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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・亜麻色の髪のドール・序章

「続・亜麻色の髪のドール」

「モリオ3曹は、どちらの出身なんですか?」防府南北基地の愛知県人会の歓迎会で、私にビールを注ぎながら、若い女性自衛官が訊いてきた。官品=女性自衛官にしては中々の美人で、着ているブラウスとスカートも品が好い。
「愛知県の岡崎さァ」私の沖縄方言に不似合いな答えにその子は可笑しそうに笑った。
「私も岡崎なんですよ、岡崎はどちらですか?」「矢作だよ」「私は、本宿です」「それじゃあ、東西の両端、入口出口だね」「はい」「そう言えば、私は麻野理美と言います。北で飛行機の電気屋さんをやっています」「飛行機の電気屋」と言うのは我々航空機電機整備員が自己紹介する時の常用語である、順番が逆になった自己紹介に私たちは顔を見合わせて笑った。
「僕も航空機電機整備員さァ。83空から来たのさァ」「エーッ、電機の先輩なんですか?」理美は今度は尊敬の眼差しで私の顔を見る。
「私はプロペラしか知らないけど、モリオ3曹はジェットですもんね、すごいです」「整備員をクビになって防府に来たんだから駄目さァ」私の本当の話にも理美は「御謙遜を」と言う顔をした。
「また色々教えて下さい」「だから、整備員は務まらなかったのさァ」「ウフフフ…」私の話も理美はあくまでも謙遜=控え目な人と信じ込んでしまったようだ。

「モリオ班長、麻野を狙っているなら、青木1曹に頼んだ方が早いですよ」大隊の宴会で酔った若い空士がそんな話を始めた。
「麻野は青木1曹の女ですけど、頼めば俺らにも貸してくれるんですよ」「あいつはWAFにしては美人ですからね。興奮しますよ」別の空士も話に入ってきた。
「好い体してますし、ナニの具合いもいいですよ」空士たちは理美の体のほくろの位置、乳首の色、陰毛の濃さ、性感帯、好きな体位はなどのワイ談で盛り上がってくる。
現在、初任空曹に入校中の理美は私が休日に当直につくと当直室に訪ねてきて色々な話をしていくようになり、空士たちはそのことを誤解しているようだ。
「それにしても青木1曹が何で北の麻野3曹を知っているんだ」私の質問に最初に話を持ち出した空士が答えた。
「麻野が新隊員で入った時、入間(にあった婦人自衛官教育隊)へ臨時勤務で行っていて、悩みを相談されたらしいんですよ。それが男に姦られた話で、青木1曹は優しくする振りをしていただいちゃったらしいんですよ」私は女性自衛官教育大隊の青木1曹の顔を思い浮かべて心の底からの怒りを覚えた。
その宴会の酒は苦かった。

