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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・亜麻色の髪のドール・小牧編

「君が浜松基地の仁王様かァ」転入の申告をすると1輸空隊司令は笑顔で話しかけた。
「浜松では警備小隊長として名を挙げたらしいな」私の評判は何故かあちらこちらに広まっているらしい。ただし、それには多少尾ひれがついているような気もしていた。
「君に鍛えられれば、うちの海外派遣態勢も万全になる」「どこまで御期待に添えられるか」私は司令の過剰な期待に謙遜しておいた。これはある意味、仕事上の保険でもある。
「今時、一ヶ月も徹夜で陣頭指揮がとれる幹部なんていないよ」「はあ」その話は事実だが、あまり期待をされるのもやはり荷が重い。
「こちらでは幕僚ですから、司令の御指導のままに」「うん、思う存分やってくれ」隊司令は心から期待してくれているようだった。私も気合を入れ直した。

転属早々に、早目の夏期休暇を私と理美で一緒にもらったおかげで、引越しの片づけは、思っていたよりも早く終わった。
「基地のプールへ行こうか」片づけが一段落したところで理美が提案した。夏休み中の転校、転園だった上、夏期休暇で帰省した家も多く、子供たちには未だあまり友達がおらず、浜松以上の名古屋の蒸し暑い夏に2人とも朝からテレビばかり見ている。
「聖也の水着も買って来たことだしね。聖也ちゃん」理美が声を掛けると、茶の間でテレビを見ていた聖也が、子供部屋へ飛んで行くと水着と浮き袋、キャラクターもののバスタオルを持って来て、自慢そうに見せた。
「ヘ―、何時の間に?」「周ちゃんがスイミングを再開した時、聖也も練習しなきゃってね」理美と聖也は、顔を見合わせている。隣で周作はテレビに夢中のままだった。
「それで最近、聖也が風呂で潜ったりしてたんだ」「うん、練習したよ」私の感心と納得に聖也がまた自慢そうに答えた。
「それじゃあ、みんなで行こう」「えーッ、私もォ?」「言い出しっぺが行かなくちゃ」そう言いながら私は防府や浜松で何度か見た理美の水着姿を想い出していた。
「目がスケベだよ」「はい、すいません」これも理美のささやかな抵抗なんだろうか。
「もう、いい年なのにィ」「ううん、今の方がセクシー・ダイナマイトだぜェ」私と理美の馬鹿な問答の間も、周作はまだテレビにかじりついていた。

平日の午後だったが、基地のプールは意外に混んでいた。隊員たちも、こう暑くては水泳以外の運動をする気にはならないだろう。聖也は理美が女子更衣室に連れて行こうとしたが、「男の子用」と男子更衣室を選んだ。
少し遅れてプールサイドに出て来た理美の水着姿は日ごろ鍛えているだけに相変わらずのスタイルで、泳いでいる若いWAFたちとは別の大人の色気がある。
「ゴクッ」私は生唾を飲んだが、体が変な反応をしないうちにと周作に声を掛けた。
「さて周作君、準備運動を実施!」「はい」周作の指揮で家族揃って準備運動を始めた。前屈をした時に見える理美の胸の谷間に、私はまた「ゴクッ」と生唾を飲んだ。
気がつくとプールの中から、ベテランの隊員たちもこちらを見ている。彼らは私が目をやると、あわてて泳いで逃げていった。
体操後、水に入ったが、力任せの私の泳法よりも、きちんとスイミングで習っていた理美の方が基本に忠実で、結局、理美が聖也に教え、私は周作と競争をして鍛えることにした。
き・モリノ理美
流石に疲れたのか、引っ越し以降、宵っ張りだった子供たちもその夜は晩御飯を食べると早々に眠り、私と理美はゆっくり2人の時間を過ごすことが出来た。
「君の水着は、やっぱりセクシーだったなァ」「もう、目がスケベだよ」ほろ酔い加減の私の台詞に理美はそう答えたが、結局、「行動がスケベ」になってしまった。

「ねえ、聖也のむかえに行けない?」夕方、理美からこの電話が入ることがある。
理美は定時出勤、定時退庁だった1術校の教官とは違い、小牧では現場だけにヤヤコシイ故障が出ると米留経験者としてシフト要員の作業につき合うこともある。
「ラージャ、晩飯は何にしよう?」私は返事をしながら、ついでに相談をした。
「そうだねェ、昨日のポテトサラダの残りが冷蔵庫に入ってるから・・・」「それじゃあ、帰りながらエビフリャーでも買ってくかァ」「カキフリャーでも好いね」私が名古屋弁で答えると理美は可笑しそうに同じく名古屋弁で受けた。
「君の分は?」「アンスケが長引きそうだからいいワ」電話口で理美はため息をついた。
「夜食を作っておこうか?」「大丈夫、シフト食のラーメンでも貰うから」理美はそう言うと電話口の向こうでシフト要員に「ラーメンある?」と訊いた。
「アンスケ、何?」「どうして?」「昔取った杵柄さァ」私も一応、元航空機整備員である。
「多分、コーションランプの不時作動だよ」「だったら俺も専門だな、手伝いに行こうか」「だからァ、子供たちをよろしく」私のふざけた台詞に理美は呆れながら念を押した。
「ラージャ、頑張れよ、チュッ」「うん。チュツ」電話口でキスの真似をし合って切ると、訓練班の松本1曹が呆れた顔をして見ていた。
「班長って前評判と全然違いますよね」「浜松の鬼小隊長が来るからって、私らビビってたんですよ」同室で机を並べる援護室の山田曹長もそう言ってマジマジと私の顔を見ていた。
「私は佛に仕える身ですから、鬼なんてそんなァ」私は合掌して見せた。
「て言いながら『死んでも任せておけ』って猛訓練をやったらしいじゃあないですかァ」松本1曹は、そう言いながら肩をすくめた。浜松と小牧は近いだけに色々とリアルな噂が伝わっているようだ。何より彼らには長年の自衛隊生活による豊富な人脈もある。
「でも、やってることは厳しいよな」援護室長の斎藤1尉が、話に加わってきた。
「確かに、妥協はしないですね」「それから常に陣頭指揮ですよね」「だから部下も逃げられないんだ」山田曹長と松本1曹、斎藤1尉は口々に私を論評し合った。
「それって誉めてくれてるの?」「だからビビってるんです」私の惚けた問いかけに松本1曹が絶妙の答えを返し、我々の小部屋は爆笑に包まれた。

「演習中に何か目玉になるような訓練はないのか?」航空自衛隊総合演習前の会議で、隊司令が防衛部長の顔を見ながら質問をした。
「防衛部としては演習の機動展開と総隊の緊急便への対応がアクチャルな状況です」防衛部長はそう答えながら人事部長の顔を見る。それはそのまま人事部訓練班に話を回したと言うことだった。人事部長は一瞬、迷惑そうな顔をした。
「訓練班長は、まだ着任早々で初めての演習ですから・・・」人事部長は私の顔を見ながら、「余計なことは言うな」とそっと首を振った。
「モリオ2尉、何か良いアイディアはないか?君ならあるだろう」突然、隊司令は部長の頭越しに私の顔を探しながら訊いて来た。私は隊司令の期待の表情と部長の困惑の視線を感じて2人の狭間で答えに詰まった。
「格闘訓練でもやりますか?」「格闘?銃剣道か」人事部長が訊ねてきた。
「いえ、徒手格闘です」私はこれが実行可能な無難な案と思い答えた。
「銃剣道なら武道大会の練習にもなるが、徒手格闘ではなァ」人事部長の頭の中はあくまでも常識的だった。
「いや、面白い。海外に派遣された時の護身術にもなる。いいぞ」そう言って隊司令は背もたれ椅子から身を乗り出した。
「はい、いいですね」隊司令の言葉に各部長は一転して賛同する。私はそんな上司たちの変わり身の早さに呆れながら彼らのポーカーフェイス(厚顔)を見回した。
「よし、演習最終日には試合をやろう」隊司令の言葉で話が随分大きくなってしまった。

私は守山の陸上自衛隊第35普通科連隊に、徒手格闘用防具の貸し出しと教官、審判要員の支援を要請した。しかし、陸上自衛隊にも徒手格闘のノウハウはあまりないらしく、むしろ「航空自衛隊がどんな訓練をやるのか?」と好奇心丸出しの質問を投げかけられた。
徒手格闘訓練は「格闘=銃剣道」のパターンに慣らされていた隊員たちには好評だったが、中には、空手、少林寺拳法、柔道などの武道から、ボクシング、レスリングなどの経験者もいて、彼らは自分の経験を誇り、個癖の修正にも素直に応じなかった。
「試合で最強を決めましょう」休憩時間にも彼らは私に挑戦的な目で言ってきた。そして演習最終日、基地のグランドで徒手格闘の試合が行われ、隊司令は御満悦だった。

