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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1051

小松基地の第6航空団整備補給群整備統制班(メンコン=メインテナンス・コントロール)で勤務する玉城松真2曹は調べ物があって群本部のTO(技術指令書)ルームに行った。TOの中には秘密指定を受けている物もあり、ドアの鍵をQC(品質管理)班で借りなければならない。そのため松真が部屋の前を通ると室内には総務人事班長を除く各班長の幹部たちが集まっていた。整備補給群本部でも総務人事班だけは航空機整備と無関係なので蚊帳の外に置かれることが多いのだ。
「それにしても困ったことになったな」入室をためらって音をたてないようにドアを少し開けると幹部たちの会話が聞こえてくる。この声は補給隊の総括班長が兼務している補給統制(マテコン=マテティアル・コントロール)班長だ。
「大体、年訓(年度訓練計画)の課題論文を民間企業の懸賞論文に投稿させることが無茶だったんだよ」QC班長の神経質そうな声が険しくなって聞こえてくる。松真たち空曹には関係なかったが、幹部たちが現在、テレビや新聞を賑わせているアマグループの懸賞論文に応募したらしいことは噂で聞いている。実際、メンコン班長も5月の連休明けからパソコンに向かって必死に文章を作成していたが、机の上には歴史物の本や雑誌が積み上げてあったので仕事をしていないことは明らかだった。幹部の課題論文は毎年のこととは言え今年は妙に気合いが入っていたようだ。
「そうだよな。いつもは仕事の中で考えるようなテーマだろう」「うん、『服務の厳正を指導する上での着意事項』とか『部隊の精強化を図るための具体的方策』なんてな」メンコン班長が仕事と同じようにQC班長と連携するとマテコン班長が同調した。要するに気合いが入っていたのではなく、頭を悩ませていたらしい。確かに例年の課題論文は現場管理職である幹部自衛官として日常の勤務の中で考え、幹部学校や幹部候補生学校で作成した論文を参考にしながら「指揮幕僚勤務の参考(帝国陸軍の作戦要務令に相当する)」にある言葉を適当にあしらえばできるようなものなのだ。
「それが『真の近現代史観』だろう。そんなものは精神教育でもやらないよ」各部隊長が実施する精神教育のテーマは自由裁量に任されているのだが数年前に「精神教育」教範が出て以来、それの朗読のようになりつつある。しかし、その教範も航空自衛隊の多岐にわたる各職種に通じるように抽象的な内容にしているため精神教育の意義を薄めて逆効果になっていた。
「司令も懸賞論文に投稿したんですかね」「我々に強制したんだから率先垂範だろう」「それこそ精神教育ですな」団司令を皮肉で揶揄して3人は噛み殺した笑い声を立てた。
「祟神が団司令だったのは10年も前のことだろう」「うん、素人の癖にでかい面して変な口頭指示ばかり出してたってさ」航空団で言う「素人」とはパイロットや整備幹部などの航空機に携わる職種ではない高級幹部のことだ(補給幹部は部品と燃料で関係する)。祟神司令が高射幹部出身の素人であるにも関わらず手前勝手な指示を練発したことへの悪評は今回の論文で再燃しているようだ。
「高射部隊なんて適当な訓練をやるだけだから後は待機で暇なんだってよ」小松基地近郊には高射部隊は存在しないのでこれは防衛大学校や幹部候補生学校で聞いた話のようだ。実際、高射部隊の訓練は空を飛び、墜落すれば命を失う航空団とは違い地面に足をつけているだけでも緊張感が違う。おまけにシフト勤務の待機もスクランブルがかかる訳ではないので単なる暇つぶしだ。そこを無意味に過ごさないで勉強していたことだけでも祟神空将を誉めるべきだろうか。
「その暇つぶしに研究した知識で論文を書いて1等賞かァ」「賞金300万円ももらったんだろうな」「おまけに懲戒免職ではないから退職金も6000万円丸儲けらしいぞ」これはメンコン班長がこの場にはいない総務人事班長から聞いた話だが、盗み聞きしている松真も驚いた。
「それにしても幕長の首が飛んで俺たちにもお仕置きってことにはならないだろうな」「『月に代わってお仕置きよ』なら好いけどな」日頃、気難しそうな雰囲気を漂わせているQC班長がセーラー・ムーンのネタでボケたのに松真も失笑してしまった。するとその声を耳にして3人が声を上げた。
「誰だ」この状況では逃げるしかない。松真は隣りのトイレの向こうにある格納庫外への通用口のドアまで小走りに移動し、そこから入ってきたかのように歩いて行った。
するとTOルームの前ではメンコン班長とマテコン班長が顔を突き合わせて小声で話し合っており、やがてトイレから出てきたQC班長が「誰もいない」と言った。
松真にも幹部の立場と言うものが判らない訳ではないが、縁が切れてしまった義兄に比べて肝が小さいように感じた。何にしても祟神問題は現場にこそ負担と不安を与えていたのだ。
  1. 2017/12/27(水) 10:32:49|
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