次の日曜日は大隊当直勤務で昼食の食堂で会ったまま理美は当直室についてきた。学生が卒業したウチの隊舎は静かで、ほかに人気はない。
「私の正体、バレちゃったみたいですね」理美は、あの空士の1人に会って「モリオ3曹は奥さんが妊婦で溜まってるから、今度、姦らせてやれ」と言われたと告げた。
「俺は、何も知らないし、何も知りたくはない。俺が知ってるのは北基地で航空機整備を頑張っている麻野理美3曹だけだよ」理美は当直用のベッドに腰を下ろすと、私の言葉に寂しそうに、そして冷やかに笑った。
「私に優しくしてきた男の人は皆そうです、結局、私を抱きたいだけなんですよ・・・ここでしますか?」そう言うと理美は挑発的な目で私を見つめる。
私は哀しい思いで胸が張り裂けそうになり、つい涙をこぼしてしまった。理美は私の突然の涙に驚いたような顔をして膝の上で両手を結んだ。
「俺には沖縄に結婚したかった彼女がいたのさァ」私はポツリポツリと話し始めた。
「彼女は、お母さんが若い頃、米兵にレイプされて出来た子供で、彼女も中学生の時、お母さんが結婚した義理の父親にレイプされて玩具にされていたのさァ」ここまで話すと私は1つ深いため息をついたが、理美は無表情に聞いている。
「だから俺と出会った頃、彼女はいつも無表情で、まるで自分が悪いことをしたみたいに何かに怯えていたのさァ」理美はまだ黙ってままだった。
「それで、彼女のアパートへ行った時、『私を抱きますか?』って訊かれたんだ」「それで姦っちゃったんですね」理美はいつもの朗らかな姿とは別人のような表情と口ぶりで訊いてきて、私は黙って首を振った。
「いや、ただ『抱き締めさせてくれ』って腕枕で寝てたのさ」「モリオ3曹はインポなんですか」「違うよ、妻は妊娠中さァ」ここで私は少し笑って見せ、理美もつられて笑い、重くなりかけた部屋の空気がふと軽くなった。
「ただ、その時に彼女が義父とのことを言おうとしたから、さっき君に言ったのと同じ台詞を言ったのさァ」理美は深くうなづいてから「続きを」と言う目をした。
「俺は、彼女の義父と同じことはしたくない。この人を守るんだって馬鹿みたいに思っていたのさ」「それでその人とは姦らないで終わっちゃったんですか?」「一度抱いたよ」「一度きり?」「彼女に『好きな人に抱かれた記憶が欲しい』って言われて抱いてしまったのさァ」「それでその人好かったですか?」理美は私をからかうように訊いてきた。
「好かったさァ。美人でスタイル抜群、何より愛情一杯で最高だったァ!」「やっぱり激しかった?」「いや、俺は彼女が義父にされてきたことを思い出させないように処女を抱くみたいに優しくね・・・」理美は私の正直な告白に唇を歪めて笑った。
「本当は、それからは毎回姦ったんでしょう?」「本当にそれっきりさァ」「よく我慢出来ましたね」「うん、辛かった」私の話に一応のオチがついた。
その時、突然、玄関のドアを開け、廊下を歩いて来る足音がして、空士がドアを開けた。
「アッ、最中でしたか?」「馬鹿!」私が叱ると空士は意味ありげに笑いながら外出の手続きをして「ごゆっくり」と言って出て行った。
「御迷惑が掛かっちゃいますね」理美は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。その顔は、もういつもの理美に戻っている。
「俺は、偉そうに言えるような人間じゃあないけどね」「はい」「俺が彼女を愛したのは」「はい」理美の目が縋るような色になった。
「彼女が気持ちまで犯されていなかったからさァ」「はい」「出会った時の彼女はとても素敵だった。それだけで十分だったのさァ」「はい」「でも、モリオ3曹はほかにいないです」「この程度の奴、幾らでもいるさァ」私の返事に、理美は「また御謙遜を」と言う顔で笑って帰って行った。

それからすぐの学生を卒業させた課程修了の宴会で、酔っぱらった若い空士たちが前回とは逆の理由で私に絡んできて、また勝手な痴話を並べ出した。
「あれから麻野は『もう嫌だ』って姦らしてくれなくなったんですよ」「青木1曹とも手を切ったらしいです」「3曹なったら態度まで変っちゃって」空士たちはその理由を勝手に言い合っていたが、1人が私に話を向けてきた。
「それもモリオ班長と当直室で姦った味が忘れられないからって評判ですよ」「ハーフのスチュワーデスの奥さんにWAFまでモノにして意外にやりますね」「少林寺拳法のツボを指で押さえる技って聞きましたよ」「今度、少林寺のテクニックを教えて下さい」「俺も少林寺習おう」「俺も入門します」彼等の口ぶりには妙な尊敬のニュアンスがあり、寧ろ理美の生き方が変わったことを知り、それを肯定することになるのなら、「敢えて否定することもないか」と考えた。
ただ、「少林寺拳法のテクニック(整法)」の話は寝る前に聖美にマッサージしていること思うと嘘とも言えなかった。

休日、聖美と市内のショッピングセンターに買物に出た。ベビー用品コーナーで、聖美とベビー服を選んでいると、突然声をかけられた。
「モリオ3曹ォ」私を見つけた理美は手を振りかけよって来た。隣で聖美が「誰?」と目で訊くので、私は「北基地の麻野くん」と答えた。
「奥さんですか?」理美はハーフの聖美を見て驚いた顔をしたが、頭のいい理美のことなので、この間の話が聖美のことだと察したのかも知れない。
「俺の愛妻さァ」「もう」私の返事に聖美は照れたような顔をした。
「麻野くんは岡崎の出身さァ、話しただろう」「ああ」聖美も納得したようにうなづいた。
「赤ちゃんの買い物ですか?」そう言って理美は、臨月が近い聖美の大きな腹を見た。
「はい」「いいですねェ」聖美と理美は見つめ合って何かを確かめている。
「奥さん、優しい旦那さんで幸せですね」「はい」はっきりと答えた聖美に理美は少し挑戦的な目をしたが、私は黙っているしかなかった。
「今度、旦那さんをお借りしますよ」「多分、無理ですよ、この人は私だけですから」この勝負は聖美の貫禄勝ちである。それに理美は挑発的な言葉を投げ返した。
「奥さんは?」すると聖美はこの歌で答えた。
「今は貴方しか愛せない・・・」そう歌って聖美は私の手をギュッと握ってきた。
「貴女もこんな人に出会えるわよ、貴女は素敵だから」聖美が私の手を握ったまま答えると理美は「はい」とうなづいた。
「あの子、貴方に好意を持ってるね」理美と別れた後、聖美がポツリとつぶやいた。

