古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ976

岡倉と松本は杉本が調べた村田2佐がパートナーの女性と暮らしていたと言う街で写真を見せながら訊き込みを始めた。
「この男性を見たことはありませんか」その街は村田2佐が自宅として借りていたマンションからは少し離れているが、アフリカ系の人たちが多く住んでいる地域なので東洋人の村田2佐のことを覚えている人はすぐに見つかった。
「この男性ならあのアパートに出入りしているのを見たよ」そう答えながら指差して教えてくれた女性に多めのチップを渡すと浮き立つようにスキップしながら去っていく。この独特の雰囲気は南九州出身の村田2佐には似合っていたのかも知れない。
「ふーん、倉田さんのマンションの方が高級なのにどうしてこちらに住んでいたのかな」「それは相手の女性に会ってみないと判らないよ」岡倉と松本がアパートの入り口で立ち話をしていると年配の女性が出てきたので逃さず声をかけた。
「この男性を見たことが・・・」「これはビーンズさんのステディじゃない」その女性は今では死語になりつつある単語で答えた。これでパートナーの名前は判った。後は管理人を言いくるめて(=謝礼金で)部屋の番号を調べ、職場を探り当てれば任務は完了だ。この間にもパートナーが自分の動画が偽造であるかのように投稿された「メイクビデオ」を見て反論などをしないとは限らない。2人は顔を見合せて気分を引き締めてからアパートの1階の管理人の部屋を訪ねた。

「テツロー、貴方の動画が否定されているわ」ジェニファーは編集長室のパソコンでインターネットを確認して悔し涙を流していた。ただしテツロー・ウラタと名乗っていたつれ合いはマスコミに身を置くジェニファーに情報社会の危険性を語っており、悪意による情報操作には即座に反応しないように注意を受けている。これは単なる悪戯と言うレベルではなく、より大きな組織による情報の揉み消しとそれに反発して投稿させるための挑発であることは明らかだ。ジェニファーは引き出しを開けて中に寝かしている額縁の写真を手にとって眺めた。
「貴方の相手は国家だったのね」そう呟いた時、誰かが背後から抱き締めた。ジェニファーは椅子に座っているのだから背もたれ越しに抱き締めることは不可能なはずだ。しかし、確かに胸の前の太い腕に引き寄せられている。それがテツローの腕であることはすぐに判った。
「テツロー・・・会いに来てくれたのね」「んにゃ、帰ってきたたい」耳元でテツローが少し癖がある英語をささやいた。こんなやり取りをしているとジェニファーの中で少し意地悪な悪戯心が芽生えてくる。そこで抱き締めている見えない腕を押さえながら質問した。
「ドゥ ユー コンテニュウ トゥ ラブ(私のこと愛し続けている)?」「イエス、アイ ラブ ユー」テツローが即答するとジェニファーも「ミー トゥ(私も)」と答えた。やはりあの日、テツローが送ってきたメールの「ラブ」の過去形はやはり自分を解放するためだったのだ。
「アイ ワズ ハッピー(私は幸せだった)、アンド、アイ ウィル ビー ハッピー(そして、幸せになる)」これがジェニファーが出した結論だった。すると抱き締めていたテツローの感触が身体に溶け込んで一つになるのを感じた。それは2つの肉体として愛し合った時以上の一体感を与えている。これなら幸せになれそうだ。その時、ドアがノックされた。
「カム イン(どうぞ)」「編集長に来客です」ジェニファーの返事にドアを半分開けた若い女性の編集部員が声をかけた。中小の雑誌社では編集長と言えども専属の部下はおらず、受けつけた編集部員が案内することになる。迎えるジェニファーの編集長室にも応接セットなどはなく会議用を兼ねた長テーブルで代用している。すると編集部員と入れ替わって2人の東洋人が顔を出した。
「お忙しいところを申し訳ありません。私は倉田哲郎さんに山岳写真を依頼していましたウィクリー・ジャパンの杉本と申します。こちらは同じく松本です」杉本と名乗った男の説明には一箇所だけ誤りがあるが、テツロー・ウラタ(浦田徹郎)と言う名前自体が偽名であることは判っていたのでそこは素通りさせた。
「ウェルカム」そう言って2人を招き入れると長テーブルの隅の席を勧め自分は角に座った。
「さっきの復習だよ。動画のことはコイツらにまかせておけ」2人の来訪の目的が「死の告知」であることを覚悟して身構えているジェニファーの耳元で本人がささやいた。
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  1. 2017/10/14(土) 08:53:38|
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