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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1100

理容店をクビになった美恵子は給料3カ月分の退職金と失業保険で生活している。ハローワークに登録して次の就職先の理容店を探しているが新聞で実名報道された上、強引に退職金を請求したことも噂として広まっているため名乗った時点で断られることの繰り返しだった。
一方、スナックも客足が途絶えたのではなく消滅しており、開店休業ならぬ開店閉鎖状態だ。
「玉城さん、働き口は決まったねェ」理容師を辞めれば昼間は家にいるしかない美恵子を大家が訪ねてきた。矢田と別れて入居して以来、10年近く住んでいるが家賃を滞納したことはない。それなのに訪ねてきたのには何か理由があるはずだ。勿論、それは想像できている。
「まだです。大丈夫、腕には自信があるからすぐに見つかりますよ」珍しく美恵子はナイチャア口=標準語で答えた。これは沖縄に限らず方言を常用する地域の住人たちがあらたまった時に示す作法のようなものだ。しかし、大家は真顔になって首を振った。
「こんなことは言いにくいんだが、玉城さんの事件はかなり評判になっていて、覗きに来る奴も少なくないんだ」「そんなのすぐに忘れられてしまいますよ。人の噂も100日って言うじゃないですか」「75日だよ」こんなところで美恵子は教養のなさを晒してしまった。
「それに外で遊んでいる子供に『ここがそうか』って訊く奴もいて親も心配しているんだ」「警察に事情を説明して巡回を頼めば好いですよ」一行に悪ぶれた態度を見せない美恵子に大家は遠回しに退去を要請しても無駄であることを痛感し、率直に通告することを決めた。
「ウチとしても部屋の中で死なれては空き部屋になった時に家賃を下げなけりゃならなくなるんだが・・・」「私が住んでいればそんな心配はいらないさァ」この女の頭には周囲に迷惑をかけていることを認識する機能が欠落しているのかも知れない。そろそろ堪忍袋の緒がほつれてきた大家は少し語気を強めた。
「その当事者が住み続けているのはもっと困るんだ」「私は何も悪いことはしてないさァ」美恵子は「自分は被害者」と言おうと思ったが、流石にそれを控える程度の常識は働いた。
「ワシもあんなものを見せられては寝つきが悪くていかん。アンタはよく平気でこの部屋で暮らせるね」あの日、大家は救急隊員に合鍵の提供を求められて部屋を開け、布団の上で周志竜の男根を挿入されたまま膣痙攣を起こして遺骸とつながっている美恵子の痴態を見てしまった。そして全裸のまま遺骸と引き離された美恵子の姿は醜悪以外の何物でもなかった。
通告を受けて美恵子は黙って考え込んでいるように見えたが、それは大家が想像しているような退去に向けた手順ではない。突然、美恵子の目つきが変わった。
「大家さん、新聞の取材で私の個人情報を喋ったでしょう」今までは営業用の年甲斐もない可愛らしさを演じていたが、ここからは本性だ。
「新聞は警察から聞いたんだろう。ワシは同じことを答えただけだ」この弁明はかなり苦しい。先ず大家が新聞記者の警察で取材の状況を知るはずがない。さらに大家が取材を受けたのは間違いない。美恵子は大家の額に汗が湧いてきたのを見て攻勢を強めた。
「私は新聞で名前を書かれたから就職が見つからないのさァ。大家さんが喋ったかは新聞に訊けば簡単に判ることさァ」今度は大家の背中に冷たいモノが走った。
「どうしても『出ていけ』って言うんなら私を『追い出せ』って言っている連中から退去料を集めることさァ。それを受け取ったら出ていってやるよ」美恵子は理容店で同じような要求をしたことが就職先を失わせている事実を自覚しておらず、反射神経で金をせしめようとしているだけだ。大家は自腹を切って退去料を支払ってでもこの疫病神を追い払うことを決めた。
「わかりました。退去料は敷金では不足する部屋の改装料をウチが持つと言うことでどうだね」確かに死者が出た部屋は畳の表替えだけでなく襖と壁紙の張り替えなど内装を一新しなければならない。それでも評判が消えなければユタか坊主を呼んでお払いをする必要もある。その費用は家賃1カ月分の敷金では到底足りないのだ。
「何を言ってるねェ。そんなことは敷金でやるのが当たり前さァ。予定外の引っ越し代と新しいアパートの敷金くらいは現金でもらえないと納得できないよ」大家はこの見事な恐喝にスナックのママも兼ねているこの女が反社会的勢力とつながりがあるのではないかと不安になった。
「それじゃあ敷金と引っ越し代くらいは払うからトットと出て行ってくれ。新しいアパートが見つからなくても今週中が期限だぞ」大家としてはスナックの仕事で深夜に帰宅する美恵子に対する苦情をなだめるなど気を遣ってもきたのだ。これでは恩を仇で返されたと言うしかない。
「私の裸を鑑賞したのがお礼の代わりさ」それでも美恵子は最後まで憎まれ口を吐いてしまう。この営業用の素朴で陽気な人間性と計算高く攻撃的な素顔の落差は二重人格としか思えない。それは両親やかつての夫にも理解できない経緯で形成されたもののようだ。
  1. 2018/02/15(木) 09:18:35|
  2. 夜の連続小説8
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