「こんにちは」理美が官舎に遊びに来た。それは聖美の招待だった。理美は初対面の宴会の時と同じクリーム色のブラウスに紺のスカート姿だ。
「今日は、お招きいただいてありがとうございます」玄関まで出迎えた私たちに理美はそうきちんと挨拶をして手土産のケーキを差し出した。
私たちは茶飲み話をしながらアルバムを見せた。
「これが出会った頃さァ、私の高校の同級生の紹介だったのさァ」最初のページを開きながら、聖美が説明した。しかし、その頃には聖美の笑顔の写真はない。
「これが八重山旅行さァ」「エーッ、婚前旅行に行ったんですかァ?」「うん、私が『好きな人に抱かれた記憶が欲しい』なんて、我儘言ったのさァ」聖美が恥ずかしそうに説明すると理美は先日の話の真実を察したように静かにうなづいた。
「奥さん、笑顔が素敵ですね。それにいつもキチンとしている」この八重山旅行からは聖美の写真は笑顔ばかりになる。私は2人で歩んできた時間を辿っていた。
「私の母が厳しかったのさァ。ハーフはそれでなくても変な目で見られるから、いつもキチンとしてなきゃいけないてさ」そう言って聖美は真顔になった。
「ハーフって華やかなイメージがあるけど、違うんですね」「それに私は訳ありだったしね・・・」聖美がそう言うと理美の顔が一瞬強張った。
「これが結婚式さァ、私の高校の同級会を兼ねて居酒屋でやったのさァ」「へー」理美は呆れ半分、感心半分の顔をしていたが、「発見」と言う顔で私の写真を指差した。
「モリオ3曹、泣いてません?」「この人は感激屋なのさァ」「やっぱり」理美はこの間の私の涙を思い出したのか私に向かってウィンクをした。
聖美が夕食の支度にかかると理美も「手伝わして欲しい」と言って、並んでキッチンに立った。長身の理美は、聖美が貸したエプロンが似合っている。
この日、愛知から取り寄せた「八丁味噌」を理美は喜んだ。
「この味、久しぶり」「私は初めて」台所から聖美と理美の楽しげな会話が聞こえてくる。
「勝ったァ」「負けたァ」2人はそんな冗談を言い合いながら笑っていた。
「これがあれば味噌煮込みうどんに味噌田楽、五平餅って言うのもあるなァ」「また来て教えてね」「はい、奥さんって本当に勉強家ですね」「あの人のことは何でも知りたいのさァ」理美の感心した褒め言葉に聖美は当り前のように答えた。
「私もそんな気持ちで愛せる人に会えるかなァ」「大丈夫さァ、自信を持って」「はい」聖美の心のこもった励ましに理美は嬉しそうに返事をした。

11月22日に子供が生まれた。
親が帰った午後、産婦人科へ向かうため自家用車で基地の前を通ると理美が1人、Gパンにトレーナー姿でバス停の前で待っていた。私は車を止めて窓を開けた。
「あっ、モリオ3曹、御苦労さまです」「御苦労さまァ」私に気がついた理美は額に手をかざして敬礼をしてきた。
「その顔は好いことがありましたね。お子さんが生まれましたか?」理美は車の窓から覗き込むと鋭い指摘をした。
「うん、昨日生まれたのさァ」「本当ですか、おめでとうございます」理美は本当に嬉しそうな顔をしてくれた。
「これから病院へ行くけど市内まで乗っていくか?」「お見舞いに連れて行って下さい」そう言うと理美は、もうドアに手をかけて乗り込んできた。
「途中で花屋さんに寄って下さいね」理美はシートベルトを締めながらそう言って微笑んだ。

