古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ975

「おい、こいつは佛像みたいな死に方をしているぞ」遺骸を運び出すため経蔵に入った警察官たちは奥の壁際で坐禅を組んだまま死んでいる倉田、本名・村田達郎を見つけてそれぞれの反応をした。
「ふーん、真面目に修行していた坊主なんだな」そう言って帽子を取って頭を下げる者がいる。
「死ぬ時まで目が覚めなかったんだよ。骨の髄まで麻薬中毒になっていたんだ」馬鹿にしたように冷笑する者がいる。
「こんな姿勢で死んでいては運び出すのに困るぞ」他の僧侶の遺骸を担架に載せながら口を尖らす者もいる。どちらにしても佛教の儀礼で手を合わせる者は1人もいなかった。
「こいつは携帯を持っているぞ」死後硬直が始まっている村田の遺骸は無理に伸ばすと「バリバリ」と嫌な音を立てた。警察官は手が握っている携帯電話を見つけたが引き離すことができない。
「使えるか。確かめろ」「電源が切れている。これは中国製ではないよ」「それじゃあ充電はできないな。一緒に焼いてしまえ」中国の警察官は幹部以外は人民解放軍の兵士を同じく徴兵として臨時雇いされているためプロ意識は弱く、証拠物件として確保するよりも余計な仕事を増やさないために処分する方向へ思考が進むようだ。
その頃、北京ではインターネット上に掲示された僧院でのガスによる殺害の動画が問題になっており、現地指揮官に捜索が命じられていたのだが、治安警察と共産党の2系統から指示が届いたため、権限と責任の所在、捜索に関する必要な情報、報告先と期限の確認などに時間を要して搬出と運搬、荼毘=焼却処分の作業に間に合わなかったのだ。

村田が所在不明になって1週間が経ち、宮志玲にもホテルの共産党政治局員から呼び出しがきた。
「暴動と一緒に姿を消したのだからあの男はCIAに違いない。どうしよう」電話を切った志玲も政治局員に疑惑を持たれた先に拷問が待っていることは熟知している。中国の拷問は肉体だけでなく精神にも徹底的な苦痛を与え、命が助かっても廃人になり果てることは間違いない。その疑惑を避けるためにはどう振る舞えば良いのかを短時間で真剣に考え始めた。
「アイツが置いて行ったアメリカのパスポートと身分証明書を証拠として渡せば任務を遂行していたと思ってもらえるはず・・・でもあの男のことは何も調べられていない」志玲の背中に冷気が走る。自白剤を飲ませて寝物語に本当の身分を訊き出すはずが、逆に肉欲に溺れさせられてしまった。快楽と恍惚の中で任務を忘れ去っていた自分が信じられなかったが紛れもない事実なのだ。
志玲は政治局員に定時報告してきた内容を思い出してみたが、ここ数日は「1人でトイレから抜け出したまま帰ってこない」と嘘をついてきた。そんな意味のない思案は現実の先送りにしかならない。
結局、志玲は政治局員によって全てを察知されてしまった。ただし、拷問は受けず、その交換条件としてホテル職員の慰安婦を兼ねた専属のコール・ガールとして飼われることになった。

「何だ、これは」この日も事務所のパソコンでチベット関連の投稿記事を確認していた杉本が声を上げ、工藤と松本、岡倉は一緒に立ち上がって背後から画面に見入った。
「何だ、これは」すると3人も声を揃えて同じ台詞を吐いた。画面には「今、チベットで行われている事実・メイクビデオ」と言う先日と同じ書体の字幕が流れ、僧院の経蔵のようなセットの中でチベットの僧衣を着た男たちが英語で演技指導を受けながら床に寝転んでいく姿が映っている。
「お前は上を向いて苦しそうに口を開けろ」「もっと力を抜け、死んでいる演技なんだから」監督役の指導であの日の動画と同じ姿になった。すると見えない位置に置いてあるダイビング用ボンベが映り、係がコックをひねって空気を噴出させ始めた。
「よーい、スタート」画面から消えた監督の声が響くと倒れている僧侶たちとガスの噴出音だけの映像が始まった。
「これであの動画が捏造だと言うことにしたいんだな」「ついでに投稿者が名乗り出ることも期待しているんでしょう」工藤と松本の見解に岡倉もうなずいた。
「その前に村田のパートナーを発見して保護することだ」「はい、村田さんが居住していた地域は特定できています」杉本の返事を聞いて工藤は松本と岡倉の顔を見回した。
う・宮志玲イメージ画像
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  1. 2017/10/13(金) 10:14:33|
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