「折角、部隊に来たのに総演に参加出来なくて残念!」子持ちWAFの特例で、演習中も定時出勤、定時退庁している理美は、夜遅く帰ってきた私に珍しく不平を言った。
「そうだよなァ、でも俺が休むわけにはいかないし・・・すまん」「ううん、わがまま言ってごめんね」そう言って理美は着替えた背中にもたれかかってきて、私はゆっくり振り返ると抱き締めてキスをした。
「WAFの奥さん同士で、順番に子供をあずかればいいけどな」「WAFには私みたいに『演習に参加したい』なんて言うのは滅多にいないよォ」そう答えて理美はため息をついた。確かに結婚したWAFの中には、「家庭優先」を当然にして、自衛隊の裏側を知っているだけに巧に手練手管を弄するたちの悪い奴もいる。
「営内のWAFたちに保育の教育をやってWAF隊舎を託児所にするかァ」「そんなの教材に使われる子供が可哀想だよォ」「それもそうだな」理美とのやり取りの中で私の胸には一瞬、「地元にいるのだから親に」と言う選択が過ぎったが、それは私たち家族にはタブーだった。

「理美さん、一度、家族で岡崎に遊びに来て下さい」突然、理美の母からハガキが届いた。
「何かあったのかな?」「わからない」それを見ながらの問いかけに理美はそっと首を振る。突然の便りに理美も困惑しているのが判った。
「最近、お母さんから電話は?」「小牧に来てからはないよ」浜松で理美が産休中だった頃には、義母は家族の目を盗んで時々電話をしてきていたが、小牧へ転属してからは理美の平日休みがなく、挨拶状も出したが当然、返事はなかった。
「また、お母さんが電話くれるといいけどなァ」「うん、こっちからは出来ないからね」理美の実家は会社経営と言うこともあり電話には父が出ることになっているそうだ。理美は座卓に置いたハガキを手に取り、母の筆跡を黙って眺めている。
「ごめんね」「何を謝ってるのさァ、俺たち家族のことだろう」「うん、そうだけど・・・」私の言葉に理美もうなづいた。

演習の代休を2人でとった平日、偶然、理美の母から電話が入った。部屋の隅に置いてある電話でのやりとりを私はテレビを消して聞いていた。
「うん、突然でびっくりしたよ」理美の答えから義母との話が先日の件だと判った。
「何かあったの?」「えっ、お父さんが?」理美の口調がやや厳しくなった。
「うん、2等空尉だよ」「教育幹部で司令部人事部の訓練班長だよ」母からの質問は私の仕事の話になっているようだ。
「愛大の法学部を中退して一般空曹候補学生に入ったんだよ、ウンウン」話が私の学歴にまで及ぶと何だか身元調査をされているような気がしてきた。
「そんな言い方ってないじゃない。ひどいよ」突然、理美が怒りだした。
「お父さんがそんな考え方を変えない限り、私は帰りません」「今だって縁は切れているんだから、もうそれでいいじゃない」「私はモリオさんの妻で十分幸せです、麻野家の娘でなくても結構です」そう答えながら理美の声は少し涙ぐんでいるように思える。やがて理美は電話を切った。
私は立ちあがると台所のコーヒーメーカーから理美と自分のペアのマグカップにコーヒーを入れて来て、座卓の席に座った理美の前に置いた。
「ありがとう」沈んだ表情の理美は、無理して笑顔を作り、黙ったままコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「父が、貴方が防大出の幹部なら許してやるって言ってるんだって」「ふーん」「それなら世間体が立つって言ういつもの見栄だわ」「ふーん」私はうなづきながら聞いていた。理美の目には怒りと哀しみ、悔しさの複雑な色があった。
「でも、俺の親も似たようなもんさァ」私の嘆き節に理美はビクッとして顔を見詰めた。私も、どこまでも自分たちの論理、価値観を捨てず、すでに別の生活を営む家庭に土足で踏み込んでくるような自分の両親とは距離をとっている。
聖美も理美も、私自身もその無神経さに何度も傷つけられてきたのだ。結局、私たちは「家族を守って生きていく」ことを確かめたのだった。

「モリオ2尉、君を一度海外で勤務させたいもんだな」市内のホテルで行われた司令部の忘年会で、酒を注ぎに行った私に隊司令が話しかけた。
「PKO要員ですか?」「あんなオッカナビックリのじゃあ詰まらん」これは自衛隊PKOの一翼を担うわが第1輸送航空隊司令の発言とは思えない。
「湾岸戦争みたいなのが、もう一度あれば真っ先に送り込んでやるけどな」「はっ、光栄です」私は思わず姿勢を正した。
「君は坊主だし、まるで上杉謙信みたいだもんな」「はあ、有り難きお言葉・・・」隊司令は少し酔っているのかも知れない。私は過分の褒め言葉にひたすら恐縮していた。
「君の発想は自衛隊の本質を突いているよ」「はい」「あの徒手格闘だって単なる競技ではない戦技だろう」「はい」実は徒手格闘の件では、人事部長から「常識」「安全」の優先を厳しく指導されていたのだった。
「君は在外公館警備官を希望しろよ」「はァ?」突然の隊司令の言葉に私は驚いた。何よりも私は自衛官に「在外公館警備官」と言う職務があること自体を知らなかった。
「奥さんは確か救難隊の米留要員だったな」「はい」「ならば英語の心配もないな」「はい」隊司令はうなづきながら話を続けた。
「君が希望するなら俺が六本木に話はつけてやるからな」「はい」その時、隊司令と私が話し込んでいることに気づいた人事部長が近づいて来た。
「おう、部長、モリノ2尉の次の仕事は在外公館警備官に決めたからな」「はあ」人事部長は呆気にとられながら私と隊司令の顔を見比べた。

次は理美の忘年会だった。私が子供たちを寝かせてテレビを見ていると理美が帰って来た。
「ただいまァ、酔っちゃったァ」玄関に迎えに出ると理美は倒れるように抱きついてくる。理美の目はトロンとして息からはビールとウィスキーの匂いがした。
「歩けるか?」「駄目ェ、抱っこして」理美は甘えて抱きついてきた。どうやら官舎の4階まで階段を上って来て、本当に酔いが回ってしまったらしい。
私は理美をそのまま抱き上げると、もう寝室に敷いておいた布団に連れて行った。
「もう寝るのォ?」「先ず、着替えなきゃ」そう言って布団に腰を下ろした理美のコートとジャケットを脱がしてハンガーに掛けた。
「あっちへ行って」立ち上がってスカートに手をかけた理美はそう言って私を追い出し、私は足元にハンガーとパジャマを置いて寝室を出て、そのまま台所で冷蔵庫のスポーツ飲料をグラスに入れて居間に戻った。
やがてパジャマに着替え、スカートとブラウスをハンガーに掛けた理美が居間に出て来た。
私はハンガーを受け取り、交換にグラスを渡した。
「ここの整備員は教え子ばっかりだから飲まされちゃってェ、こんなに飲んだの初めてェ」確かにこんなに酔っぱらった姿は見たことがない。理美はグラスのポカリを飲み干しながらシャックリを始めた。
「私のこと、まだ教官て呼ぶんだよ、もう現場の人間なのにィ」理美は整備員としての仕事にプライドを持っている。だから現場に戻ったこともプライドなのだ。
「そうしたら私に貴方までくっついて来たなんて失礼なことを言うのよ」「そうかもな」私は浜松で理美の上司の同期から言われた皮肉な台詞を思い出していた。
「開けてビックリおまけ付きってな」私の自重気味な台詞に理美は据わった眼で見詰めた。
「あなた」「はい」理美の強い口調に私は思わず正座に直った。
「私と結婚して幸せですか?」「何で?」「答えて下さい」「はい、幸せです」私の答えにも理美は何故かジッと見詰めている。
「正直に言っていいよ、私と結婚して失敗だったって・・・」「だって本当に幸せだもん」「嘘ばっかり」「本当だよ」「嘘つき・・・」これは甘え上戸と言うのだろうか、私は理美の酒癖を初めて知った。
「だったらキスして」「えッ?」理美は甘えて私の首に腕を回し、そっと目を閉じた。
「はい」私はそのまま抱き締めてキスをする。理美は唇は酒の味、鼻息は匂いがする。長い長いキスのまま理美は腕の中で寝息を立てて眠ってしまった。