理美を連れて病室に入ると聖美は周作に母乳をやっていた。
「おめでとうございます」「どうも、ありがとう、綺麗ね」聖美は理美の差し出した篭の花を周作を抱いたまま嬉しそうに眺めた。
「お花、取りあえずここに置きますよ」「うん、その前に匂いを・・・」理美は聖美に花の匂いを嗅がせると机の上に置いた。
「男の子ですか?」「そうだよ」横から私が答えた。
「大きいですよね」「4070グラムもあったんだ」「先輩の話だと3000グラムでも大きいっていいますけど・・・」「うん、巨大児なのさ」理美は生まれてまだ1日で、しっかり乳を飲んでいる周作を感心しながら覗き込んだ。
「奥さん大変でしたね、御苦労様でした」理美は女性の先輩として尊敬の眼差しで聖美の顔を見た。しかし、聖美はしずかに首を振った。
「私にはこの人が付いていたから安心だったのさァ」そう答えて聖美は私の顔を見返し、「そうですか、いいなァ」と理美は羨ましそうに2人の顔を見比べた。私は胸がホンワカと暖かくなるのを噛み締めていた。
「そうだ麻野さん、今日は暇?」「はい、特に予定はありませんけど」突然の聖美の質問に理美は戸惑いながら答えた。
「それじゃあ、うちの旦那さんとデートしてあげてよ」「ヘッ?」「えッ?」聖美の提案に私と理美は声をそろえて返事をした。
「こんな時にしか旦那さんは貸せないよ」「好いんですか?」聖美と理美は微笑みながら顔を見合わせている。
「貴女が迷惑じゃあなければね」「とんでもない、夢がかなって嬉しいです」私は口を挟む暇もなく女同士で話は決まってしまった。
「だったらもっとお洒落をしてくればよかったな」「何を言ってるのさァ」理美のボヤキに私は呆れながら返事をした。
「大丈夫、この人が行くのは固い映画か、史跡巡りだからそれで十分さァ」「やっぱり」理美はもうワクワクしたような顔をしている。
「前から行きたいって言っていた『それから』でも見に行ったら」「『それから』って、松田優作と藤谷美和子が出ている作品ですよね」「あれの原作は夏目漱石の小説さァ」「やっぱり固いですね」理美は聖美の予想通りと納得した顔でうなづいた。

徳山市まで出かけて映画を観た後、紅葉を探しにドライブをした。徳山市から防府市へ戻る途中で山沿いに道を変え峠を登ると眺望が開けている。
「ここの紅葉は綺麗だな」「まあまあですね」助手席で理美もうなづいた。峠から海へ続く丘陵のあちらこちらに赤や黄色に紅葉した木々が見える。
「妻は沖縄育ちだから紅葉を見たことがないんだ」「そうかァ、そうですよね」理美は、沖縄の気候を思い浮かべて今さらのように納得した。
「妻に紅葉を見せたかったけど、今年は無理かな・・・」私が残念そうに呟くと理美が感心したように笑った。
「モリノ3曹も奥さんも、いつもお互いのことばかり考えているんですね」「そりゃそうだろう、折角、結婚出来たんだから大事にしなけりゃ勿体ない」「そうかァ、奥さんもそう思っていますよ」理美は微笑んで私の顔を見た。
「麻野くんは、香嵐渓へ行ったことあるかい」私は話を変えた。
「勿論、岡崎で紅葉と言えばあそこでしょう」「だよね」私も同意した。
それからは子供の頃、家族で行った香嵐渓の紅葉狩りの話で盛り上がった。
「俺、あそこを思い出すと五平餅を食べたくなるんだよな」「あそこの名物ですよね」理美の返事を聞いて私は腹が減ってしまった。
「今夜、あの味噌で作ってあげましょうか」理美は悪戯っぽい目で私の顔を覗き込んだ。
私たちの視線が合って動かせない、沈黙が流れ、車内の空気が妖しくなりそうだった。
「何を言ってるのさァ、今夜は何か美味しいものを食べに行こう」「はーい」私は、理美の何かをふっ切るような返事を聞いて車を発進させ峠を下り始めた。

「スパゲティーの美味しい店」と言う質問に理美は防府市内の「7(セブン)」と言う店を教えてくれた。そこは南基地正門前のいわゆる協和発酵通りにある店で、ステーキで有名な紅屋の姉妹店だった。
古びた喫茶店のような店内に入っても特別な雰囲気はなく、私は「本当に美味いのかなァ」と少し首を傾げながら理美と向かい合って席に着いた。
すぐに店員さんがメニューを持ってきたが、スパゲティーは八種類ほどで専門店のアルデン亭とはやはり違った。それでも私は好きなツナのカルボナーラを見つけてそれを、理美は聖美と同じトマトソース系のスパゲティーを注文した。
「俺も女房もパスタ党でデートはいつもスパゲティーだったね」「へーッ、意外ですね。モリオ3曹はうどんか蕎麦って雰囲気ですけど」「そう言う麻野君はキシ麺だろう」「いいえ、味噌煮込みうどんです」私の反論は理美にやり返され、一本取られた。
「7」のスパゲティーは防府市内としては美味しく、聖美を連れてこようと思ったが乳児を抱えていては当分先になりそうだ。

