fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1104

美恵子がスナックの店内で暮らし始めて1ヶ月が経った頃、突然、妙な客たちがやって来た。
「あったここだ」「やっぱりカッチンって言うんだ」その3人の客たちは恐る恐るドアを開けて店内に入るとカウンターの椅子に座って有線放送を聞いていた美恵子を見て何故か頭を下げた。現在の美恵子は失業保険だけで生活しており、化粧品を節約するため薄化粧で髪型は自分で整えるしかない。そうなると服装も地味になるから先客と勘違いしたのだろう。
「あのう・・・今日は営業しているんですか」客の1人が美恵子に訊ねた。どう見ても本土から来た観光客だが、揃ってネクラそうであまり好ましい雰囲気ではない。
「はい、いらっしゃいませ」美恵子が立ち上がってカウンターに入ると客たちは顔を見合せて小声でささやき合った。
「この人がママさんだったのか」「予想とは違うな」「本当にこの店なのか」美恵子はそんな評価は無視してカウンターにコースターを並べ、その上にグラスを置いてサービス料を取る形式を整えた。それを見て客たちは諦めたように席に着いた。
「初めてですよね」「はい、旅行ですから」こうして顔を見比べると度が強いメガネを掛けた肥満体の男と逆に痩せて目ばかりが異様に光っている疫病神のような男、そして銀縁メガネの奥の神経質そうな目が辺りを見回している男の3人組だ。
「ママさんがタマシロ美恵子さんですか」「はい、タマキって読みますけど」美恵子の答えに質問した肥満体が軽く頭を下げた。
「僕たち不幸な気分を味わえる店って聞いてきたんです」真ん中に座っている銀縁メガネの説明に両側の2人もうなずく。それが来店の目的と言うことだ。
「何ねェ、それは」「ママさんは不幸に憑りつかれていて近づくと祟りがあるってネットで読んだんです」「僕たちも不幸なんで少し軽くしてもらえれば良いなって思いました」「僕たちの不幸を受け取って下さい」美恵子はインターネットをやらないので知らなかったが、周志竜が死んだ事件が本土のテレビで紹介されており、その話題がインターネットで流れ、今では人生の辛酸を舐め尽くした悲劇の女王扱いされているらしい。
「確かに私は失敗ばかりしてるけどアンタたちみたいに負けてないさァ。自分が不幸だなんて思ってないよ」美恵子が語気を強めると3人は異様に感激したような顔になった。
「でも愛人をセックスで責め殺したんでしょう」「集団レイプされたって見ましたよ」「不倫相手に借金を残して逃げられたって言うのは本当ですか」3人は遠慮なく予備知識を確認してくる。ただし、「聞きました」ではなく「見ました」と言うのはインターネットをやっていなければ理解できない感覚だ。
「何でそんなことを知ってるのさァ。アンタたちは探偵ねェ」「だってネットでは評判ですよ」「ネットって網のことねェ」美恵子の無知は客たちには新鮮な驚きだったようだ。3人は顔を近づけて小声でささやき合う。どうもコソコソする流儀の団体のようだ。
「でも思ったよりも綺麗なママさんで、来られてラッキーでした」「本当、精純派ですよね」今度は誉められて美恵子も少し気分を直した。考えてみれば事件以来、初めての客なのだ。
「観光じゃあキープする訳にはいかないだろうから、ここに並んでいるボトルを味見すれば良いよ。どうせ来なくなった客のだからグラス1杯1000円で良いさァ」飲み屋ではグラス1杯はボトルの原価の10分の1が基準だからこれは暴利に近い。それでも関税が高い本土では高級酒に属する銘柄を見て3人は納得したようにうなずいた。
「カラオケを唄わんねェ」馴染み客のボトルで勝手に水割りを作り、3人が無言で飲み始めるとそのドンヨリした空気に耐えきれなくなった美恵子が声をかけた。すると3人はまた顔を近づけてコソコソとささやき始める。そして真ん中の銀縁メガネが返事をした。
「俺たちが金を払いますからママさんが唄って下さい」「リクエストします」「僕もお願いします」そう言うと3人はカラオケのメニューを開き、歌手のページで選曲を始めた。
「これをお願いします」「えーッ、これって暗いさァ」最初は矢田と離婚した頃、馴染み客に教えられた中島みゆきの曲「うらみます」だ。美恵子が拒否してもリクエストした肥満体は目で強要してくる。仕方ないので画面で曲目をリクエストしてマイクを持った。
「うらみまず うらみます 私、優しくなんてないもの うらみます 良い奴だと 思われなくても 良いもの・・・うらみます うらみます アンタのことを死ぬまで」普通はリクエストして唄わせた時には拍手するものだが、この客たちはコソコソと評価するだけだ。それでも疫病神が次をリクエストしてきた。今度は山崎ハコの「握り拳」だ。
「好きな名前で呼んで良いのよ、私を 割り箸片手に2人で唄おうよ 恨みばかりで何もない空だけど・・・固い握り拳、恐いよ 湯呑の中の酒も 震えてる・・・」気がつくと疫病神はお通しの割り箸を片手に小声でデュエットしている。銀縁メガネはグラスを震わせていた。
ん4・岡田奈々イメージ画像
  1. 2018/02/19(月) 10:09:25|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2月20日・教師も説明に困った郷土の偉人・村山魁多の命日 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1103>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4464-01fece88
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)