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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1040

「それでは失礼します」「ちょっと待て」法要を終えて会議室から退室しようとすると今回も我がボス・陸幕長に引き留められた。確かに監理部の陸曹たちが入室してきて手早くソファーを元の位置に戻しているが、このメンバーに加わることができる身分ではない。すると初対面の空幕長が気さくに声を掛けてきた。
「さっきのお経は英語に聞こえたが、あれも般若心経なのかね」この空幕長はかなり小柄だが、胸にウィングマークを着けていないのでパイロットではないようだ。確かにこの身長ではコクピットでもラダー・ペダルに足が届かないだろう。
「はい、あれは般若心経の英訳です」「そんなものを何に使うんだ」空幕長の胸ポケットの名札を見ると「祟神(たたりがみ)」とある。この苗字なら宗教に興味を持っても不思議はないので、丁寧に答えることにした。
「妻の実家はハワイにありまして、そちらで法要を勤める時、義父母に判るように英語で唱えているんです」「ほーッ、君の奥さんはアメリカ人なのか。陸上には珍しい国際派なんだな」どうやら祟神空将は私のことを知らないようだ。それならそれで結構なことだが、空幕長の相手をしていては引き留めた陸幕長に申し訳なくなる。
するとソファーのセットが終わり、参列者全員が自分の席に着くと私はようやく名前を思い出した朝山3佐の隣りに座った。そこから下座には陸海空曹が階級順に並んでいる。
続いて2人のWACがコーヒーを配り、上座から順番にそれを飲んだところで話が始まるのだが、私は黙っているのが作法だ。
「朝山3佐、これで君たちが処理作業の供養はできた。各海曹たちも安心して艦に帰ってくれ」統幕長の言葉はあくまでも海上自衛隊用だ。案の定、陸曹と空曹は意味ありげに目配せをした。
「本当は靖国神社でお祓いの方が良かったのかも知れないが、無料で使える坊さんがいるからそちらで間に合わせたと言う訳だ。希望者は自前で行ってくれたまえ」ここで再び空幕長が口を挟んだ。どうやら防衛大学校の卒業期別が陸海幕長よりも上のようだ。
「それは折角、法要を勤めてくれたモリヤ2佐に失礼でしょう。モリヤ2佐、祟神さんは冗談が好きなんだ。笑って聞いてくれ」陸幕長は先輩らしい空幕長に苦言を一刺ししてから私にまで気を使ってくれた。しかし、この一言で私の悪癖が目覚めてしまった。
「閣下は靖国を認めておられるのですか」予期せぬ私の質問に祟神空将だけでなく統幕長以下の最高幹部たちは顔を見合わせた。その中で陸幕長だけは妙に期待したような顔をしている。
「それは軍人として当り前だろう。君は坊主だからそんなことを言うんだな」どうやら祟神空将は私が航空自衛官だった頃に先輩たちから聞いていた「将(まさ)に頭が空っぽな『空(から)将』」らしい。むしろ体育学校の時に同期たちから言われた「空中分解幕僚長」なのかも知れない。
こなれば廃佛毀釋の恨みを八つ当たりして不発弾処理を失敗したように暴発させるしかない。
「閣下は占領軍の命令で朝鮮戦争に派遣された海上警備隊の掃海艇が、触雷して戦死した乗員の合祀を靖国が拒否したのをご存知ですか」私の説明に統幕長と海幕長の海将2人が顔を見合わせた。気がつかなかったが実は私も隣りの朝山3佐と向かいの海曹の注目を浴びていたようだ。
「それは知らなかったがこの国に命を捧げた英霊たちを守っているのが靖国神社じゃあないか。その跡を継ぐ我々が崇敬の誠を尽くさないことは許されないだろう」「それだけでなく靖国は同じように国を思って皇室に忠義を尽くしいた会津などの奥羽越列同盟や彰義隊、小倉藩兵をいまだに賊徒として冒瀆しています。そんな施設に英霊を守る資格などありますか」すると統幕長が祟神空将に「お前は会津出身じゃあなかったか」「いいえ、私は郡山です」とささやき合ったのが聞こえ、それに斜め前の空曹が「俺は須賀川です」と呟いた。
ここまで来ると自分で掘った墓穴を北キボールで地鎮祭を担当した井戸のようにするしかない。
「私は特攻隊の生き残りの方やインパール作戦からの生還者のお話を聞いてきましたが、皆さん、戦死したら家に帰って家族を見守るつもりだった。先祖代々の1人なるのが夢だったと語っておられました」「なる程。兵隊さんは戦死してからまで軍隊に残りたくなかったんだろうな」黙ってしまった空幕長の横で統幕長が同意してくれた後、我がボスが適切な指導を与えた。
「それでも政権与党は靖国神社参拝を踏み絵にしているから公言はするなよ」問題はそこだった。
  1. 2017/12/16(土) 09:20:42|
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