食事の後、車を産婦人科の駐車場に置いてから、そのまま理美を行きつけの店「一番街」へ連れて行った。お客はまだいない貸し切りだった。
「モリオさん、今日は奥さんが違うじゃない」マスターはそう言うと訳ありなのを察してか私のボトル=シーバースリーガルで水割りを作ると奥へ引っ込んでくれた。
「私の過去のことを聞いて下さい」「もうそれは忘れろって」私は首を振る。
「忘れるために貴方に預けたいんです」理美の真剣な目に私はうなづいた。
理美はグラスのスコッチを1口ふくむと静かに話し始めた。しかし、理美の過去は、あまりに哀しいものだった。

ハンドボール部の練習が終わった後、理美は後輩が仕舞い忘れた用具を体育倉庫に片付け、部室に行こうとすると、そこにバスケット部の男子生徒が3人立っていた。
彼らの目は暗く光り、行く手を遮るように迫ってくる。中に入ると1人が扉を締めた。理美は声も立てられず倉庫の中で後ずさりし、やがて倉庫の隅に積んである体操用マットに追い詰められた。しばらくは互いに動かず、睨み合いのように動きを止めた。
理美が悲鳴を上げようとした時、彼らが一斉に襲いかかった。
最初の1人が理美をマットの上に突き倒すと、もう一人がタオルを口にねじ込み、残りの1人が腕を押さえた。
突き倒した生徒は足をバタつかせて抵抗する理美の上から圧し掛かり全身を押さえる。タオルをねじ込んだ生徒が圧し掛かった男の背後に回り込み、理美のショートパンツとショーツを引き下ろし、脚を押さえた。それは見事に役割分担された作業だった。
理美は全身をよじって逃れようとしたが、体が大きなバスケット部の男子3人に力任せに押さえられていては何も出来ない。「夢?」理美は、恐怖に凍りつきながら必死にそう思おうとした。
「嫌ァーッ!」その瞬間、理美は叫んだが声はタオルに遮られて呻きにしかならなかった。

翌日の昼休み、理美はつき合っていたハンドボール部の先輩・修に呼びだされ、指定された部室で修は待っていた。
「先輩・・・」修の顔を見ると理美は視線をそらし、入り口で立ちすくんだ。昨日、3人の男に代わる代わる犯された。この事実はまだ記憶に鮮明だった。
すると修は理美の手をとり男子ハンドボール部の部室に引き込んで扉を締めた。部室は男子生徒の汗の臭いが充満している。
「理美、お前、真吾たちに姦らせたんだって・・・」真吾とは昨日最初だった生徒だ。修の声は低く、感情を押し殺しているかのようだった。理美は今まで修の誘いを何度も拒んできたが、それは厳格な母からの躾けであった。
「あいつら3人に姦らしたんだったら俺にも姦らせろよ」修は唇を歪めてそう言うと修は理美を抱き締めて、部室の汗臭いマットの上に押し倒した。
理美は薄暗い部室の天井を見上げながら、これから起こることを考えていた。

1ヶ月後、学校の自転車置き場で部活を引退したはずの真吾が待っていた。
「麻野、お前、修に好きに姦らせてるんだって、だったら俺にもまた姦らせろよ」真吾の意味ありげな笑い顔に、理美は逃れようがない自分の運命をさとった。
理美は黙って真吾の後から自転車を押してついて行った。
「今日はここだ」真吾は両親共働きで留守の自宅の部屋に連れ込んだ。
「俺はお前を女にしてやったんだ、だから大人の女にしてやるよ」真吾は理美の制服を脱がすとベットに横たわせ、そんな理屈にもならない言い訳をしながら、当り前のように覆いかぶさってくる。
理美は玩具としてされるままに任せるしかない、これは逃れようのない儀式なのだ。

