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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ982

中国大使館には六本木に防衛庁・陸上幕僚監部があった頃に前を通ったことがある。「麻布」の看板を見て昭和60年代に流行していた「雨の西麻布」を唄いながら歩いていたのだが大使館前の場違いにド派手で巨大な掲示板に呆気にとられて絶句してしまった記憶があった。
「あまり人通りは多くなかったから時間帯だけ気をつければガソリンをかぶって火を点けても迷惑をかける心配はないな」私はこんなところでも冷静なのだ。問題は歩いていける範囲に携行缶に購入できるセルフのガソリン・スタンドがあるかだ。どう考えても法衣姿とガソリンの携行缶の組み合わせは怪しいので、警察官に職務質問されないためには目立たない場所でなければ困る。そう思って地図と黄色い電話帳を広げたが、まだインターネットで地図を検索すれば簡単に確認できることを知らなかった。
「うーん、近くにガソリン・スタンドはないな。携行缶を持って地下鉄に乗るわけにはいかないから両方とも現地調達するしかないんだが」タウン・ページで麻布にあるガソリン・スタンドを探し、地図で番地を確認する作業をしながら鼻歌がでてくる。それにしても遠足のような気分で実施計画を立てている自死者は他にいないのではないか。北キボールの戦闘では冷静に迷うことなく引き金を落とし、ナイフで急所を突いた。死ぬのも殺すのも私にとっては自然な営みの一部に過ぎないのかも知れない。その時、電話が佳織専用の着信音・アロハ・オエを奏でた。
「ハロー」「貴方、何か変なことを考えているでしょう」佳織は大変な剣幕で捲くし立ててくる。以前からこの妻とは電波・電話線要らずの通信網で接続されてはいたが、佳織が単身赴任すると感度が向上することがここでも証明されたようだ。
「いや、日本の僧侶として中国に抗議するための行動を考えているだけだよ」「それってディック・クアン・ドックみたいにやろう」佳織は目標としている先達の名前まで言い当てた。こうなると官舎の室内に監視カメラが設置されていることを疑うべきかも知れない。
「昼休みにインターネットで貴方が見そうなページを確認していたらドックの焼身の画像があったんや。それを見て妻としての直感が働いたんだよ」確かに私が計画を実施すれば佳織と志織は母子家庭になってしまう。しかし、北キボールの時のように殺人犯として刑事裁判の被告になるのではなく日本にも佛教者がいることを内外に示し、中国の暴挙を糾弾するために殉教するのだ。
「他に日本の佛教徒の怒りを表現する手段がないんだよ。君も武人の妻なら見事に散らさせてくれ」これが自己陶酔の勝手な妄言であることは判っている。しかし、佳織は私以上に冷静だった。
「でも靖国の桜にはならないんでしょう」「うん、浄土の池の蓮だね」思わずそう答えたが3人もの生命を奪っておいて極楽浄土に往生しようと言うのは虫が良すぎる。少なくとも修羅、やはり地獄に堕ちるのが閻魔大王の判例だ。あとは阿弥陀如来のお迎えで三途の川や閻魔大王の法廷を飛び越えて直接、浄土へ連れて行ってもらうしかない。
「武人なら割腹、僧侶なら焼身って言うのね。志織が『軍刀をハワイに持ってきて良かった』って言っているよ」言われて見れば「抗議の割腹」「佛教界への諌死」と言う手もあった。そのためには佳織に軍刀を送り返してもらわなければならない。それを口にする前に佳織が妙な提案をしてきた。
「日本の僧侶なら焼身よりも餓死でしょう。テレビで『抗議のハンガー・ストライキ』って報道されればインタビューにくるから、考えていることを自分の口で説明できるじゃない」「それは良いな。実はガソリンを入れた携行缶を提げて大使館の前まで行くのが難しいって悩んでいたところだったんだよ」今度は感謝の言葉を口にする前に思いがけない事実を教えた。
「貴方は長野の善光寺の件はどう考えているの」「善光寺って牛に曳かれて行く寺だろう。何かあるのか」最近は新聞やテレビでもチベットに関する記事やニュースばかりを探していて他の話題には無関心になっている。どうやら重大な問題を見逃していたらしい。
「4月26日に北京オリンピックの聖火リレーを前回の冬季オリンピックの開催地である長野からスタートさせるんやけど、そのスタート地点が善光寺の拜殿前なんだよ」「何だってェ!」これは私の個人的な焼身くらいでは何ともならない日本佛教界の恥辱だ。
「どうやら死んでる場合じゃあないな」「それが貴方の使命だよ」この得難い妻のおかげで「命の使い道=使命」を見誤らないですんだ。
  1. 2017/10/19(木) 08:59:36|
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