大晦日に私は1輸空隊当直幹部勤務だったので、私たちは1日に名古屋の覚王山日泰寺へ初詣に行った以外は官舎で過ごしていた。
2日、コタツで私と理美はお屠蘇を飲みながら浜松から転送されて来た年賀状に返事を書き、正月番組に飽きた周作と聖也はテレビで子供向けのビデオを見ていた。その時、玄関のチャイムが鳴り、「はーい」と返事をして理美が立って出ていった。
「お母さん・・・?」玄関から理美の引きつった声が聞こえてくる。私は岡崎の義母の突然の来宅かと思い、コタツの上を手早く片づけ始めた。
「理美、元気そうだな」すると義母に続いて中年の男性の声が聞こえてきた。
「お父さん・・・」今度は理美の声が凍りついている。
「今、大丈夫?」義母の問いかけに理美は「どうぞ」と答え、そのまま部屋に戻って「岡崎の両親が・・・」と告げるとお茶の用意に台所へ入って行った。周作と聖也もコタツを出て理美について台所へ隠れ、私は座布団を用意した。
義父は仕立てのいい背広を着て会社経営者らしい貫録がある。義母は今日も和服だった。私はカーペットの上で正座をし、両親も座布団に正座をした。
「はじめまして、モリオです」「麻野です」「お久しぶりです」そう言って私と義父母は互いに手をついて頭を下げた。
「理美さんとの結婚に際しては、お許しも得ずに勝手をして申し訳ありませんでした」その口上の後、私はもう一度手をついて深く礼をした。
「こちらこそ、不束者な娘を引き取っていただいて感謝しています」義父がそう言って顔を見ると義母は黙ってうなづいた。私は「引き取って」という言葉に、義父の頑なな性格と内心の不満を感じ取っていた。
「今日はワザワザ?」「いえ、熱田さんに初詣の帰りです」私の質問に義母が答え、私も納得をした。
その時、理美が急須と湯呑みをのせたお盆を運んで来て、急須から湯呑みにお茶を注ぎ、「安物のお茶でごめんなさい」と言ってお茶をすすめた。理美の後をついて回っていた周作と聖也が、理美の隣に並んで正座をした。義父は値踏みをするような目で周作と聖也を見比べている。
「明けましておめでとうございます」周作の音頭で二人揃って教えられている挨拶をした。思い掛けず見事に揃った声と動作の挨拶に、義父母は顔を見合わせて笑い、私と理美は揃ってホッと安心のため息をついた。
「おめでとう、えらいなァ」「おめでとう、よく出来ました」義父母は口々に褒めてくれた。
「そうそう、お年玉をあげなくちゃ」突然、義母がはしゃいだような声を出してハンドバッグから袋に入ったお年玉を取り出して義父に手渡した。しかし、我が家の子供たちはキョトンとした顔をして、それを眺めている。
「お母さん、あれ何?」先ず周作が理美に訊いた。「何ィ?」次に聖也が私に訊いた。義父母は呆気にとられた顔をして、またお互いを見合い始めた。我が家ではお年玉としては本や玩具を与える、このため子供たちはお金のお年玉をもらった経験がないのだ。
「両親が三河武士ですから、子供たちも武人の子として育てています・・・」「武士は食わねどだね」私の説明に義父は呆れた顔をしてうなづいた。
「モリノさん、孫を立派に育てて下っていて安心しました」義父はそう言って頭を下げた。
「いえ、理美がいい母親だからです、私は何も・・・」私は本心からの言葉を返した。
「こんな常識のない馬鹿娘に母親が務まるわけない、貴方の教えがあったればこそでしょう」折角の義父の褒め言葉だったが、私は無礼を覚悟で反論した。
「理美は過分無上の妻であり母ですよ。私は仕事を抱え込んでいて申し訳ないくらいです」「貴方には幹部自衛官としての大切な仕事があるのだからそれは当然ですよ」私の反論に義父は「何を言ってるのか」と言う顔をした。
「理美の仕事も自衛隊にはなくてはならない大切な仕事です。本当は夫婦の共同作業で家事も担わなければならないのです」「そんなものかな、今の若い人が考えることは・・・」この言葉も本心だったが、やはり義父には理解してもらえないようだった。私と義父が黙ってしまったのを察して、義母が理美に話しかけた。
「理美、大切にしてもらっていることを忘れてはいけないよ」「はい」義母の言葉に理美は素直にうなづく。義父母も娘の顔を見ながらうなづいていた。
「お父さん、こんなに優しく笑う理美の顔を見るのは久しぶりですね」「うん」そう答えて義父は鼻をすすりだし、それに私ももらい泣きをしてしまった。
「もう、感激屋にならないの。平成の軍神でしょ」「はい、すいません」私たちの掛け合いに義父母はまた顔を見合わせて可笑しそうに笑ってくれた。

私が小牧に赴任して半年の冬、阪神淡路大震災が起こった。
わが第1輸送航空隊などの輸送航空隊と理美の航空救難隊は災害支援物資の空輸に多忙を極めていた。そんな時期に航空自衛隊武道大会の支援集団予選が迫ってきた。
「ねえ、武道大会って本当にあるの?」夕食時、コタツの向こうから理美が訊いてきた。
「うん・・・」私も即答は出来ないでいた。
1輸空隊でも武道の強化訓練は実施しているが、武道要員の主力は仕事でも中堅であり、練習にも思うように人が集まらないでいる。それは理美の救難隊でも同じらしい。
「だって、支援集団は災害派遣にかかりっきりでしょ、暇にしてる教育隊が優勝するのは見えてるじゃない」それは武道要員からも練習を見に行くたびに毎回言われていることだ。ただ、私たちは航空教育隊に対して「腹に一物」あるのも確かだった。
「本当、棄権したいよな」私も武道要員には言えない本音で理美に賛成した。今回の強化訓練については防衛部からも「運用優先」と釘を刺されていて、普段はこの手の訓練にはムキになる隊司令も今回は何も言わないでくれている。実は、今日も支援集団の訓練班長とその件の電話で言い合ったばかりだった。
「大体、何のための武道大会なの?」理美まで珍しくムキになってきた。
「さてねェ、俺にも判らないよ、美容と健康のためじゃないかァ」私もこうして茶化していないと遣り方ない憤懣が込み上げてくるのだ。
私は自衛隊体育学校格闘課程の教官からの「武道は戦闘技術を基本にした体育に過ぎない」」と言う教えを浜松での警備訓練を通じて確信にしている。そのことは総演の徒手格闘訓練で証明したつもりだった。
「貴方、偉くなって教育訓練を改革してよ」理美は私の顔を見ながらハッパをかけてきた。
「俺はそんな大したもんじゃあないよ」「大したもんになってよ」いつもの掛け合いだったが、今日はオチが違っていた。

結局、支援集団の予選大会で1輸空を含む各輸送航空隊、救難隊などの災害派遣に参加している部隊は全て初戦敗退した。

3月1日付で隊司令が交代された。
「モリオ2尉、君がやった徒手格闘の訓練は最高だったなァ」小牧市内のホテルで行われた送別会の席で、酒を注ぎ行った私に隊司令はシミジミ語ってくれた。それは先日の武道大会に対する皮肉にも聞こえた。
「武道大会では不本意な成績に終わりまして申し訳ありませんでした」私があらためて頭を下げると、隊司令は笑いながら腕を叩いてくれた。
「あの武道大会の時、俺は他の部隊長に、うちは銃剣道じゃあなくて徒手格闘訓練をやっている、大会もやったぞと自慢してやったよ」隊司令は痛快そうに思い出し笑いをした。
「それで他の部隊長の皆さんはどんな反応でしたか?」「羨ましがられてなァ、君が浜松の警備小隊長だって言ったら、みんな知ってたぞ」私は隊司令の話が酔って大袈裟なんではないかと思っていたが、そうではなかった。
「司令官も君のことを『航空自衛隊の三奇人』って呼んでたな」「そうですか?」その時、私と隊司令が話し込んでいることに気がついた人事部長が近づいてきた。人事部長は、自分の頭越しに私が何かを仕出かすことを心配しているようだった。
「部長、モリオ2尉を在外公館警備官にするからな、君も協力してくれよ」「はい、モリオ2尉も幹部申告にもそう書いていますから・・・」私は、先日提出した幹部申告に、次の移動希望を「在外公館警備官」にした。しかし、人事部長はこう言いながら何故か渋い顔をしている。常識人の部長には、どうやら私は「型破り」で「天衣無縫」な扱いにくい部下のようだった。
「君が空自の教育訓練を改革してくれる頃には俺はいないが、楽しみにしてるぞ」「有り難うございました」私は隊司令が差し出した手を両手で握った。

「5月からSOC(幹部学校幹部普通課程)に入校することになったよ」私は、家に帰って制服を着替えながら、台所で夕食の準備をしている理美に声をかけた。今日、今年度の報告と来年度の計画の作成が一段落し、人事部長からその確認、指導を受けながら予定を告げられたのだ。
「SOCってどこへいくの?」台所から顔を出して理美が訊いてくる。やはり理美も幹部の教育課程には疎いようだった。
「目黒だよ」「東京の?」「そう、目黒のサンマの目黒」私の落語ネタも理美には判らない。その時、理美は出来あがった料理を運ばせるため、テレビを見ていた子供たちを呼び、子供たちは「はーい」と返事をして立って行った。
「目黒ってエビス・ガーデンプレイスが出来たところでしょ、いいなァ」子供たちがおかずの皿を運んだ後に、理美はご飯と急須と湯呑みをのせたお盆を持って来ながらこう言ったが、私はガーデンプレイスの方を知らなかった。
「ガーデンプレイスって?」「ファッションとグルメと娯楽の店が詰まった高層ビルだよォ、最近、朝のテレビでやってるでしょ」説明をしながら理美は興味津々と言う顔をする。しかし、私はファッションもグルメも娯楽も門外漢、興味もなければ御縁もないのだ。
「SOCってお金がかかるんでしょ?浜松の幹部の人が入校中に百万円つかったって言ってたよ」」「そうだなァ、東京で3ヶ月も遊びまくればお金もかかるよな」確かに幹部仲間には任官直後からSOCの軍資金にと積み立て貯金を始めた者もいる。中には妻帯者でありながら新宿・歌舞伎町のソープランドの全店制覇を目指した馬鹿や田舎では入手出来ない専門書を買いまくり、それで一財産遣った勉強家もいるらしい。
「まあ、俺は美術館、博物館と座禅会巡りだな」「ふーん、お坊さんをしてくるんだね」私は最近、祖父の教えを思い出して本格的に坐禅に取り組んでいる。
今回の入校でも横浜・鶴見の総持寺や鎌倉臨済宗の本山、東京都内の座禅道場巡りをして、善き師に出会い、指導を受けられることを楽しみにしていた。
「それより夏のボーナスで遊びに来られると好いね」「うん、楽しみィ」理美も入校で不在になることよりも、東京へ遊び行くことに気持ちが向いたようだ。
「お母さん、まだですか?」その時、会話に夢中になっている私たちに、「いただきます」の姿勢で待ちくたびれた子供たちが訊いてきた。
「はい、いただきます」私たちも慌てて手を合わせた。