「させ女(ご)」地元でのこの「称号」を捨てるため理美は航空自衛隊に入った。
しかし、同期の中でも目立つ理美の顔立ちとお嬢さんらしい雰囲気が若い男子隊員の間で評判になり、売店や食堂、外出先でも付きまとわれ、それが基幹隊員を含むWAFたちの嫉妬を買い、中隊でも理美は孤立していた。
ある日、担当班長の青木2曹が当直勤務につき、消灯後、班長室に理美を呼び出すと心配そうな顔で面接を始めた。
「麻野、お前は美人過ぎるんだなァ」理美は青木を信頼している。
「お前、男となんて付き合ったことないんだろう」青木は、そう言うと煙草に火をつけた。
指導簿の家庭状況欄に父の職業が「会社経営」になっており、一見して育ちのよさそうな理美を青木は、まだ「処女」と想像しているのだ。
理美は、青木と机を挟んだ椅子に座り、うつむいて膝を見ていたが、やがて顔を上げた。
「私、高校生の時、男の人に強姦されたんです」「ゴク」理美の突然の告白に青木は唾を飲み、今、目の前に座っているこの若くて美しい娘が男に犯されている痴態を妄想した。
「それは辛かったな。話して楽になれるなら、私に全部話してしまいなさい」青木は教育職の隊員の演技力で男の暗い欲望を内に隠して優しさを演じた。
その熟練した演技に理美は「この人になら救ってもらえる」と信じた、否、信じたかった。理美は、この男になら全てを打ち明けてもいいと思った。
理美の哀しい告白を聞く青木の男根は机の下で勃起しぱなしだった。

次の週末、一緒に外出する友人がいない理美を青木が引率外出した。入間近郊の観光、食事、ドライブの途中、青木は街外れのホテルでウィンカーを出した。
「麻野、班長が今までのことを忘れさせてやるよ。生まれ変わるんだ」理美はこの優しい口調が「真吾・修たちとは違う」と信じようとした。こうして青木は理美を自分のモノにした。

「若い奴を慰めてやってくれ」浜松の第1術科学校を終えて防府北基地に配置された理美を抱いた青木はこう言った。
「失恋で傷ついているんだ、お前の体で救ってやってくれ」青木の言葉は美しく優しい。しかし、実際は自分に忠誠心を見せる若い隊員への報酬、道具として理美を使おうとしているのだった。
狡猾な青木は若い空士に「優しく扱え」「避妊に気をつけろ」と耳打ちすることを忘れなかった。

「麻野、よかっただろう」若い空士が「姦らせてもらった」お礼に来ると青木は、悪ぶれることなく得意げにこう言った。
「最高でしたァ」若い隊員も昨日の快感を妄想し夢心地のような顔をする。
「おっと、起ってきた」若い隊員がおどけた格好で勃起した股間を突き出して見せると、青木と空士は顔を見合わせて下卑た笑い声を上げた。
「青木班長、今度は俺も頼みますよ」2人の大声のワイ談を聞きつけて別の空士が話に入ってきた。彼の目は好色に光っている。
「俺、食堂で会うたびに、麻野って好い女だと狙ってたんですよ」「わかった、まあ待っちょけ、そう毎回じゃあ、あいつも気づいちゃうからな」青木はどこまでも狡猾だった。
「それにしてもあんな好い女を玩具にしてた地元の奴らが羨ましいですね」若い空士が口惜しそうに言うと、別の空士もうなづいた。
「今度は俺たちの番じゃ。だから北基地に来させたんじゃろうが」理美は航空機整備員として防府北基地に配属されたが、それを決めさせたのは青木だった。
「北ってのが好いですね。こっちで何を言っていても本人には聞こえない」「流石は青木班長」若い空士たちの尊敬の眼差しに、青木は自慢げにうなづいた。
「おっと、また起ってきた」「俺も」若い空士たちの馬鹿な台詞に3人は爆笑した。

「ああ、すっきりした」すべてを話し終わった理美は、何か憑きモノが落ちたかのように、呪縛から解放されたような表情になっていた。
「何だか抱えていた重い物を渡してしまったような気分です」スコッチが回ったのか、少し頬が赤くなった理美は、そう言うと微笑んで私の顔を覗き込んだ。
逆に私は重い物を受け取り、これからこの秘密を共有していくことになった責任を背中にズッシリと感じて黙って理美の顔を見つめていた。
「モリオ3曹、今日はまだ帰らなくていいんですか?」理美が腕時計を見た。理美の話に聞き入っていて気がつかなかったが時計はもう9時を過ぎている。
「帰らなくていいんだったら朝まで一緒にいたいけどなァ・・・無理かァ」理美は悪戯っぽく笑うとグラスをとり、私もグラスをとった。
「乾ぱーい」私たちのグラスが軽く鳴った。

