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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

第3回月刊「宗教」講座・新年特大号・起

第3回月刊「宗教」講座・新年特大号です。
年頭に相応しい話題ではありませんが1月と言えば寒さが厳しい時期ですから今ほど暖房や防寒衣がなかった時代、多くの高僧・名僧が遷化(せんげ=逝去)しています。
6日には大愚良寛和尚、16日には愚禿親鸞聖人、25日には法然房源空上人など佛教界の人気スターから偉大なる宗祖たちまで小庵でも追善供養が続きます。
この中でも大愚良寛和尚には晩年、貞心尼と言う美しい尼僧の想い人がありました(以前、良寛のドラマで樋口可南子さんが演じました)。貞心は長岡藩士の娘で、若くして夫に先立たれ落髪(=出家)したのですが、良寛の和歌に心酔し、書状を送って添削を求めるうちに交流が始まりました。
貞心は良寛を訪ねて会った感激を「君にかく あひ見ることの うれしさよ まださめやらぬ ゆめかとぞおもふ」と詠みました。一方、良寛は中々訪れぬ貞心に、「君や忘る 道やかくるる このごろは 待てどくらせど 音づれなきに」の歌を送っています。70歳を過ぎていた良寛と40歳も年下の貞心の熱烈なラブポエムです。
良寛は遷化に際して訣れを惜しむ貞心に、「うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ」「散るもみじ 残るもみじも 散るもみじ」の句を贈っています。そして「おく山の 菅の根しのぎ ふる雪の ふる雪の 降るとはなしに ふる雪の・・・」と詠いながら自然に溶け込むように逝きました。
ちなみに良寛は「禅師」などと呼ばれていますが、実際は住職にすらなっていない無役の田舎坊主で、逆に実家が名主であり有力な信奉者がいたため伝説で語られるほど困窮した生活は送っておらず、お洒落なカラー法衣を着たりしていました。
五合庵・良寛像越後・五合庵の良寛像
玉島・円通寺良寛が若き日に修行した倉敷玉島の圓通寺
天上大風良寛が凧にするため子供与えた書
樋口可南子の貞心尼樋口可南子さんの貞心尼
一昨年は法然房源空上人の800回大遠忌と愚禿親鸞聖人の750回大遠忌が重なり浄土宗、浄土真宗の双方が競うようにキャンペーンを繰り広げましたが、2人とも南都(奈良)や比叡山との宗教対立に巻き込まれ、弟子のスキャンダルを罪に問われて流刑に遭うなど過酷な人生を送りながらも長命で、上人は80歳、聖人は90歳の天寿を全うしておられます(当時の平均寿命は50歳を下回っていました)。
親鸞聖人の命日である御正忌は、浄土真宗本願寺派のみ1月16日に行われ、それ以外の真宗大谷派や浄土真宗高田派、北陸四派(出雲路派、誠照寺派、山元派、三門徒派)などでは11月28日に行われていることは第1回で申しました。
この違いは、本来の命日が太陰暦の11月28日であり、本願寺派は明治の改暦に際して太陽暦のその日に当る1月16日に置き換えたのに対して、他の派はそのまま太陽暦の11月28日に行うようになったため生じました。この辺りの経緯は盂蘭盆会の関東の新盆と地方の旧盆にも通じます。
ただ、地方では本願寺派でも11月に行っている寺院が多く、京都の東西本願寺ほどハッキリ分かれていないかも知れません。
娘の覚信尼は聖人の死に際して、紫雲や芳香、光明などの奇瑞(有り難い奇跡)が起ることを期待したようですが、ごく普通の最期であったと言われています。
ちなみに聖人の遺言は「某(それがし)閉眼せば 賀茂川に入れて 魚に与うべし」でしたが遺族の意志で荼毘にふされ京都に埋葬されました。
遺骨と言えば法然上人の墓は、念佛の流行、隆盛を憎む既成の佛教各宗派の過激分子によって度々破壊され、それに危機を感じた弟子たちは遺骨を南都佛教や比叡山も手が出せない真言宗の本山・高野山金剛峯寺に預け改葬しました。
このため現在でも法然上人の墓は高野山にあり、その縁で真言宗も法然上人の教えを説く和讃を唱えるようになりました。

  黒谷和讃(浄土宗)
帰命頂禮黒谷の圓光大師の教えには、人間僅か五十年、花に譬へば朝顔の、露より脆き身を持ちて、何故に後生を願はぬぞ、假令(たとえ)浮世に長らへて、楽しむ心に暮すとも、老いも若きも妻も子も遅れ先立つ世の慣(なら)い、花も紅葉も一盛り、思へば我等も一盛り、十や十五の蕾花、十九や二十(はたち)の花盛り、所帯盛りの人々も、今宵枕を傾けて、直(すぐ)に頓死をするも有り、朝なに笑ひし稚児(おさなご)も、暮には煙となるも有り、憐れ儚き我等かな、娑婆は日に日に遠ざかり、死するは年々近づきて、今日は他人の葬禮し、明日は我身も図(はか)られず、是を思へば皆人(もろびと)よ、親兄弟も夫婦とも、先立つ人の追善に、念佛唱へて信ずべし、あら有難たや阿弥陀佛、南無阿弥陀佛。

