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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ978

受付の修行僧に描いてもらった地図を頼りに下手な航空基地並みに広い總持寺の山内を探しながら維那寮に辿り着くと電話で来訪を知っていた修行僧が待っていた。
「老師、お客さまが来られました」修行僧は襖の外から声をかけ返事を待って中に案内した。私としては阪神大震災での出会い以来、軽快な議論を楽しませてくれる前山老師との再会を楽しみにしていたのだが、座卓の向こうに座っているのは魂が抜けてしまったような別人だった。
「お久しぶりです。覚王山以来ですが、こちらにいながら御挨拶にも伺わず申し訳ありません」合掌して深く頭を下げ、勧められた向い側の座布団に座ると今日は私の方から話を切り出した。
「そう言えば拘置所に収監中は面会にも行かず申し訳ありませんでした。こちらに着任したばかりで・・・」やはり前山老師らしさは全く感じられない。あの「隙あらば」とこちらの心底を見通しているような鋭い光りを放つ目も消灯までいかなくても減灯してしまっているようだ。
「本日はチベット問題の見解を伺おうと思って来たのですが」「チベット問題と言うと僧侶が暴動を起こした事件ですね」「それが実際は違うと言う情報があるんですよ」以前ならこのような持ち出せばたちまち矢継ぎ早に質問を投げかけてきて秘密保全が心配になるような質疑応答が始まったのだが、今日の前山老師はあまり関心がないような様子だ。
「あの事件は中国人民解放軍が僧侶たちに化けて破壊活動を行い、それを口実にして弾圧を加えたと言うことです」「それは一時期、ダライ・ラマが述べていた見解ですが、最近では否定する証拠が出てきて過激派による犯行と言うことで決着を見ているでしょう」「それを情報工作とする逆の証拠も出てきているのです」ここまで話しても反応は変わらない。むしろ襖越しに聞こえてくる維那寮付の修行僧たちが話し合っている声が大きくなってきているようだ。それにしても来客に茶も出さないのはどう言う訳なのか。これでは受付の態度を持ち出すまでもない。
「それでタイやミャンマー、カンボジア、スリランカとブータンなどの南方佛教界は中国への批判と誤解の訂正のための運動を始めると言うのですが、日本の佛教界、その中でも曹洞宗としては何か動きはありませんか」結局、雑談の中で触れるつもりだった本題を単刀直入に持ち出すことになった。すると前山老師は見たこともない困惑した表情になった。
「今の拙僧にそう言う問題を持ち込まれるのは困るんです。何せ駒澤大学の学閥に属さず、本山での修行の経験もないから孤立無援・四面楚歌、一切に背を向けて坐っている時だけが安楽なんです」「それでは野僧の念佛と同じですね」愚痴まで始まってしまうと諦めるしかないようだ。
「そう言えば尊公は浄土宗で允可を受けたそうですが宗旨替えされたのですか」「猊下からは『佛道に於いて正統な』と評されましたから宗派などは関係ありません」「他宗を信ずるようになった人が曹洞宗の僧侶のままでおられるのは・・・」あれほどの人材をここまで圧殺してしまうような宗派が国際社会に目を向けているはずがない。私は「曹洞宗は駄目だ」と言う結論を出すと「崎陽軒のシュウマイを買いに来た」ことにして帰宅した。

間もなく広島県でも島根県との県境の山奥にある寺に住んでいる田沼元准尉から手紙が届いた。内容は言うまでもなくチベット問題への浄土真宗の対応に関する質問への回答だ。
「テレビのニュースで見て我が宗の石山本願寺が信長の武力による圧迫に僧侶たちが立ち上がった一向一揆と同じだと思っていました」この見解はPXの食堂で隊員たちが述べていたのと同様で、日本人がこの事件に海外ほど驚かないでいる理由のようだ。
「貴僧が指摘された僧侶たちの行動の中の軍事訓練の影響については全く気づきませんでした。長年、教育隊で勤務していながら恥ずかしいことです」確かに航空教育隊では訓練の内容を戦闘行動として認識している者の方が少数派だろう。ましてや田沼元准尉は総務特技の事務職だ。
「御質問にある我が宗派としての対応については宗務所や本山からは全く何もありません。寺院の寄り合いでも一向一揆と同一視されることを迷惑がっているだけです。日本の佛教には現実の社会に対する問題意識などはなく、ましてや海外のことなどは完全に無関心なのです」浄土真宗はかつて未開のヒマラヤに分け入った大谷光瑞探検隊を派遣した宗派だけに多少の期待をしていたがやはり駄目だった。檀家・門徒の数では日本の佛教界の双璧をなす両宗派がこれでは世界の佛教界に顔向けができない。私は悶々と悩む日々を始めることになった。
  1. 2017/10/16(月) 09:32:25|
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