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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1101

結局、美恵子は大家に申し渡された期限にはアパートが見つからなかった。理容業界に続き不動産屋にも評判が広まっているらしく名前を告げただけで受け付けを拒否され、街を歩き回って入居者募集の張り紙を探しても名乗った時点で断られている。狭い沖縄では危険人物を手配するも同業者の情報網は迅速にして綿密なようだ。
思い余った美恵子はモリヤと結婚した頃に勤めていた糸満市の理容店を訪ねてみた。本来はスナックと兼業する以上、那覇市内でなければ困るのだが背に腹は代えられない。
糸満ロータリーでバスを下りて国道から1本裏手の通りを歩いていくと理容店はまだあった。
「いらっしゃいませ」「こんにちは」昔のままのガラスのドアを開けて店内に入ると年数分老けた店長が客の髪を刈りながら声をかけ、隣の席では妻が客を寝かせた席では髭を剃っている。
「ウチは散髪で美容院ではないですよ」店長は美恵子の顔を見て首を傾げながら注意した。
「そんなこと判っているさァ。私、玉城美恵子です」美恵子は遠慮なくかつての職場に踏み込むと店長の傍に立って挨拶をした。すると店長は振り返って妻と顔を見合わせた。
「そう言えばそんな人を雇っていたことがあったな」店長は美恵子を無視して仕事を再開すると独り言のように呟いた。店の空気までが美恵子を拒絶しているかのように刺々しくなる。それでもここで諦める訳にはいかない美恵子は客の裏に立って話を続けた。
「またここで・・・」「間に合ってるよ。ここは那覇市内みたいに流行を追う必要はないのさァ」
「でも・・・」「ウチは店に迷惑をかけておきながら退職金を脅し取るような店員はお断りなのさァ」「大体、理容師なら仕事中に声を掛けてはいけないことくらいわきまえているでしょう」店長の拒否に妻も同調する。そこで妻は手を止めて美恵子に向って追い討ちをかけた。
「この人は理容師じゃあなくてスナックのママの娼婦なのさァ」「うん、時には娼婦のように淫らな女になりな・・・」店長が合いの手を歌にする軽いノリは何も変わっていないが人間関係は完全に変わっていた。
「迷惑だから帰ってくれ。昔馴染みとして言っておくが、沖縄で理容師を続けるのは無理だから仕事を変えるか本土へ行くことだね」「娼婦になるには少し年増じゃあないか」トドメは頭を刈られている客が刺した。この客にも見覚えがあるが鏡越しに向ける視線に親しみはない。
「昔は可愛かったけどね」「それじゃあ30年ぐらい前だな」「復帰前かも知れん」沖縄が日本に返還されて27年だから計算は合うが本気で考える必要はないだろう。尤も、美恵子の現状は考えるべきことを怠ってきた結果なのだ。
「私が何をやったって言うのさァ」美恵子は理容店を出て大声でわめきながらロータリーに向かった。裏手の商店街の細い道でこの声は店内にまで届いているらしく店番をしている老婆たちが驚いて顔を向けている。それを睨みつけながら美恵子はバス停に向かった。今の美恵子にはタクシーで那覇へ帰る余裕もなかった。

「勝子、美恵子から何か言ってきたか」南城市(旧・玉城村)の実家では両親がこのことを確認するのが日課になっている。モンチュウから「恥晒し」と叱責されたものの娘は娘であり、窮地に陥っていれば救いの手を差し伸べたいと思うのが親心だ。
「それが何も言ってこないのさァ。まだ(事件があった)あの部屋に1人で住んでいるのかねェ」母としても美恵子が愛人が死んだ部屋で暮らし、しかも死んだ布団で寝ているとすれば我慢できない。夫とも「アパートへ行って首に縄を掛けてでも連れ帰ろう」と話し合っているのだが、こちらではモンチュウの衆目環視に晒されることになり決して居心地は良くない。
「そう言えば淳之介からは『どうなっているか知らせて欲しい』ってメールが届いてるさァ」「ふーん、アイツにも迷惑が掛っているんだろうに親孝行な息子だ」両親にとっては結婚を真剣に考えている息子の幸せに水を差すどころか荒れた海に投げ込んだような美恵子の行為は許し難いのだが、それでも娘は娘なのだ。
「日出子と夕紀子も色々と悪口を並べてたけど心配はしていたよ」現役の社会人である姉たちにも迷惑は掛っているはずだ。それでも妹は妹らしい。
「それで松真は」「何も言ってこないのさァ」「アイツは本土にいるから沖縄のニュースは届かないんだろう」確かに民放の報道バラエティーで取り上げられてはいたが名前は伏せられており、本人が見ていなければ「沖縄」「理容師」「42歳」「スナック経営」と言う情報から松真に結びつける者はいないはずだ。
「松真にはこっちから知らせておいた方が良いのかねェ」母の問いかけに父は黙って考え込んだ。長男である松真に家の中で起こっている問題を考えさせる必要はあるが、余計な心配を与えるだけのような気もする。結局、結論は先送りにした。
  1. 2018/02/16(金) 09:04:04|
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