「やっぱり、モリオ3曹は麻野と出来ているんですね」徳山市の映画館まで行ったのだが、やはり若い空士に見られていた。
「奥さん、出産で入院中に上手いことやりますね」別の空士が話に加わってくるということは、もう彼らの間で評判になっているんだろう。
「麻野くんは、うちにも遊びに来てるよ、妹みたいなものさァ」私の説明を彼らは「苦しい言い訳」と受け取ったようだ。
「妹なら、俺らにまた貸して下さいよ」「ねェ、お兄様ァ」彼らは茶化した戯言を口にする。
「どちらかと言えば女房の妹分だからね」私の反論を鼻で笑いながら、彼らは意味ありげに顔を見合わせた。
「妹と姦るっていうのも流行ってるな」「近親相姦かァ」私は腹が立ってきたが、この下衆な奴らと同じ次元で理美のことを語りたくはなかった。
「お前ら日活の見過ぎだぞ。美保純か?」「そうだ、ピンクのカーテン!」私の冗談めかした結論に彼らは単純に乗って、何とか話が変わって場が和んだ。

「モリオ3曹、私、米留要員に合格しました」いつものように当直室へ遊びに来た理美は第一声にこう報告した。しかし、航空機整備員を離れて久しい私にはピンとこない。
理美は初任空曹の後、浜松のアドバンスと入校続きで最近はあまり会っていなかった。
「機種は何だい?」「次期救難機ですよォ、MU‐2の後継機」理美は呆れ顔で説明した。
「それはすごいねェ、何時から?」「年明けに米留準備課程に入ってそのまま4月です」「それじゃあ帰ったら浜松の教官かァ」「はい、小牧の受け入れ要員かも知れませんけど」私はこの防府から離れ、青木やその子分たちとの悪縁を断ち切れることを願っていたが、理美は何故か少し寂しげな顔をしている。
「どうせなら向うで優しい人に出会って国際結婚しちゃえよ」私はそれを不安と想い、励まそうと冗談を言ったが、理美は怒った顔をした。
「そんな残酷なことを言われたら泣いちゃいますよ」理美はそう言って本当に鼻をすすった。
その時、隊舎のドアを開ける音がして大股な足音が近づいてきた。
「来たなァ」「誰かなァ?」私と理美は顔を見合わせて待ち構えていると、当直室のドアを開けて若い空士が入ってきた。
「御苦労様ですゥ・・・あッ、最中でしたか?」と彼は相変わらずの誤解をする。こいつらの頭の中はそれしかないようだ。
「でも、本当にしちゃおうかな」それは理美の冗談だった。

3月、小牧での米留準備課程を終えた理美は新型救難機導入に伴う準備要員として小牧の航空救難隊へ転属して行った。
愛知県人会の送別会の後、若手として会場の忘れ物の有無を確認してから玄関を出ると早春とは言えまだ寒い夜、理美が待っていた。私たちは、また「一番街」で2人だけの2次会、送別会をやった。
「あれ、また奥さんが違うね。モリノちゃんも意外にいけない旦那だなァ」2度目の理美の顔を見てマスターは訳知り顔でこう言った。
「この人は、僕と愛知の同郷なんだ」「それじゃあ、幼馴染かァ」「そうじゃあないけど・・・」マスターの的外れな納得の仕方に私は困惑したが上手く説明出来ないでいた。確かにややこしい。
「私、モリノさんのファンなんです」カウンターの隣に座った理美が助け船を出した。
「それから奥さんの大ファンなんです」「なんだァ、奥さんも公認なんだ」マスターは、そう言うと前回の来店時にキープしたボトルで水割りを作った。
「乾杯ーイ」グラスを鳴らすと私たちはシンミリと話し始めた。
「私が頑張ってこれたのもモリオ3曹のおかげです」「何を言ってるのさァ、君の頑張りだよ」「そうそう」マスターがカウンター越しに漫才のような合の手を入れてくる。
「モリオ3曹から自衛官の、奥さんから女の生き方を習ってきたんです」「俺はそんな大したモンじゃないよ、女房はエライ人だけど」「そうそう」マスターが、また合の手を入れると理美は「わかってないなァ」とマスターを睨んだ。
「その奥さんが、あんなに好きになるんだからモリオ3曹もすごいんですよ」「ありがとう」いつもなら照れるような褒め言葉だったが今夜は素直にうなづいた。
「マスター、カラオケある?」突然、理美がマスターに声をかけた。
「もちろん」そう言ってマスターはカウンターの下から取り出したメニューを理美に渡し、マイクの準備をしながら、「これ」「これ?」とメニューを挟んで相談を始めた。私は黙ってグラスを口に運びながら2人の様子を見ていた。
やがてカラオケから「時の流れに身をまかせ」のイントロが流れた。
「もしも貴方に 会えずにいたら 私は何をしてたでしょうか・・・」日頃、自衛官として号令をかけているせいか理美の声は意外に低かった。
「だからお願い そばにおいてね 今はあなたしか愛せない」最後のフレーズを歌いながら理美はジッと私の顔を覗き込んだ。こうして少し酔った理美に潤んだ目で見つめられると、流石にドキッとする。
「モリオ3曹も何か歌って下さい」歌い終わった理美はメニューを渡しながらリクエストをして来た。
「また、モリノちゃんは『防人の詩』だろう」マスターは先回りして機械を操作しようとしたが私はそれを裏切った。
「これ」「えーッ、これ歌えるの?」マスターの大げさな驚きに理美の顔が期待に光る。「涙のリクエスト」これは教え子たちの卒業パーティー用に踊りつきで覚えた歌だ。
「ダイヤル回す あの子に伝えて まだ好きだよと・・・最後のリクエスト・・・ 」理美は私の熱唱する姿を可笑しそうに見ていたが、何故か鼻をすすった。

