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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1099

年度末に向かって業務が多用になってくる頃、私はオランダのデン・ハーグにある国際刑事裁判所で始まった公判を注視していた。と言っても日本のマスコミがアメリカと中国以外のニュースを取り上げるはずがないのでようやく覚えたインターネットと外務省、法務省をしつこく突きまくって資料を入手している。
この裁判はアフリカのコンゴの内戦で少年兵を動員して戦闘に参加させたことが18歳未満の若者を兵士にすることを禁ずるジュネーブ諸条約第1議定書・第2議定書と児童の権利に関する条約、武力紛争における児童の関与に関する児童の権利に関する条約選択議定書、さらに子どもの権利及び福祉に関するアフリカ憲章に違反した戦争犯罪であるかを裁く初の国際司法判断だった。自衛隊生徒も自衛隊の定員に加えている以上、国際法では兵士であり、日本がこれらの条約や議定書を批准していれば重大な違反と糾弾されても反論はできないはずだ。ただし、第2議定書に関しては保護対象となる文化財や施設に被害が及ぶ範囲に戦時でも陣地などを構築できないなどの過度の努力義務が日本の国情では順守できないため批准していない。
「モリヤ2佐、それは英語じゃあないですか」「うん、外務官僚は年度末で忙しいから翻訳は自分でやれってさ」昼休みも外務省からFAXで送られてきた公判資料を読んでいると同室の1曹が声を掛けてきた。実は私の英語は会話が専門で読解はあまり得意ではない。このため小声で読み上げて耳で理解している。
「裁判の資料でしょう。どんな裁判なんですか」最近、テレビを賑わしているような話題に私が関わっていることが増え、この1曹は妙な興味を抱いているらしい。
「うん、自衛隊生徒は国際条約違反だって言う裁判だよ」「国際条約違反とは穏やかじゃあないですね」この1曹は生徒ではなく曹候学生の後輩に当たるので冷静に受け取ったが、私としては自衛隊生徒が国際法に違反する存在であることを確定できれば、それを法務資料として陸幕内だけでなく全国の部隊に配布する腹案を持っている。久居の大隊長と第1部門担当主任や名寄で安田3曹を執拗に苛めている中隊長など生徒出身の幹部には人間形成に欠落がある者が多いようなので一度議論の俎上に載せて存続の可否を検証するべきなのだ。
「へーッ、腹上死じゃあなくて腹下死かァ」その時、テレビの前のソファーに座って報道バラティを見ていた曹長が歓声を上げた。その声に1曹は振り返り、私も顔を上げる。ただし、ベテランの女性事務官だけは視線を反らした。4人が黙るとテレビの音声が聞こえてくる。
「沖縄の42歳の理容師のアパートで台湾人の食材卸業者の58歳が性行為中に心臓発作で死亡しました」面白ニュースのコーナーで若手アナウンサーが画面に映った新聞の記事を解説している。その記事では氏名を黒く塗りつぶしているが地元では実名報道されたようだ。
「腹下死ってことは騎乗位だったんだな」曹長が大声で説明すると事務官は椅子を回転させて背を向けた。しかし、私は「沖縄」「理容師」「42歳」と言う情報を組み合わせると1人の女性に辿り着いてしまう。ただし、人生の過ちとしての記憶から消去したい女性だ。
「ふーん、沖縄の女性って情熱的なんですね。上に乗って死ぬまで責め立てるなんて・・・」テレビではゲスト・コメンテーターと呼ばれている芸能人が下らない解説をして、その下らない解説を若手アナウンサーが真顔で補足説明する。
「この女性はスナックも経営していて亡くなった男性はお客さんらしいですよ」「ふーん、夜のサービス付きのスナックかァ。42歳ならまだ若いよね」「僕は遠慮します」同年代の芸能人の感想にもう少し若い男性アイドルは首を振って否定した。勿論、女性タレントたちはウチの事務官と同じ反応だ。それにしても妙なところでテレビの話題に関わってしまったものだ。するとソファーに腰を下ろした1曹が曹長と意見交換を始めた。
「42歳なら先任よりも年下じゃあないですか。どうですか一手」「馬鹿、最近は女房への奉仕でも荷が重いのに沖縄へまで出張できるか」私としては2人が勝手に盛り上がってくれればこちらには目が向かないので有り難いのだが、問題は淳之介とあかりの結婚に悪影響を及ぼさないかだ。あかりの話では梢と2人暮らしをしているようなので美恵子が起こした不始末を淳之介にかぶせるようなことはない(と断言できる)。それでも世間の好奇心と嫌悪感は赤く焼けた針となって2人を突き刺すのは間違いない。
「それにしても58歳の台湾人には家庭はなかったんですかね」2人が下ネタで盛り上がっているのを無視して事務官が話しかけてきた。その目には既婚者としての真剣な問題意識が見て取れる。やはり「熟年主婦の浮気願望」などと言うのは男性の妄想の産物なのだろう。
「常識的には母国にあるだろうな」「だったら不倫ですね」日本では単なる不倫だが、台湾では男女共に適用される「姦通罪」があることを私は知っていた。
  1. 2018/02/14(水) 09:20:46|
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