周作が小学2年になった春休み、岡崎公園の桜祭りの茶会で義母と待ち合わせた。義父母と再会したとは言え「勘当」を受けている以上、本宿の実家には遠慮がある。
公園の桜の下で弟子たちの野点の手前を指導していた義母はいつもの丁寧な挨拶の後、子供たちにお茶菓子の桜餅と薄茶を飲ませてくれた。子供たちには初めての抹茶で、私たちは子供たちの反応を見守っていた。
「不味い」聖也は一口飲んで顔をしかめたが、「美味しいです」と周作は顔をしかめながらも一気に飲み干した。
「周ちゃんってお父さんに似てへそ曲がりだよね」「本当ね、ウフフフ・・・」理美と義母は顔を見合わせて笑い合っている。私は幸せな気分で母娘の打ち解けた姿を眺め、防府のお寺で杉浦さんに習った作法で抹茶を頂いた。隣で理美は義母仕込みの馴れた作法で抹茶を飲む。私はそれも感心しながら見ていた。
「君は和服はないの?」「ウチに預かってますよ」私が義母の春物の和服姿を見ながら理美も「きっと似合うだろう」と思って訊いてみると、代わりに義母が答えた。
「理美は似合うでしょう」「それはどうだか、この子は所作が自衛官ですからね」そう言って義母は「和服は気持ちで着るものだ」と付け加えた。
「主人が、モリオさんは『まだ若いのに人間がわかってる』って言ってますよ」義母は私たち家族の顔を1人1人確かめるように見詰めながら言った。
「それって誉められているのかなァ」「多分・・・」私の言葉に理美はうなづいた。
その時、風が吹いて桜の花びらが雪のように舞い散って、私はそれを黙って見上げながら、少し寂しい気分になった。黙り込んだ私の顔を理美は見つめている。
「貴方の今の気分を歌にしてあげようかァ」唐突な理美の言葉に私は戸惑った。
「咲いた花なら散るのは覚悟 見事散りましょ国のため・・・正解?」「ピンポン」図星だった。私の答えに理美は嬉しそうに笑い、義母は呆れたような顔をしていた。
「やっぱり自衛官だねェ、貴方たち夫婦は」「はあ」義母のこの言葉の意味はよく判らなかったが、とりあえず笑ってうなづいておいた。
モリノ理美 (11)イメージ画像(中山忍さん)
「戸鹿神社の大祭ぐらいは帰って来い」ゴールデンウィーク前、私の親から電話が入った。しかし、はっきり言って嫌だった。大祭には父の兄=私の伯父も実家に来るはずだ。私は聖美との交際、結婚に際して受けた仕打ちを忘れてはいなかった。
「連休明けに幹部学校に入校しなければならないから、連休中はその準備で忙しい」私が、そう電話を切って振りかえると、家族はみんな変に強張ったような顔をしている。私の断りの言葉は丁寧だったが、厳しい拒絶のメッセージを感じとったらしい。
「連休中にみんなでどこかに遊びにいこうか?」私はそのまま家族に訊いてみた。すると子供たちは、一瞬戸惑った後、急にはしゃいだ顔になり、プランを考え始めた。
「入校準備で忙しいんじゃないの?」「家族サービスも入校準備のうちさァ」からかうように聞いて来た理美も私の返事にしばらく会えなくなることを思ったようだ。
そこに聖也が「決めた」と言う顔で提案してきた。
「僕ねェ、動物園へ行ってコアラが見たい」聖也の手には、理美の友人の結婚式で周作を連れて東山動植物園へ行った時、2つ買って来たコアラのヌイグルミがあった。
「ロッテ コアラのマーチ」横から周作もCMソングを唄い賛成した。
「よし、決まりだね」理美の笑顔で我が家のプランは決定する。私は承認を与えるだけだ。

子供の日に朝から車で東山動植物園へ出かけ、動物を見て、弁当を食べて、熱帯植物を見て、遊園地で遊んでから、最後に池のそばに行った。周作と聖也は元気に池の周りを駆け回ったり、水面を覗いたりしていた。
「周ちゃん、聖也も気をつけてね」理美が声をかけると周作は聖也の方を振り返って「気をつけて」と声をかけ、私たちはそれを目で追いながら、安心したように笑い合った。
「ここの池のボートに乗ったカップルは別れるんだって」理美がポツリと話し始めた。
「本当?」私が訊き返すと理美は「愛知県の常識よ」と言う顔をした。
私は池で楽しげにボートで遊んでいるカップルたちの姿を眺めた。カップルたちはそんな伝説には無頓着に暖かい日の水遊びを楽しんでいて、池には歓声が溢れている。
「乗ってみようかァ、私たちは大丈夫でしょ」理美は一歩前に出て提案してきた。理美の顔にはむしろ目の前の若いカップルたちと同じ時間を過ごすことへの期待がある。しかし、私は黙って理美の顔を見返していた。
「やっぱりやめておこう・・・」「どうして?」私の返事に理美は不思議そうな顔をした。私は理美の顔を見てから周作と聖也に、そしてボートのカップルたちの姿に視線を移した。
「別れるのって嫌いになってだけじゃあないからね」私の答えは聖美と自分を隔てた「死」と言う「別れ」を意味している。
「もう大切な人と別れたくないんだ」「ごめんなさい・・・」そう言って手を握ると理美は涙ぐみ肩に頭をもたげかけて呟いた。
その時、公園内に夕暮れを告げる「夕焼け小焼け」の鐘の音が響いて、子供たちも唄いながら戻って来た。
「さあ、入校だ!」と家族が揃って手をつないで駐車時に向って歩き出した。

名古屋駅で上りの新幹線を待っていた。理美も休暇を取って見送りに来てくれていた。
「恋人よ 僕は旅立つ 東へと向かう列車で・・・」私は寂しさを隠し、気持ちを鼓舞するために太田裕美の「木綿のハンカチーフ」を口ずさんでいた。
「いいえ、貴方、私は欲しいモノはないのよ・・・」隣で理美も小声でそれに合わせてデュエットになっている。平日の昼前でもありホームは比較的空いていた。
「でも都会の絵の具に染まって 垢ぬけして帰ってってか」私が冗談を替え歌にすると、理美は「馬鹿・・・」と言って寂しそうに笑った。
「幹部学校が入間ならなァ、うちのMUで飛んで行っちゃうのに」「テスト飛行かい?」「業務連絡だよ、救難隊だもん」理美は少し自慢そうに笑った。
その時、ホームに警告音が響き、私が乗る新幹線の到着を告げるアナウンスが流れた。私は制服ではあったが構わずそっと理美の肩を抱いてキスをした。すると理美は私が被っている正帽を手で取って自分の頭にのせた。
「Good luck」理美が真顔で敬礼する。私は被っている正帽を取り返して答礼をした。そこから先の場面は、いきなり「愛と青春の旅立ち」になってしまった。
「Love life up us where we  belong, where the  eagle cry・・・」

入校して1ヶ月のある日、自宅に電話をした。
「母が子供は預かるから東京へは1人で行きなさいだって」理美の声が弾んでいる。
「えっ、それって泊りでかい?」「うん、土日でね」入校以来、禁欲生活1ヶ月の私は思わず生唾を飲んだ。頭の中に理美の裸身が浮かんで鼻血が出そうだった。
同期たちの中には、サカリがついて鎖を切った雄犬のように、積み立てた軍資金を遣ってソープランドや風俗店巡りなどで東京の夜を満喫している奴も少なくない。
一方、私は計画通りに毎週土曜日は横浜・鶴見の総持寺の座禅会、日曜日の昼間は博物館や美術館巡りか映画鑑賞、夕方はジョギングで過ごしている。だからってこんなに興奮しては「何の修行をしているのか」と理美に笑われそうだ。
「私たち2人っきりになるのって初めてだね」理美も電話口で嬉しそうに笑っている。
「いや、防府でも時々・・・」「あれは別だよ」私の返事に理美は反論した。
防府でも当直室での雑談や宴会の帰りの2次会、それから聖美公認のデートなど何度か2人だけの時間を過ごしたが、それは2人の思い出には入れていないようだ。
「でも、まだボーナス前だからねェ」「それじゃあ、泊りはグランドヒルかKKRだね」ワクワクするような話も、お金が絡むと急に現実的になった。
「すぐに予約をしないとな」「はい、お願いします、KKR希望です」防衛庁共済組合経営の「グランドヒル市ヶ谷」は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯に隣接していて、「起床ラッパで目が覚める」と隊員には不評なのだ。
電話を切って即座に電話をしたら上野公園奥のKKRがとれた。

