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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ977

私の元にカンボジアの僧侶の友人・マンジューから手紙が届いた。この同世代、同業の友人とはカンボジアPKOの時に知り合い、多少は英語が理解できることで佛教上の時候の挨拶を交わしていたのだが、私が拘置所に収監されてからは交流が途絶えていた。
「ふーん、マンジュー老師かァ。久しぶりだな」マンジューとは日本で言う文殊師利菩薩のことで、南方佛教の国々では男女を問わず人気がある名前だ(ペットにもつけている)。それにしても私の後に入居した人が部隊で現在の所属を確認してまで転送してくれたことには感謝しなければならない。マンジュー老師の判り辛い筆記体の文面を読んでいて私は激怒してしまった。
「チベットで暴動を起こしたのは人民解放軍の兵士が化けた偽の僧侶です。イギリス人のジャーナリストが僧侶たちをそそのかして独立運動を始めさせ、それに同調する形で破壊と殺害を繰り広げて、治安警察隊が武力制圧として僧侶たちを殺害しました」あの僧侶たちが偽物であることは私も気づいていたが、その背後に西側のジャーナリストがいたこととは思っておらず、それが中国のチベット政策に批判的だった論調を一変させた理由だとすれば、佛教徒として(全くない)怒髪が天を突く思いになった。ところがその続きは憤怒の炎を完全に鎮火させ、意気消沈させてくれた。
「カンボジア、タイ、スリランカ、ミャンマーとブータンの佛教界は中国の謀略を告発して、国際社会の誤解を解き、抗議する運動を起こすことを決定しました。当然、日本も佛教国として同調してくれますね」それを私に言われても困ってしまう。私は僧侶と言っても所詮は副業であり、允可を受けたことが口コミで知られるようになってからは所属する曹洞宗では「裏切り者」「異端者」と呼ばれ、猊下の浄土宗からは「横取り」「不法侵入者」と非難されているのだ。日本の佛教界の反応は部外者として新聞やニュースなどで調べるしかないが、今のところ高僧が声明などを発表したことを報じる記事は見ていない。しかし、この友人の言っていることが事実であるのなら佛教界に身を置く者として行動を起こさなければならない。
私が決意の鼻息を吹いて顔を上げると周囲の陸曹と事務官は危ない物を見るような目を向けていた。

次の土曜日、私は横浜市鶴見区にある曹洞宗の大本山・總持寺に出かけた。実は守山時代にお世話になった前山老師が總持寺で維那(いの=山内の規律維持・修行僧の躾指導を担当する役)を勤めており、雑談を兼ねて曹洞宗内の反応を調べようと言う魂胆だった。
總持寺の巨大な山門を守る金剛力士像は若き日の横綱・北の湖がモデルを務めたものだ。それを抜けると巨大で真新しい和風建築物がある。これが地方からの参拜者の宿泊・会合施設の三松閣だ。
どう見ても場違いな自動ドアを抜けるとホテルか都市部の役所のような全面絨毯の広いロビーに出る。その中央を仕切っている長いカウンターの受付に近づくと黒の作務衣を着た若い僧侶は無愛想に顔を向けた。ところが私も黒の作務衣を着て黒の略威儀(浄土宗の略式の袈裟)を下げているため修行僧だと思ったらしい。受付につく程度の準古参の修行僧が絶対服従しなければならない古参の顔は知っているので、それ以外は新入りになるのだ。
「あのう、維那の前山老師に面会したいのですが取り次いでもらえませんか」用件を告げても受付の修行僧は仲間と雑談を続け、私は完全に無視している。
「用があるなら勝手に行け」それでも立ち去らないと面倒くさそうに命令を吐き捨てた。一応は下手に出たが、大学を出てそのまま修行に入った若造なら1年を過ぎているとして23歳だ。45歳を過ぎた私に対する態度としては酷過ぎる。そこで少し態度を上方修正することにした。
「私は東京弁護士会のモリヤニンジンと申しますが、勝手に訪ねても良いんですね」そう言って略威儀につけているヒマワリ型の弁護士の徽章を見せると準古参は転がるように姿勢を正した。
「失礼しました。弁護士さんとは存じませんで・・・」曹洞宗は表沙汰にならない不祥事を抱えており、マスコミ対策を含めてそれを揉み消すため弁護士の力を借りている。つまり絶対に喧嘩を売ってはならない相手に醜悪なサービスを売ってしまったのだ。
「維那老師に弁護士さまが面会においでです。あのう、御尊名をもう一度お願いします」「モリヤニンジンですが」「あのう、アポは取っておられますか」「飛び込みですが」「あのう・・・」焦って電話をしている準古参は受け付けとしての基本を完全に忘れている。これでは雑談のネタは前山老師の職務への苦言になってしまいそうだ。
  1. 2017/10/15(日) 00:30:20|
  2. 夜の連続小説8
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