fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1042

「お母さん、お酒の飲み方を教えて欲しいの」安里家ではあかりが母・梢に思いがけないお願いをしていた。東京から帰ってからのあかりは自信に満ちて急に大人びたように感じていたが飲酒となると話は別だ。
「どうして・・・淳之介くんに誘われたの」「ううん、お父さんに」「お父さんってニンジンさん」「うん」最近は梢も私が出家して僧名を使っていることを知り、それに合わせてくれている。
「お父さんと淳之介さんがお酒を飲んで、私もどうって訊かれんたんだ」久しぶりに父子が再開したのだからそれは自然なことだろう。その場に息子の恋人がいれば誘うのも礼儀なのかも知れない。
「でも私はお酒を飲んだことがないし、お母さんも飲まないって言ったらお父さんの声が本当に哀しそうになって・・・」あかりには視覚情報がないので口調で相手の感情を推測するしかない。しかし、その正確さは取り繕った表情に騙される健常者以上のものがある。
「あかりとお酒を飲むことを楽しみにしていたのかなァ」梢の答えにあかりは首を振った。
「ううん、お母さんがお酒を飲まなくなったことが哀しいみたい」「私が・・・」梢がその説明に戸惑っているとあかりは話を続けた。
「お父さんはお母さんと飲んだお酒は本当に幸せだったって言っていたよ。楽しいことも嬉しいことも哀しいことも悔しいことも一緒に飲んで酔わせてくれたって」この言葉はあかりには表情が見えないものの梢には辛く感じていた。その酒の思い出を踏み躙る許せない経験が心に深く突き刺さっているのだ。
「どうしてお酒を止めてしまったの」「・・・それは貴方を傷つけることになるから言えないの。ごめんなさい」母が自分の質問に答えなかったことはない。それだけにこの質問が母にとって自分が考えている以上に重く、深かったことを察してあかりは押し黙った。

20数年前、1月15日の成人の日で冬の観光シーズンが終わって梢の旅行社では打ち上げが行われた。それは新年会も兼ねているので強制参加に近い。当然、梢も参加しなければならなかった。
「安里さん、失恋の痛みはお酒で忘れれば好いさァ」「泣き上戸になってもつき合ってあげるよ」「俺の胸で泣かんねェ」宴席では梢が真剣に愛し合っていた本土の男(=私)と別れたことを聞いている男性社員たちが周囲を囲み、グラスが空く暇(いとま)がないほど酒を注いできた。
「私、そんなに飲めません」「大丈夫、酔い潰れたらアパートまで送ってやるよ」旅行社の男性社員の多くはツアーの添乗員なので宴席での対応にも熟練しており、言葉巧みに酒を飲ませられて梢は酔い潰れてしまった。別れた本土の男との飲酒は梢のペースを尊重して心地好い酔いを楽しむまでの節度があり、ここまでの泥酔は初めてだった。
翌朝、梢は喉の渇きで目を覚ました。それでも意識は回復しない。何よりも頭の芯を突き刺すような痛みに顔をしかめた。
その時、カーテン越しの日差しで隣りに男が眠っていることに気づいて梢は悲鳴を上げそうになった。これを夢と信じるために周囲を見回すと間違いなく自分の部屋であり、自分のベッドの上だ。しかし、掛け布団の中の梢は全裸だった。
「どうして・・・」梢は頭痛を忘れて考えたが状況が理解できない。手で身体に触れてみると唾液を塗りつけられたような違和感がある。特に乳頭には噛んだような感覚が残り、周囲の肌はかすれてかなり念入りに口で弄ばれたようだ。
梢が隣りに寝ている男の顔を見るとそれは添乗員の谷茶(たんちゃ)だった。谷茶も昨夜、自分に酒を勧めていた。つまり酔い潰れた自分を送りながら部屋に上がり込み、そのまま抱いたのだ。
梢は別れた本土の男以外との性交渉の経験はない。これからはその思い出を守りながら、同じように愛することができる相手に出会うまで独りで生きていく覚悟をしていた。
谷茶の寝顔は濃い鬚が伸びて口の周りが黒くなり、獣のような体毛が胸や腕を覆っている。意識がないままこの男に抱かれたのかと思うと梢は絶望的な気持ちになった。
梢がトイレと水を飲みに行こうとベッドから下りると床には昨日着て行ったジャケットとスカート、ブラウス、そして下着が乱暴に脱がせ散らかっている。ベッドの上に畳んで置いてあったパジャマは谷茶が枕にして開けた口から涎を垂らしている。仕方ないので梢は全裸でトイレに向かった。
く・水島裕子イメージ画像
  1. 2017/12/18(月) 09:34:32|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1043 | ホーム | 12月18日・帝国海軍による非人道的戦闘=重慶爆撃が始まった。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4337-c0aa23f2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)