金曜の夜に義母が官舎まで泊りに来てくれた。
朝一番の新幹線で来た理美を東京駅まで迎えに行くと、理美はストライプの半袖ブラウスに紺の膝までのスカートの落ち着いた夏服だった。
「あなた・・・おはよう」理美は約束通りの先頭車両から降り、ホームの端で待っている私に気がつくと、穏やかに微笑みながらゆっくり歩み寄り、私は黙って理美の手からカバンを取ると並んで歩き始めた。
自衛官同士のカップルは日ごろから歩幅、歩調を合わせる訓練が出来ているだけに並んで歩くのは得意なのだ。私は歩きながらシミジミと理美の横顔を眺めた。
考えてみると理美もいつの間にか30歳を過ぎている。一緒に暮らしている時は理美が空士だった時のまま「熱愛気分」だったが、こうして久しぶりに会うと、もっと落ち着いて一緒に人生を味わいたいと感じた。
「朝早くからで眠くないか?」「ううん、新幹線の中で熟睡して来たから大丈夫だよ」「喫茶店にでも入ってコーヒーを飲もう」「うん、久しぶりのモーニングコーヒーだね」私たちは新幹線から山手線に乗り換えながら地下通路の喫茶店に入った。
席に向かい合って座りコーヒーを注文して、私が膝の上でカバンに自分の着替えが入った紙袋を入れていると理美が話し掛けてきた。
「周ちゃんがお父さんによろしくって」「うん」「聖也はいってらっしゃいって」「うん」子供たちにも会いたかったが周作の夏休みまではお預けだ。それから家族の様子を聞いているとコーヒーとモーニングセットが来た。
モーニングセットはクロワッサンにミニトマトとキュウリ、レタスのフレンチサラダ、それに茹卵だけの軽食だった。
「東京のモーニングって少ないなァ」「愛知のが大き過ぎるんだよ」確かに愛知の喫茶店では定食のようなモーニングセットが付き、十分腹が膨らむ。
「朝飯まだだろう、たりるかい?」「大丈夫、自分で食べて」そう答えながら理美は家にいる時のように「いただきます」と手を合わせた。
モリノ理美 (10)イメージ画像
都内の美術館を巡り、映画を見て、居酒屋で夕食と酒を飲み、上野のKKRに入った。
まず2人で風呂に入った後、ソファーに向かい合って座り、美術館と映画のパンフレットを見ながら取りとめもない雑談を楽しんだ、それがシミジミ嬉しい。しかし、理美は疲れが出たのか、それとも酔いが回ったのか、大きな欠伸をした。
「マッサージしようか?」私はダブルベッドに上がり誘ってみた。
「うん、久しぶりィ、よろしくゥ」理美もベッドに上がり、うつ伏せになって目を閉じた。私は両足から体の弾力を楽しむように少林寺拳法の整法=マッサージを始めた。
「うちの小隊長が、貴方も東京で遊びまくってるってからかうんだよ」「ふーん」「だから、お金を持たしてないから無理って言ったら、今度は可哀想だってェ」「ふんふん」理美は男同士の身勝手な言い分に「同感?」と訊きたげな顔で私を振りかえった。どこの部隊でも、SOCは若手幹部が遊びに行く所と相場が決まっているらしい。
「貴方は、私が誘惑しても迷わなかったんだから大丈夫なのにねェ」「でもあの時、キスしちゃったよなァ」「そうかァ、あれが貴方の浮気なんだァ」私が防府での別れの夜、公園で額にキスをしたことを話すと理美は呆れた顔をした。その時、マッサージは背中に移った。
「少し痩せたかァ?」「ううん、太り気味、貴方がいないと緊張感がなくてェ」私は、整備作業の力仕事で背筋、腕、肩が逞しい理美の体の感触を忘れていたようだった。
そうしているうちにマッサージは座らせての肩、首に至り、終わった。理美を座らせたまま後ろから抱き締めると手はそのまま下がって乳房を掴む。
「うん・・・」理美は切なそうな声を漏らした。私は枕元のスイッチで灯りを消した。部屋はルームランプだけで薄暗くなった。後ろから首筋に唇を這わせ、愛撫を開始すると理美も激しく反応する。その夜、私は1ヶ月ぶりに、そして初めて、思う存分に理美の体を堪能した。

駅ビルのデパートで周作の本と聖也の玩具、義母へ菓子の土産を買った。荷物を持って出発までの間、新幹線の座席に並んで座って話していた。
「来月も来るね」隣の席で理美は義母から言われていることを嬉しそうに告げた。義母は毎月1回、泊りに来てくれるつもりらしい。
「でも、お義父さんは好いのかなァ」「本当は自分も来たいのに意地を張ってるんだよ」私の大袈裟な心配に理美は「心配ご無用」と笑った。私は理美と義父母との親子関係が修復出来ていることを知り嬉しかった。
「今度は鎌倉へ行きたいなァ」「縁切り寺?」「だったら横浜にする」「総持寺で坐禅?」私のお寺尽くしの答えに理美は怒ったふりをして膨れて見せた。
「だってお寺にしか行ってないもん」「そうかァ、少しは遊んでもいいんだよ」折角の理美のお許しだったが、私にはその手の趣味がない。
「愛情は君に使わなきゃ勿体ないよ」「だから遊びだってば」私の真面目な台詞に今度は呆れたように笑った。
その時、私は腕時計で出発時間が近づいたことを確認して座席を立った。後から理美もついて来る。通路を乗客とすれ違いながら出口に向かった。
私がデッキで振り返り理美の肩を抱いてキスをした時、オルゴールの警告音とともに出発を知らせる放送が流れた。
「お義母さんによろしく」「うん」そう言ってホームへ降りると間もなくてドアが閉まった。
「君が去ったホームに残り 落ちては溶ける雪を見ていた・・・」やはりBGMは「なごり雪」だった(初夏だったが)。

「ただいまァ」お盆休暇前にSOCから帰った。
夕方、家に到着すると理美ももう帰っていて、夏休み中の周作は家で宿題をしていたが聖也は保育園からまだ帰っていなかった。玄関を上がり、そのまま聖美の佛壇に参ってお土産を供えた。
理美と周作も後ろに立って一緒に参っている。佛檀は綺麗になっていた。
「周ちゃんが毎朝、お経を挙げてたんだよ」「お経を?」「延命十句観音経です」理美の説明に周作は自慢そうに答えた。SOCへの入校に際して私は自筆で「延命十句観音経」を書き与えて、毎朝お勤めするように言っていた。
「そうかァ、偉いなァ、有難う」「はい、どう致しまして」私が褒め、お礼を言うと周作は大人びた返事をし、思わず頭を撫でた。
制服をTシャツとジャージに着替え、茶の間で先日、家族で行った上野と浅草の写真を見ていると、隣で一緒に見ていた理美が時計を見上げて言った。
「そろそろ聖也のおむかえだ」「全員で行くかァ」私の提案に理美と周作もうなづいた。

「長いこと有り難う」「貴方こそ御苦労様でした」やっと子供たちが寝て、聖也を保育園にむかえながら買ってきた白ワインを開けたが、今夜は酒よりも理美の視線に酔いそうだった。
「勉強になった?」「うん、SOCも坐禅会もね」私はうなづきながら答えた。
「私もとても勉強になったよ」「えっ、どんなこと?」理美の言葉に私は訊き返した。
「もう貴方がこんなに私の中にいること、私が貴方の中にいることがわかったんだ」「それは僕も同じだよ」理美の言葉に私はまた深くゆっくりうなづいた。
「月に一度会えたことが、とても嬉しかった・・・君の両親に感謝しないとね」5月には義母が1人で来てくれたが、6月には子供たちが岡崎へ泊りに行っていた。
そこまで話して私はワインを一口飲んだ。よく冷えたワインが喉に心地よい。2人で杯を重ね、ワインが半分になったところで布団に入った。
「結局、遊ばなかったんだね・・・」そう言って理美は腕に抱かれながら微笑んでいる。
「私、最初に貴方と出会いたかったな」突然、理美はそう呟き涙ぐんで見つめてきた。
「それは駄目だよ」「えっ」私が首を振ると理美は怪訝そうな顔をした。
「君は僕を選んでくれたんだ。最初から僕だけじゃあ、君を縛っちゃう」「あなた・・・」理美がこぼした涙を唇で拭って口づけをすると息からはワインの甘い匂いがした。
全身を味わうように、優しく、ゆっくりと手と口で愛すると、理美は声を漏らさないように指を口にくわえながら喘ぎ始めた。汗ばんだ肌は少し塩味がする。私はその体を念入りに愛し続け、やがて私たちはまた夫婦の営みに戻った。
「愛してるよ、とっても」腕の中で理美はそう呟いた。

