提にして心的外傷の存在を認め、世に提起したのであって「復員兵は必ず心的外傷を負っている」と断定した訳ではありません。何よりもヤノフ博士はトラウマを解消するための対策の研究にも取り組んでいたのですから、それも日本の精神医学会に伝えて欲しかった(日本では単なるストレス発散法として紹介されています)・・・ご冥福は祈ります。
スポンサーサイト
  1. 2017/10/06(金) 09:42:08|
  2. 追悼・告別・永訣文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ969 | ホーム | 振り向けばイエスタディ968>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4186-48d27963
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)