店を出ると隣はビルの谷間の小さな公園だ。周囲には生垣があって内側は見えない。理美は先に立って公園に入っていった。
「モリオ3曹、私も奥さんにしたように優しく抱き締めて下さい」公園の中央で振り替ええって立ち止まると理美はそう言った。外灯の明かりにシルエットが浮かんでいる。
「大丈夫、奥さんも許してくれますよ、だって奥さんも・・・」理美は、そう言うと躊躇っている私の胸に顔を埋めてきた。私は理美の背中に腕をまわして抱き締めた。
理美は身長も体型も聖美とほぼ同じで違和感なく抱き締められた。
「やっぱり、ここ安心できますね・・・」理美は胸でそう呟いた。3月の夜はまだ寒く、抱き締めている胸だけが温かい。理美の吐息は甘い匂いがする。
やがて理美は目を閉じて顔を上げた。その美しい顔には確かに青木でなくとも心が揺れる。私はそのまま理美の冷たい額にキスをした。
「本当、奥さんって幸せですね」私が腕を解き、胸から離れると理美はそう言って肩をすくめた。私は今の出来事を聖美に、そして理美に対して少し胸が痛んでいた。
「幸せにしてもらってるのは俺の方さ」「だから奥さんは幸せなんですよ」私の答えに理美はまた「御謙遜を」と言う顔をして可笑しそうに笑った。

「ただいまァ」いつもの宴会よりも帰りが遅くなって、聖美はもう周作に添い寝していた。
私は風呂はパスして、パジャマに着替え母子の隣の布団に入った。
「遅かったね。シーバースを飲んだでしょう、匂いがするよ」聖美は布団で体の向きをかえて小声で話した。昔から聖美は匂いには敏感なのだ。
「うん、麻野くんと2次会をしてきた」私はあえて正直に言った。
「ちゃんと優しく抱き締めてあげた?」「えッ・・・」聖美は優しい目で見つめている。私は聖美の鋭い、しかし、意外な言葉に咄嗟には返事が出来ないでいた。
「女ものの化粧の匂いがするよ」「うん、ごめん」「何か謝るようなことしてきたの?」「君が言った通りです」「貴方のことだからキスもしなかったでしょう」「はい」私は半分嘘をついた。聖美は真顔で私の顔を見ながら理美の顔を思い出しているような目をした。
「あの子、若い時の私と同じ目をしているさァ。何か哀しいことを負っているのかも知れない。だから貴方が救ってあげればいいと思っていたさァ」「俺はそんな大したもんじゃあないよ」「大したもんさァ」今夜は聖美まで「御謙遜を」と言う顔をした。私はフーと大きくシーバース臭いため息をついた。
「あの子も、貴方が好きになるなんて男の人を見る目があるさァ。きっと幸せになれるよ」聖美の優しく深い目で見つめられて、私の体は違う反応をした。
「君は幸せか?」「うん」「だったらいい?」「酔っぱらいは駄目です」聖美はそう言うとまた身体を周作の方に向けて体に布団をまきつけた。
「優しくないさァ」「はい、おやすみ」私の抗議にそう答えながら、聖美は暗くした部屋で「ウフフ・・・」と一人で笑っていた。

  1. 2013/01/23(水) 09:17:38|
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