古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

勿体なさ過ぎる今年のノーベル賞

野僧は基本的に医・科学分野以外(経済学は専門外なので理解不能です)のノーベル賞の権威は認めていないのですが、今年の文学賞と平和賞には少し感心しました。
先ずは文学賞のカズオ・イシグロさんですが、長崎市で生まれ5歳まで過ごした後、父親の仕事の関係でイギリスに渡り、そのままあちらで教育を受けたため国籍も移してしまっていますが、作品で描いている精神世界は日本の幽玄や無常観にも通じる深さがあり、出身者として誇示しても良い人物でしょう(科学分野でも研究生活を送っているアメリカに国籍を移している人がいました)。
一方の平和賞は核兵器禁止条約を制定させた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN=小浜大統領の合言葉「イエス、ウィ キャン」とは関係ないのでしょうか?)で、演説で決意だけを語ったことだけで受賞しながら、アメリカの大統領として初めてヒロシマに来て被爆犠牲者の慰霊を行ってくれた以外、北朝鮮の核開発には何も手を打つことができなかった小浜大統領よりもはるかに実績を上げていますから、ここ数年の反イスラムの選考理由をあからさまにしてきたこの賞では久しぶりに納得できました。と言っても拍手する程ではありませんが。
ところが日本では衆議院が解散され、マスコミの報道は選挙一色になってしまい、例年は日本人の受賞者を芸能人並みに追いかけて公よりも私の面ばかりを紹介する報道バラエティでも全く触れなくなっています。文学賞は何年も「今回こそは」と言われ続けてきた村上春樹さんではなかったことが「どうせ日本人(国籍はイギリス人ですが)が選ばれるなら何故」との逆恨みつながっているようで、知性と教養ではなく感情と興味だけでテレビを点けている視聴者に迎合してあえて触れないようにしているのかも知れません。平和賞の方は日頃の報道姿勢から言えば大々的に取り上げるはずですが、折悪く北朝鮮の核実験と弾道弾の発射が続いている中だけに「平和を守っているのは自公連立政権」と言う選挙キャンペーンに利用される可能性があるので、こちらも無理に避けているように見えます。
しかし、不倫スキャンダルや暴言で話題をさらった候補者の苦労と奮闘を興味本位で取材したり、自分たちが持ち上げた党首の人気に水をかけるためのつまらない報道(いわゆるマッチ・ポンプ=火を点けておいて水をかける)で時間を浪費するくらいならイシグロさんだけでも紹介してもらいたいものです。おそらく授賞式になって紹介するために情報を蓄積しているのでしょうけれど外国の友人に訊かれても知識がないので答えられず困っています。
それにしてもこのマスコミの無視を1番悔しがっているのは長崎市でしょう。イシグロさんは長崎市で生まれ、5歳まで長崎市で育ったのですから「郷土の誇り」として取り上げても非難されることはなく、幼い頃に住んでいた家や通った幼稚園、遊んだ公園などの足跡を発掘し、作品の舞台になった場所も合わせて売り出せば観光の目玉になるのは間違いなく、これに平和賞の原爆関係の史跡も重ねて「ノーベル賞ツアー」とすれば万々歳です。
五島列島出身の長崎市長が「切支丹弾圧の証拠」として執着するカソリックの教会・聖堂はフィリピンや上海などに比べれば歴史が浅く、規模も小さいのでこちらの方が話題性はありそうです。ただし、日本人とって長崎は中華料理や中国風の祭礼などの異国情緒を楽しむ観光地ですが、外国人の観光客がそれを求めるのなら本物の中国へ行けば済む話なので1日で見て回れる程度の狭い街ではリピーターが獲得できる程の魅力はないでしょう。
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  1. 2017/10/13(金) 10:17:12|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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