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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月12日・イギリスの初代女王・ジェーン・グレイが処刑された。

1554年の明日2月12日に在位9日間とは言えイギリスの初代女王であるジェーン・グレイさんが処刑されました。16歳でした。
以前、東京の上野の森美術館で「怖い絵」展が開かれた時、その目玉だったのがイギリスのナショナル・ギャラリー所蔵の「レディー・ジェーン・グレイの処刑」でした。ただし、野僧は夏目漱石さんの最初期の作品「倫敦塔」の中でその名前を知っていました。
ジェーン・グレイさんは1537年にイギリスの名門貴族の娘として生まれましたが、日本で農民から天下人にまで成り上がった羽柴秀吉さんと同じ年です。当時のイギリスでは国王・ヘンリー8世の嫡系男子は先天性梅毒で病弱だったエドワードくんだけが生存していました。このためヘンリー8世はエドワードくんが王位を継承した後、一部の側近に操られることを危惧し、有力者による集団指導体制を確立するのと同時にスコットランドのメアリー・シュチュワート女王と結婚させてイングランドとスコットランドの連合国家の樹立を構想したのです。ところがフランスの有力貴族出身のメアリー女王の母親=前王の妃がフランスの王太子と結婚させたためこれは実現しませんでした。さらに集団指導体制もエドワードさんが10歳で王位に就いたことで権力を手中にした側近によって握り潰され、ヘンリー8世の忠臣も粛清されたため病弱な国王・エドワード6世は有力貴族の手によって養育されることになったのです。またヘンリー8世は娘のメアリーさんとエリザベスさんをエドワードくんに次ぐ後継者としており、有力貴族の専横に不満を抱く他の貴族たちは女王の擁立を画策するようになりました。ところがヘンリー8世は「健康な男子が生まれないのは王妃の責任である」と決めつけ、離婚を認めないカソリック教会=バチカンと敵対し、教皇庁と対立していたイギリスの聖職者の扇動もあってプロテスタントであるイギリス国教会を創設しており、本人の没後には巻き返しを図るカソリックとイギリス国教会の間で熾烈な対立が生起していました。このためエドワード6世はイギリス国教会でも妹であるメアリーさんとエリザベスさんはカソリックであり、この点が女王に擁立する上での障害になっていたのです。
そんな中、エドワード6世の病状が重篤に陥ったため有力貴族は自分の息子と自分が粛清した忠臣の娘であるジェーン・グレイさんを結婚させ、王位を継がせると遺言させました。こうしてエドワード6世が15歳で崩御すると遺言に従ってジェーン・グレイさんがイギリスの初代女王に即位したのです。しかし、即位して9日後には反対派貴族によって娘のメアリーが呼び戻されて即位し、ジェーンさんは反逆罪で結婚したばかりの夫ともに断頭台の露と消えました。前述の絵では暗い室内に白い服を着たジェーンさんが効果的に浮き上がっていますが実際は屋外での公開処刑だったようです(死刑執行人には屍姦の特権が与えられていましたが、この若い女王はどんな気分だったのでしょうか。考えるだけでおぞましい)。
なおメアリー1世は引き続きイギリス国教会の信者を300人処刑して「ブレッディ(血まみれ)・マリー」のカクテル名になりました。
イギリス王室では長くジェーンさんを正式な女王とは認めず「レディー」と呼んでいましたが現在は王位継承者に加えているそうです。
  1. 2018/02/11(日) 09:18:04|
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