古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ974

イギリスにスクープを抜かれた欧米のマスコミ各社は苛烈な取材合戦を繰り広げているが、そんな一部の取材陣がインド最北部のヒマラヤの裾にあるヒマーチャル・アラデー州ダラム・シャーラーのチベット亡命政府を訪ねていた。
「ダライ・ラマ14世はアメリカのシアトルの地方紙のインタビューで自分の穏健路線に不満を持つ過激派の僧侶が起こした暴動だと認めていますが、それが亡命政府の公式見解と理解しても良いのですね」記者に対応した亡命政府の高官は英語に堪能なのだが一つ一つ言葉を選んで回答している。ただし、欧米のマスコミはインタビューの一部だけを取り上げてそれが真意であるかのように歪曲するストローマン方式と言う報道手法を常套手段とするため回答に慎重を要するのは間違いない。この高官も苦渋を舐めさせられた経験があるようだ。
「猊下は可能性の1つとして仰ったのであって断定した訳ではありません。当方が現地から入手している情報では最初に猊下が述べられた暴徒が僧侶に化けていたと言う可能性も排除はできないのです」ダライ・ラマ14世は事件発生直後、1959年に人民解放軍がチベットに侵攻した時、兵士が僧侶に化けて僧院や王宮に入り込み、破壊や略奪を行った事実を例に引き、今回も兵士が僧侶に化けている可能性を指摘したのだが「現地を見てきた」と称するイギリス人記者が「僧侶たちが漢民族と回教徒だけを狙って暴行を加え、殺害していた」と反論したことを受けて自分への不満の可能性も認めたのだ。さらに1959年の事件を描いた映画の人民解放軍が僧侶に化ける場面を写した写真を証拠として流した者があり、その写真が虚偽であることが発覚したことで「人民解放軍が化けた」と言う事実は完全に否定されてしまっている。
「つまり亡命政府としては今後も必要であれば暴力革命を扇動する意志があると言うことですね」これは右左の二者択一ではなくイエスとノーの答えを求める質問を繰り返すことで自分が意図する方向に引き込む取材手法だ。本質的に善人である高官はこれに乗せられてしまった
「我々は始めから暴力革命などは求めていない。チベットの独立さえも諦めて中国の一部としての伝統に基づく高度の自治権を求めているのだ」これだけ長い回答を引き出せば、部分・部分を抽出することで幾らでも過激な発言に脚色することができる。記者は心の中で舌舐めずりをした。
「それでは誰が犯人であるにしてもあのような暴動は認めることはないのですね」「はい、佛教に基づく非暴力の運動が我々の基本です」「それを僧侶が破ったなら」「当然、許されませんが、そんな者はいないと信じています」ここで記者は仕上げの質問をした。
「ヨーロッパでは今回の暴動の責任を取ってダライ・ラマ14世は1989年に贈られたノーベル平和賞を返納せよと言う声も起こっていますが、それに応じる気持ちはありますか」「あれは猊下が指導してこられた非暴力の独立運動が評価されたものであって、今回の事件とは無関係ではないでしょうか」「要するに返納に応じる必要はないと言うことですね」「私が猊下のお考えを勝手に代弁することはできませんが、私個人の意見としてはそう言うことです」このインタビューが全て紹介されるのなら極めて常識的で穏健な見解なのだが、記者がストローで吸い上げると全く違う趣旨になっていた。
「これが佛教界の実態か!チベット亡命政府高官に独占インタビュー」翌週の日曜日の報道バラエティーではこのような言葉で特集コーナーを紹介していた。
「ダライ・ラマ14世は自分の穏健路線に不満を持つ過激派の僧侶が起こした暴動だと認めていますが」「暴徒が僧侶に化けていたと言う可能性も排除できないのです」先ず亡命政府は映画を使った写真を証拠として主張していた「偽物の僧侶の犯行」と言う見解に固執していることになった。
「チベットの独立さえも諦めて中国の一部としての伝統に基づく高度の自治権を求めているのだ」「あのような暴動を認めることはないのですね」「はい、佛教に基づく非暴力の運動が我々の基本です」「それを僧侶が破ったなら」「当然、許されませんが」今度はチベットの独立を求める僧侶たちの運動を亡命政府=ダライ・ラマ14世は否定したことになる。
「ノーベル平和賞を返納せよと言う声も起こっていますが」「今度の事件とは無関係ではないでしょうか」これでダライ・ラマ14世は暴動の責任を認めず、ノーベル平和賞の名誉と高額の賞金を着服したかのようなイメージができあがった。勿論、この内容を伝える出演者たちの嫌悪する表情と侮蔑した口ぶりがイメージを強調していたのは言うまでもない。
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  1. 2017/10/12(木) 09:59:47|
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