無常和讃(真言宗)
帰命頂禮黒谷の圓光大師の教えには、人間僅か五十年、花に譬えば朝顔の、露より脆き身を持ちて、何故に後生を願わんぞ、假令(たとい)浮世に長らえて、楽しみ心に暮すとも、老いも若きも妻も子も後れ先立つ世の習い、花も紅葉も一盛り、二十(はたち)三十(みそじ)の人々も、今夜枕を傾けて直(ただち)に頓死をするもあり、朝だに笑いし稚児(おさなご)も、暮に煙と成るも有り、今日は他人の葬禮を送りし我身も明日は又、仇野(あだしの)鳥辺(とりべ)の客となる、之を思えば自(おのずか)ら念佛唱えて願うべし。

圓光大師と言うのは法然房源空上人が東山天皇から贈られた大師号ですが、この他にも東漸大師(中御門天皇)、慧成大師(桃園天皇)、弘覚大師(光格天皇)、慈教大師(孝明天皇)、明照大師(明治天皇)が贈られており、最多数を有しています。
ところでアメリカのある宗教学者は、「日本の念佛信仰は佛教よりもキリスト教に通じる点が多い」と言う学説を唱えています。
その論拠は、「他の佛教が人間である釋迦が悟って佛陀になったことを崇敬してそれに習おうとする宗教であるのに対して、日本の念佛信仰では架空の存在である阿弥陀如来を唯一絶対の信仰対象としている点」、また「自己の完成を求める修行(自力)を否定し、信仰による救済(他力)のみを求めている点」、さらに「佛教は本来、自己の完成により現世の苦悩から解放されることを教義としているのに対して、念佛信仰では死後の救済の絶対を信じることを宗旨としている点」と言うものです。
そしてこの宗教学者は、「日本人の三分の一が未だに深く信仰する念佛の祈りの対象をカミに置き換えることが出来れば、日本は世界でも有数の熱心で真摯な理想的キリスト教国になり得るであろう」と結論付けています。
ただ、この宗教学者の日本の念佛に関する理解で誤っているのは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの旧約聖書に描かれているカミが唯一絶対の創造主であり、他を認めないのに対して、法然上人に「選択本願念佛集」の著作があるように、念佛は遍く存在する十方三世一切諸佛の中から阿弥陀如来を選ぶとしていることです。
また、同じ念佛信仰でも親鸞聖人の教えとなると、キリスト教よりもイスラムの教えに通じる点も見られるようになりました。
イスラム教はムハンマド(昔のマホメット)が「砂漠の民が生きるためにモーセの十戒(左記参照)を破ることは赦す」と言うアッラーの啓示を預かったと言う宗教で、その寛大な慈愛に感謝して絶対的な忠誠を誓い、断食やメッカへの礼拝など守ることが容易な戒律は厳守すると言うモノです。
例えば食料がなくて飢え死にしそうな者が他人の食糧を奪うことや砂漠で井戸の持ち主が水を分けることを拒めば殺して飲んでも良いとされています。
また妻を四人持つことを許しているのは未亡人の救済処置で、コーランには「妻は全て同等に待遇し、平等に愛さなければならない」と書いてあります(大変そうですが)。
さらにイスラム教の断食は日中のみなので、日没後はかえって食べまくり、食品の消費量は断食月の方が多くなると言う研究もあります。
一方、イスラム教の戒律は砂漠での生活を前提にしているため、女性が肌を隠すのも男の欲情を封じることと同時に紫外線や砂塵から肌を守る意味もありますが、それを東南アジアでも守るため、蒸し暑い中でも肌を見せないようにスカーフを巻く女性たちはエライ目に遭っているようです。
一部の門徒さんの中には親鸞聖人の「悪人正機」の教えや、あえて戒律を認めない宗旨を、ムハンマドが説く「寛大な慈愛に感謝するカミへの忠誠」と同様に理解している方も見受けられます。
これを他宗派の者は「門徒物知らず」と言って馬鹿にしますが、野僧はむしろ弥陀に「まかせ切る」潔さ、美しさを感じています。
日本の僧侶は江戸時代には寺社諸法度で「自宗派の戒律を守ること」を義務付けられ、寺社奉行によって厳しく取り締まられましたが、浄土真宗には戒律そのものがないので他宗派の僧侶たちから羨ましさから妬まれ、腹いせに蔑まれもしました。
他宗派の僧侶が寺に女を囲い、酒を飲み、肉魚を喰えば「破戒僧」として処罰されますが、浄土真宗はオールフリーなんですからそれは羨ましいでしょう。
親鸞聖人は、戒律が守れない故に罪、作法に従えないから愚などと自己を卑下することを否定されていますが、イスラムとは立ち位置が異なっているように思います。
                                        南無文殊師利菩薩
旧約聖書・モーセの十戒                                         
一、 ヤハウェ(=アッラー)以外のものを神としてはならない 
二、 神の像を作って拝んではいけない     
三、神、主の名をみだりに唱えてはならない  
四、安息日を心に留めこれを聖別せよ    
五、父母を敬いなさい            
六、殺してはならない            
七、姦淫してはならない           
八、盗んではならない            
九、嘘を言ってはならない           
十、隣人のものを欲しがってはいけない    

  1. 2012/12/31(月) 13:14:04|
  2. 月刊「宗教」講座
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