「班長、留守中の仕事を確認して下さい」SOCを修了して小牧に戻ると、松本1曹が書類の束を机の上に置いた。8月1日付で人事部長も交代して、3月の隊司令に続き直属上司が2人も代わっていた。
昨年度が武道とサッカーだったので、今年度は駅伝とラグビーの大会がある。お盆休暇明けにはどちらも選手要員の選考を始めなければならない。
「前回の選手要員はどのくらい使えるのかなァ」私は松本1曹が用意してくれている前回の選手名簿を見ながら訊いた。
「今度の人事部長はあまり競技会には乗り気じゃないみたいですよ」「ふーん」「特技訓練優先だってはっきり言われています」松本1曹は不満そうな口ぶりだった。
「それで隊司令は?」「人事部長がそう言えば駄目だとは言えないでしょう」しかし、考えようによってはこれは当然のことなのだ。私が勤務していた西警団では長年、銃剣道の強化要員を昇任や配置で過度に優遇してきたため、人事的にバランスを崩して、私が春日へ赴任した頃、訓練班長が交代したのを機に、銃剣道の強化訓練を縮小し、それが私の最初に仕事になった。
「まあ、これから海外派遣が本格化するだろうから、うち独自にでも本当に役に立つ教育訓練を考えないといけないね」「しかし・・・」私の言葉にも教育職一筋の松本1曹はまだ納得していない顔をしている。
「棄権するとか、ボイコットするとか、手荒なことはしたくないけどなァ」「また、ご冗談を」私の台詞が必ずしも冗談ではないことを松本1曹は知っていた。
「でましたァ、モリオ節、これを聞くと班長が帰って来たって感じですね」援護室の山田曹長が斎藤1尉と顔を見合わせて笑った。

「モリオ2尉、1輸空における個人訓練の具体的眼目とは何だ?」SOCから戻って最初の会議で、隊司令が訊いてきた。人事部長も私の顔を見ている。
「英語力と護身術でしょうか」私は即答した。
「うん、噂通りの回答だな」隊司令がうなづくと各部長も一斉に私の顔を見た。この噂とは前隊司令からの申し送りなのか、本当に余所からの噂なのか分からない。
「英語力は英語弁論大会か?」人事部長が私の腹の内を試すように訊いてきた。
「代表選手の強化よりも、日常的に英語を使う習慣づけが肝要かと」「うん」「総演では徒手格闘の大会をやったそうだな」「はい、非常に実戦的な訓練でした」総演を統括する立場から防衛部長が代わりに説明してくれた。
「警備小隊員の中に教官要員を養成したいものです」「うん、それはいいな」私は浜松でやって来たことの継続を言ったのだが、隊司令は満足気な顔をしてくれた。
「今後、1輸空は海外に視点を向けないといけないからな」「はい」私も隊司令の言葉に決意を新たにしたところで人事部長が会議を進行させた。
「ところで司令、モリオ2尉から駅伝要員の選考について説明があります」人事部長の台詞で理想と現実、建前と本音のようなオチが付いてしまった。

お盆休暇の期間を過ぎて、基地の盆踊り大会がやってきた。
昨年は、転入してすぐでお客さん扱いだったが、今年は子供たちも友達が出来て楽しみにしている。理美は浴衣を着ると張り切っていた。
「母が私の浴衣を持って来るついでに、周ちゃんと聖也の甚平さんをくれたんだよ」理美は箪笥から子供用の甚平さんを出して見せ、子供たちもそれを見ながら「甚平さん、甚平さん」と喜んでいた。
「貴方も浴衣を着たら?」「どうせなら法衣の方が好いなァ」「そうかァ、お坊さんだもんね」私の返事に理美は笑ったが、そう言えばまだ理美に法衣姿を見せたことがない。

「モリオ2尉、奥さんに浴衣の着付けの指導をやってもらえませんかねェ」盆踊り大会が近づいた頃、総務のWAFの松村3曹が訓練班に来て申し入れてきた。
「頼んではみるけど、どこからそんな情報を仕入れたんだ?」「新年会の時、モリオ3曹が当直空曹で接待係のWAFに着物の着付けをやったくれたんですよ。手馴れてましたね」確かに新年会の時は正月休暇の人手不足で営外者の理美もWAF当直についていた。
「基地命令を切って集合訓練にしようかなァ」「訓練班の実績作りに利用しないで下さい」私の冗談も、「常識の塊」の総務のWAFはクールにあしらった。
「それじゃあ、お願いしますよ」「駄目もとで頼むだけだよ」「班長が言えばモリオ3曹も嫌とは言わないでしょう」彼女の台詞がどう言う意味か判らなかったが、一応、頼んでみることにした。

「いいけど、全員集めて集合訓練にしようか」私の話に理美は同じことを言った。
「それは総務の松村君に断られたよ」「もう、言ったのォ」理美は呆れた顔をする。
「うん、発想は同じってことだ」「朱に染まれば赤くなるだね」理美はため息をついた。
「そりゃあ、どう言う意味じゃい」「似た者夫婦って言うことだよ」確かに最近、理美はかつてのクールビュウティーのイメージがなくなって、私同様の「にっこり笑ってズバッと斬る」タイプになってきたような気がする。気がつけば私と理美の結婚生活は、聖美とのそれの期間を超えている。

「やったァ、今年は浴衣できめられるんだ」「だったら、実家から送ってもらいます」理美の着付け教室の話を聞いてWAFたちは大喜びをした。集合訓練はWAF隊舎の娯楽室でやるはずが、入り切れなくて基地講堂を貸した。
「盆踊り大会が華やかになるなァ」基地司令を兼ねている隊司令も喜んでくれていた。しかし、その教官の夫はTシャツにジャージで参加したのだ.
「訓練班長は、盆踊りも訓練なんですかァ?」「おう、体育訓練だよ。ファイトォ!」浴衣できめているWAFたちは男子隊員からビールを飲まさせられ、ほろ酔い気分だ。
彼女らがからかってくるのに私は半分焼け糞で答えて踊りまくった。

毎朝、朝礼時に「英語での3分間スピーチを」と言う私のアイディアは実行された。
「モリオ2尉が変なことを始めるから困りますよ」スピーチ当番に当たった隊員たちから英語の相談を受ける若手幹部たちは司令部に来るとそんな愚痴をこぼしていく。
1輸空隊の各隊には「5術校英語課程の教官には相談を受けてもらえるように事前調整済みだ」と連絡はしてあるが、内心では「これで若手幹部も勉強しろ」と考えていた。
「ところでモリオ2尉は英語は話せるですかァ?」若手は疑い眼で私の顔を見た。
私の英語は聖美仕込みなのだが、そのことを知る人は少なくなった。
「イエス、オフコース。バット ジャスト ア リトル」「モリオ2尉は英検3級ですが、奥さんは米留要員ですからね」私の英語での返事の横から松本1曹が補足説明をした。理美は英検2級で浜松では英語弁論大会の教育集団代表にもなっている。理美の軍隊英語は聖美が話していた民間航空の接客用のソフトな英語とは一味違う。
「そうかァ、訓練班長の奥さんに習えば好いですよね」「駄目、5術校へ行きなさい」申し出を即座に拒否すると彼は「ケチ」と文句を言って帰って行った。

