fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1096

結局、今回のヤマサクラでは「中国による本格的な侵攻」「日米安保条約の発動」と言う状況は現示されなかった。通常であれば航空戦、海戦を1日で終え、本土の海上自衛隊とアメリカ第7艦隊が到着する前に陸上自衛隊が配備されていない石垣島、西表島、与那国島などの八重山地区や宮古島などの先島地区に地上部隊を侵攻させ、それを奪還する日米協同作戦が展開されるのだが、今回はリアリティーに徹して現実にあり得る政治的対応の中での作戦になった。
朝、1週間に及ぶ指揮所演習が終ると西部方面総監部の面々は待機室に移動して夕方まで爆睡し、その後は打ち上げの交換会=宴会になる。ちなみにアメリカ軍はシフト体制に追加の要員で対処しているため演習が終われば指揮所として通常の機能に戻るだけだ。
「今回の演習は色々考えさせられました」「全くだ。架空の戦闘よりもリアリズムの追及が命題だったみたいだな」将官クラスは日米のトップ会談に集まっており、1佐以下の幕僚たちは互いに同程度の階級の相手を見つけての談笑を始めている。小幕僚は小幕僚が相手なのだが、アメリカ軍の場合は日本とは逆にトップ・ダウン方式なので感想もどこか他人事に聞こえる。
「それにしてもセキュリティー・エクスサイズ(治安出動)が発令されるとわな」「予想もしていなかったから予習も何もしていませんでした」アメリカ軍の指揮所演習では幕僚の思考力を演練するため努めて不測事態の状況を現示するのだが、自衛隊は万事に丸く収めることしかない。その意味では日本の政治状況に基づいたリアリズムが逆に不測事態なのだ。
「しかし、実際に尖閣諸島に武装した漁民が上陸したら警察の機動隊の次は自衛隊の出番だが、治安出動以外に方法はないな」「誰かが言ってましたよね。防衛出動は宣戦布告と見なされる恐れがあるって」「見学の防衛駐在官閣下だな」ここまでくると日本の特殊事情を理解していなければ話についてこられない。だから普段は雄弁なアメリカ軍士官たちが珍しく聞き役に回っている。それにしても井上将補は佳織を感服させた卓見を陸上自衛隊の指揮所でも披露したらしい。本来は「防衛出動」を発令した日本政府の立場を外務省とマスコミが世界に発信して中国の世論工作に対抗しなければならないのだが日本のマスコミは中国の代弁者になりかねない。流石にリアリズムを追求していてもそれは状況になかった。
「モリヤ2佐、今回は勉強になりました」佳織がCGSの同期・マーガレット・ライアン中佐と立ち話していると本間3佐が声をかけてきた。太平洋軍の指揮所に詰めていた佳織は本間3佐に対する悪印象が拭えていない。それでも細い目が発する力に少し困惑しながら見返した。
「少しはリアルな戦争を模擬体験できたの」「はい、ようやく入隊動機を実践する覚悟ができました」本間3佐の日本語の話にライアン中佐が関心を示したので佳織が通訳した。
「貴女の入隊動機って何なの」「私は大学時代、北京外語学院からの交換留学生と同棲していまして」「北京外語学院って愛知大学の姉妹校じゃない」「はい、そうです」佳織の指摘に本間3佐は驚いたように大きめの声で返事をした。その声に井上将補が振り返った。
「彼は私が2年の時に留学期間が終わって中国に帰って復学したんですが、1989年6月4日の・・・」「天安門事件ね。亡くなったの」本間3佐の表情を見て佳織の方から辛い事実をうなずくだけですむように言葉をかけた。ライアン中佐も「テンアンモン」と言う単語で内容を察したようだ。ただし、中国語では「チアナンメン」と発音する。
「はい、逃げようとしているところを人民解放軍の兵士に撲殺されたと一緒に参加していた亡命者から聞きました」その思いを卒業するまで抱き続けていたから夫が「左翼思想が蔓延していた」と言っている愛知大学から陸上自衛隊に入ったのだろう。
「メジャー(3佐)、貴女の気持ちは私にもよく理解できます」ここでライアン中佐が本間3佐の空になったグラスに赤のカリフォルニア・ワインを注ぎながら声をかけた。
「私の夫はイラクで戦死しました。ヘリコプターを撃墜されたのです」思いがけない告白に本間3佐は飲みかけたワインを途中で止めた。佳織にはグラスの中の赤いワインがライアン中佐の夫と本間3佐の恋人が流した血のように見える。
「そんな思いを抱いて入隊した陸上自衛隊に失望してしまったのね」「訓練の目的は演習のためで建前と本音を使い分ける単なる公務員でした。でも・・・」本間3佐は佳織への答えを中断してワインを飲み干し、それから話を続けた。
「辞めようか思っている時に両親が自殺したので弟の学費を仕送りするために延期、弟が殺されたから今度こそ辞めようと思ったら阪神大震災が起こって・・・災害派遣で少しは人の役に立つ仕事なのかなって思うようになりました」佳織は入隊してからの本間3佐の男性遍歴は知らないが、心の軸が折れたままではストレスから逃れるため迷走することはあり得ることだ。その時、人の群れの間をぬって井上将補が歩み寄ってきた。
  1. 2018/02/11(日) 09:16:07|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2月12日・イギリスの初代女王・ジェーン・グレイが処刑された。 | ホーム | 2月10日・精進料理の大家・梶浦逸外猊下が遷化した。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4447-2d120cf7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)