古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

呆れる前に腹が立った都会の過保護PTA

所要があって千葉県内でも東京のベッド・タウン在住の友人に電話をしたところ本人は不在だったので代わりに奥さんと話したのですが、雑談になってからは高校生の姉と中学生の弟の学校生活に関する悩みと愚痴が始まり、それを聞いていて呆れる前に腹が立って困りました。
奥さんは現在、娘さんが所属している高校の女子バレー部のPTAとして練習の終了時間が遅いため学校で食べさせる夕食の支度に出ているそうです。娘さんはバレーボールの強豪校である遠方(電車で1時間)の高校に通っているため奥さんも仕事を終えてからその距離を車で通い、食事が終わって片付けを済ませた後に娘さんと一緒に帰っているそうです。そうなれば当然、中学生の弟の方は鍵っ子の孤食になりますが、そこは頑張っている姉を優先することで納得してくれているとのことでした。
野僧の時代(40年前ですが)には高校に入れば早く大人になりたい一心で背伸びをして親に指図されることを嫌い、特に部活動では顧問の教師さえも無視して監督やOBの言うことだけに従っていました。だから部活動を通じて一緒に厳しい練習に耐える戦友愛を醸成し、先輩後輩の礼節と実力による勝負の厳しさの両立を学び、こうして自主自立=親離れをしていくため進学や就職でもOBの勧誘に従って決定することは珍しくなかったのです。何よりも部活動のために勉強をおろそかにすると成績が下がり、親に介入させる口実を与えることになりますから、部活動を守るために勉学にも励むことにもなりました(最初に入ったヨット部は成績低迷で退部させられた)。
また野僧は悪夢のような中学時代を過ごすことになった三悪道そのものの穢土から「一駅でも遠くの高校へ行こう」と言うのが選択理由でしたから通学時間は1時間を超えており、部活動や生徒会が終えて家に着くのは9時前後でした。それから夕食を食べ、モスクワ放送と深夜放送を聞きながら勉強に励み、眠るのは毎晩3時前でしたが(壁には祖父が書いた「四到五落=4時間しか眠らないで励む者は到り、5時間眠る者は落ちる」の紙が貼ってあった)、始めから無理解な父親の勝手な思い込みの叱責に耐えながらも入り直した柔道部や生徒会の職務を全うしたのです。
この娘さんの高校は女子バレーボールの強豪校と言うことですが、野僧の高校のヨット部も入学前年にインターハイ制覇を成し遂げており、1年の時には青森国体で2位になりました。それでも親や顧問の教師の出番などはなく、OBと同じ艇庫を使っている大学生の指導だけで部活動は運営されていたのです。この高校は県大会の準々決勝までは常連になっていても全国大会に出場したことはないそうなので、おそらく県内トップの高校が採用している練習方法を参考にするのと同時にPTAによる支援も模倣しているのでしょう。
奥さんとしては「声を掛けられて断ればPTAの心証を害し、それが中傷として監督の耳に入れば実力以外の点で不利になってしまう」と言う親心で無理をしているようですが(弟には我慢をさせている)、PTAに「おんぶに抱っこ」で練習に励むようでは高校の部活動ではありません。
地方出身の奥さんによれば都会では口頭ではなくネットで中傷が拡散するため嫌われるようなことは絶対にできず田舎以上に周囲の顔色を窺いながら暮らしているそうです。だから「遠距離通学しているため毎日は無理だ」「弟もいるから最後まではできない」と言う事情を申し出ることもできず、実際、同様の理由で参加に条件をつけた母親のことを「子供に対する愛情がない」「協調性・責任感が欠落している」だから「家庭は崩壊寸前」「子供は母親が不倫で妊娠した」と中傷するメールが届いたことがあるため、ひたすら耐えているようです。
「そんなことは下級生か補欠にやらせろ」と言うのも都会では「差別」になってしまうのでしょう。
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  1. 2017/10/11(水) 09:55:23|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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