「僕、柔道をやっても好いですか?」仕事から帰って着替え、茶の間に座ると夏休みが終わった小学三年の周作が言ってきた。どうやら柔道を始めた同級生と教室で練習ごっこをやり、投げられてコブを作ったらしい。
「でも、スイミングもやってるだろう?」「両方頑張ります」周作は簡単そうに言うが、練習の曜日が合うのか台所の理美に確認した。
「柔道は毎週水曜日に市の武道場、スイミングは毎週土曜日だから大丈夫だよ」理美が顔を出して答えた。どうやら周作は、先に理美に相談していたようだ。
「拳法ならお父さんも先生だぞ」「お父さんとやるのは駄目です」先日、私が周作の頭にボールをのせて、それを回し蹴りで飛ばすと言いながら失敗し、泣かせたばかりで、それ以来「自衛隊体育学校・格闘指導官」も信用がなくなっている。
「そうかァ、でも宿題は大丈夫か?」「はい、大丈夫です」周作は自信ありげに答えたが、その時、「今日の宿題はやったの?」と理美に訊かれ周作は「あっ、まだでした」と答えてあわてて自分の勉強机に向かって駆けて行った。呆れてそれを見送っていると、今度は保育園の年中組の聖也が前に来た。
「僕、サッカーをやっても好いですか?」「今度はサッカーかい」私がまた台所の理美に声をかけると、また顔を出して答えた。
「毎週土曜日の昼から市のグランドで幼児サッカー教室があるんだって」聖也は母の説明を黙って聞きながらも、周作の失敗の後だけに不安そうな顔をしている。
「聖也のスイミングはどうする?」「聖也は走りまわる方が好きだからね」私も日頃、聖也が遊んでいる様子を観察していて、そちらに適性はあると思っていた。
「我が家もスポーツの秋かァ」「教育幹部、訓練班長の家だからねェ」理美がつけたオチで、結局、周作の柔道も一緒に許可することになった。
周作&聖也
「今年も徒手格闘の訓練はやるんだろう、隊司令もえらくご執心だからね」総演の命令を起案している防衛部運用班長に呼ばれて訊かれた。
「はい、35普連には防具の借り受けと教官の派遣は支援要望を出してあります」「だったら防具なんか借りないで、もう調達しちゃえよ」運用班長は気楽に言ってくれる。私も2年連続で実績を作れば調達を要望する根拠になるかとは考えていた。何にしろ、部隊訓練の予算潤沢な防衛部とは違い、ウチの個人訓練関係の予算は心細い上、スポーツ競技やイベント的な行事に喰われていてはニッチモサッチもいかないのだ。
「警備の隊員を体育学校に入校させる話はどうなってるんだ」「管理隊も人手不足だそうで、中々ウンとは言ってくれなくて・・・」昨年度総演の実績を基に徒手格闘を普及定着させる努力を私なりにやってはきたが、実際の業務に追われる現場の反応は、「総演のイベント」の認識を出ず苦労していた。
「だったら、3曹に昇任しても初任空曹に入れないだろうって言ってやれよ」確かにその通りではあるが、「それを言っちゃあ、おしまいよ」の台詞でもある。返事をしない私に、運用班長は同情するような顔で声をかけた。
「指揮官の方が気楽だろう、陣頭指揮、俺に続けで済むからな」「はい、まったくです」私は浜松での何かに憑かれたように訓練と実戦に立ち向かっていた日々を思い出した。

ある日、監理部長と人事部長が突然、一緒に訓練班にやって来た。
「モリオ2尉、慰霊祭をやるから、お経を頼むワ」「はァ?」間もなく1輸空隊のCー1輸送機2機が三重県の山に激突した事故の慰霊祭があり、例年その日には、近くの各宗派のお寺に順番で供養の読経を依頼している。但し、そのお布施の出どころは予算根拠がないため監理部の裏金だった。
「折角、現職の坊さんがいるのに余所に頼むのは勿体ないだろう」監理部長は笑っている。監理部長としても余計な金も気もつかわずに済めば、これ幸いだろう。
「しかし、自衛隊は副業が禁止されていますよ」「誰がお布施を払うって言ったァ」私が躊躇うと人事部長が笑いながら答え、監理部長もうなづいた。
「お布施をもらわなければ副業にはならない」人事部長の見解なら間違いないだろう。
「ところで法衣は持ってるんだろうなァ」「はい」私の法衣は祖父にもらった形見だが、これで理美や子供たちにも法衣姿を見せられる。どんな反応をするか私も楽しみだ。
「頭は坊主刈りだし、どうみても本職だよ、遺族も判らんだろう」と監理部長。
「自衛隊に米軍みたいな宗教職種が出来れば、お前は従軍坊主だな」と人事部長。
これ以降、私は色々な事故の慰霊祭や警備犬の供養から、管理隊の新車納入の安全祈願や施設隊の工事の地鎮祭までオーダーされることになってしまった。

正月休暇、2日には今年も義父母が熱田神宮への初詣の帰りに官舎に寄ってくれた。
「入校中は、大変お世話になりました」「モリオさんこそ御苦労様でしたね」私が頭を下げて礼を言うと、義父が社長の顔で労をねぎらってくれた。そこから話が和やかに弾みだしたところで、義父が部屋の聖美の遺影を見ながら呟いた。
「亡くなった奥さんは綺麗な方だったんですな」「貴方、正月からそれは・・・」義母が義父の思いつきのような台詞に顔を強張らせ、周作も黙って私たちの顔を見た。
「はい、綺麗で優しい妻でした。本当に沢山のいい思い出と周作を遺してくれました」
「すごく素敵な奥さんだったよ、私も奥さんのおかげで結婚出来たって感謝してます」私たちの答えを聞いて、義父が理美の顔を見詰めながら言った。
「理美が幸せになれた理由が判ったよ」「はい」理美はジッと父の顔を見返した。
「こんな優しい旦那さんに愛されていれば、幸せになれない訳がない」「うん・・・」思いがけない父の言葉に理美はみるみる涙目になり、私も危なく涙をこらえていた。

「モリオ2尉、在外公館警備官希望って言うのは変わらんか?」幹部申告を提出すると人事部長から部長室に呼ばれ希望の念を押された。
「はい、是非とも」「そうか、それじゃあ、これで行き先も選んでみろ」そう言うと人事部長は机の上で在外公館警備官の人事交流予定表を見せてくれた。
「君が転出する時期だとチリ、スリランカ、シンガポール、レバノン、コンゴかな」「はい」「残念ながらヨーロッパはないぞ」「スリランカはどうして?」スリランカは海上自衛隊からの出向だったモノが航空自衛隊に交代になっている。
「PKOでうちのCー130が二セコ・ガルシアに寄るようになった関係かな・・・」中東方面へのPKO関連物資の空輸では、インド洋のニセコ・ガルシア米海軍基地に寄るが、海上自衛隊の寄港よりも頻度はあり、確かに部長の言う通りかも知れなかった。
「行きたい所はあったか?」「はい、第1希望はスリランカ、第2希望はチリにします」「おいおい、奥さんに相談しないで勝手に決めてもいいのか?」「大丈夫です」私の即断に部長は心配をしてくれたが、この話題は我が家の茶の間ではテレビや雑誌、新聞に外国が紹介されている度にいつもしているので簡単なことだった。
「第1希望はスリランカ、第2希望はチリだな」「はい、お願いします」そう確認すると部長は机上のメモ紙にそれを書き込んだ。

「スリランカ?やっぱりお寺巡りかァ」それが夜、この話を聞いた理美の感想だった。私の中でも佛教国・スリランカのイメージは、タイとゴッチャになってしまっている。あとは紅茶と宝石の産地と言うことぐらいしか知っていることはない。
「スリランカって、猛獣はいるの?」「ライオンは聞かないけど虎はどうだろう」「ペットに象が飼えたりして、へへへ・・・」スリランカでは反政府ゲリラとの戦闘が激化していることが報道されているが、何所までも能天気な夫婦・両親だった。

2月には、どこの部隊でも耐寒訓練の仕上げの名目でマラソン大会がある。それは私の1輸空隊も、理美の救難隊も同じだった。そんな時、司令部の会議があった。
「訓練班長、先日の部隊長会議で今年は基地のマラソン大会にしようと提案されてなァ」「はァ、どなたから?」私は思わず隊司令に訊き返した。
「そんなことはどうでもいい、そうすれば準備も一度で済むだろう」「はい、確かに」「毎年、基地所在部隊で担当を持ち回りにすれば負担も軽くて済む」「はい、ごもっとも」「1回目の担当は当然うちだぞ、いいな」「御意」そう申し渡して隊司令は話題を変えた。私はこれから始める煩雑な業務調整を想い、ため息をついた。

「ウチは年寄りが多いですから、そんな長い距離は困りますよ」やはり足を引っ張ったのは教育が専門であるはずの5術校だった。
「出来れば年齢別コースにしてもらえませんかねェ、40歳以上で分けてさ」自分も定年がそう遠くなさそうな訓練班長は自分のために言っているように見える。
「それじゃあ、作業員も時間も余計に必要になってしまいますよ、やるなら5術校が担当する年にでもやって下さい」訓練班長には私の答えが冷淡に聞こえたようだった
「若いつもりのあんただって、いつかは年を取るんだよ」訓練班長は私を諭すように言う。
「しかし、退官するまではやっぱり自衛官でしょう」私の感情を交えずに答えた。
「噂通りの軍人さんだね、あんたは・・・1輸空の隊員も大変だ」訓練班長は皮肉な口調でそう言って実施原案を受け取った。

それからは企画立案をしては部長の確認を受け、所在部隊の担当者と調整する毎日だった。くたびれて家に帰った私に、遅い夕食を出して、座卓の向こうに座った理美が訊いてきた。
「やっぱりコースは男女一緒なんでしょ?」「そのつもりだけどWAFとしてはどうだい?」私の逆質問に理美は少し考えてから答えた。
「若手の元気なのはヤル気になってるけど、ベテランは『何で?』って感じだね」「それで君は?」「私は訓練班長の妻ですから、元気で張り切っていますよ、遅いけどね」これで女性自衛官の反応もわかった。この違いは適応力の問題と理解するべきか、既得権益への執着と考えるべきかは、ご飯を食べて風呂に入りながら考えることにした。
「元気に・・・いい?」「もう、エッチ」その夜、布団の中では別にやることがあったのだ。

「理美、周作、一緒に走りに行こう、聖也は自転車でついておいで」「エッ、どこへ?」休日の午後、私は家族に声を掛けてみた。周作も近いうちに小学校でマラソン大会があり、最近は一緒に走っている。聖也は自転車の補助輪がとれて理美が練習させていた。
「コースの下見につき合ってよ」「うん、わかったァ」そう答えると理美は居間で着替え始めた男子家族を残して奥に着替えに引っ込んだ。
「周作が完走出来れば定年前の連中だって文句は言えないだろう」「自分の仕事に家族まで利用する気だなァ」私の話に奥から理美が呆れた声で答えた。確かに小学校3年生の周作が完走出来たコースが走り切れないようでは自衛官失格だ。
やがて家族全員ウィンドブレーカーに着替えると、聖也の自転車を車のトランクに入れて基地へ出かけた。するとゲートの隊員が「家族で訓練ですか?」と声をかけてきた。
「お父さん、僕、自転車に乗れるよ」「よし、今日はたくさん走るから頑張れよ」聖也の自慢に私が励ましたところで、車はスタート予定地点のグランドについた。
車を下りて聖也の自転車を出している私に後ろで準備運動しながら理美が声をかけた。
「コースは何キロなの?」「5キロだな」「浜松基地の一周よりも短いね」拍子抜け気味な理美の後ろで周作が、「5キロですか・・・」と心配そうに呟いていた。

マラソン大会は5キロの年齢区分なし、男女一緒のコースで実施した。
結果は救難隊が圧勝、5術校は惨敗だった。それでエライさんの機嫌が好くなったり悪くなったりして、それをモロにかぶった訓練班長たちが1輸空隊の訓練班に来ては感謝したり、自慢したり、文句を言ったり、愚痴をこぼしたりして行った。
ちなみに周作は日頃の練習の成果を発揮し、小学校のマラソン大会で学年2位になった。

今年のゴールデンウィークも、「戸鹿神社の大祭」は無視して奈良へ家族旅行をした。
「周作は、まだ小さい頃、奈良に1年住んでいたんだよ」「覚えていません」車の中での私の話に後席の周作は首を振った。聖也は車に乗るとすぐに眠る癖がある。
「そりゃあ、まだ2歳だったからなァ」「はい、全然覚えていません」周作にとっては亡き母・聖美との思い出であるが、5年以上の歳月が次第にそれを風化させてしまっているようだ。その切ない気分を助手席の理美が微笑みで慰めてくれた。
「大佛さんを見て『あれ怪獣?』って訊いて困ったよ」「怪獣ってェ?」突然、眠っていたはずの聖也が話に入って来た。
「奈良公園では鹿に追いかけられてね」「そうですか」周作は相変わらず淡々と答えている。本当はその時、逃げる周作を聖美が抱き上げて鹿から守ったのだ。
「猿沢池の亀を欲しがってな」「今でも亀は好きです。飼いましょう」「僕もォ」お寺や佛像の話よりも「亀」のキーワードで2人はワクワクした顔になってきた。
その時、車は奈良市に入り、田圃の遥か向こうに東大寺の大佛殿の屋根がかすかに見えてきた。朝、小牧を出て、三重は伊勢、伊賀を通って、ようやく南から奈良市に入ったのだ。
私はその遠景を眺めながら「ダイブッシャンのおうち・・・」と幼い日の周作の台詞を呟いてみた。それを理美は「大佛さんのお家」と優しく言い直した。

奈良の幹部候補生学校では自転車で行動していたので、駐車場に詳しくなくて困った。
薬師寺や唐招提寺の西の寺は兎も角、東大寺や興福寺は寺領が広いため近くに見つからず、仕方ないので宿泊するホテルで早目にチェックインして停めさせてもらった。
そこからは歩いての観光だったが、前回は追いかけられた奈良公園の鹿を周作は聖也と一緒に走り回って追いかけ回している。私は我が子の成長をそんなところで確認した。
ところで聖也は大佛を見上げて、「あれロボット?」と訊いたのだった。

この時期の若草山は全体が若草に覆われ本当に若草山だ。私はここからの眺めが好きで聖美と3人で自転車を押して登ったものだった。
「大佛さんのお家が足元に見えるだろう」喜んで走り回っている子供たちを気にしながら、理美に話しかけると、「うん、奈良が一望だね」とうなづいた。
「そう言えば万葉集にこんなところを詠んだラブポエムがなかったっけ?」「うーん、額田王と大海人皇子の歌だろう」これは聖美にも教えてもらったのだが思い出せない。しばらく2人で睨めっこしていたが、理美の顔がパッと光った。
「あかねさす 紫野行き 標野(しのの)行き 野守は見ずや 君が袖振る」「うん、それだ」「それで大海子皇子からの返歌は・・・」「紫草の にほへる妹(いも)を 憎くあらば 人妻ゆえに 我れ恋ひめやも」「ピンポーン」記憶の回復は私の方が遅かった。
額田王は大海人皇子との間に娘まで儲けていたが、皇子の兄の中大兄皇子に言い寄られて後宮に入ったのだ。
「でもこれ不倫の歌でしょ。よく教科書に載せてるよね」理美が憶えていたのは愛知の女子高生的興味だったようで、私は聖美との微妙な違いに呆れながらうなづいた。

7月1日付で理美が、2等空曹に昇任する。一方、私は1等空尉への昇任から漏れた。
「2曹昇任、おめでとう」昨日、当直幹部について、幹部食堂で救難隊の整備幹部からそのことを聞き、帰って台所で料理をしている理美を後ろから抱き締めながら祝福した。
「3曹を6年で2曹なら早いなァ、流石は俺の奥さんだァ」私は逃げようともがく理美を離さないで首筋にキスをすると、その騒ぎにテレビを見ていた子供たちも集まって来た。
「でも、あなたは・・・」理美は幹部の方が先に昇任の内示があることを知っていた。
「俺かァ?俺は奈良は家族連れで遊んでいたし、クレーマーだったんだから仕方ないさァ」これは先日、人事部長からされた「昇任出来なかった理由」の説明の請け売りだった。ようするに奈良・幹部候補生学校での成績は大したことがなく、春日では父子家庭で勤務にも配慮を受け、特別事情で浜松へ転属もしている。累積マイナスポイントが高いのだ。
「浜松でもあんなに頑張ってたのに・・・」「ハンディ―があったんだから、あれでやっと人並みってことさァ」「WAFの産休はよくて、貴方は・・・」私はまだ不満そうな口ぶりの理美を腕から解いた。騒ぎが収まって子供たちもテレビの前に戻って行った。
着替えて座卓の席に座ると、すぐに子供たちと理美が夕食を運んできた。ご飯が並び、「いただきます」と手を合わせて食べ始めたところで私が提案をした。
「7月1日にはお祝いをしよう」「そんなのいいよォ」私のことを思って理美は首を振った。
「2人のお祝さァ、合同祝賀会だよ」「エッ」私の返事に理美は怪訝そうな顔をしている。
「君は昇任、俺は誕生日、35歳になります」「そうかァ、そうだったね」私の返事に理美は意表をつかれたようにホッとした顔で笑った。
「それじゃあ、来年の正月は新年と貴方の昇任でオメデトウがまた重なるね」「それはどうだか、スタートダッシュの出遅れは挽回が難しいからな」理美の励ますような言葉にも私はあまり関心がないように答えた。
「2曹になればインスペクター(検査員)だけど、1尉になったって訓練班長のままだよ」今度は私が励ます言葉を返すと、理美はうなづきを繰り返していた。
「1尉になったら教育隊に行って中隊長になる?」「それはだけは嫌だね」「でしょ」質問に私が首を振ると理美もまたうなづいた。しかし、私の教育幹部としての経歴管理を考えると在外公館警備官が実現しなければ防府を含めてこの可能性は否定できないのだ。
「3佐になってから大隊長でならなァ」「1佐になって群司令でしょう」「だから1尉になりそこなったんだって・・・」理美のきつい冗談に私はむせてしまった。
「君こそインスペクターの勉強をしないとね、テクニカル・サージェント」「はい、頑張ります。キャプテン(まだ早い)」ようやく私たちは見つめ合ってうなづいた。
「今夜は前祝いに・・・いい?」「ラージャ」私が目で口説くと理美もOKをした。私たちは思わず2人きりの世界に入りそうになった。
「お代わりいいですか?」気がつくと隣りで周作が茶碗を差しだしていた。

秋は周作の小学校と聖也の保育園の運動会、その後には続いて総合演習がやってくる。
「僕、徒競争は駄目です」運動会が近づいたある日、周作が申し訳なさそうに言った。
「マラソンは早いのになァ」「でも自衛隊でも長距離は早いのに短距離は駄目な人って結構いるじゃない」私と理美は周作を慰め、励まそうと話し始めた。
「大人は横紋筋と縦紋筋の発達が違うからだけど、まだ小学生は反射神経の問題だね」「流石は体育学校!」私の専門的な解説に理美が半分茶化して合いの手を入れた。
「周作、ヨーイ・ドンのドンを待っていると遅れるから、『ヨーイ、1、2の3』で勝手にスタートするんだよ」私の実戦的な指導が始まると聖也も周作の隣りで話を聞いていた。
「聖也は徒競争は大丈夫かァ?」「僕、駆けっこが好き、マラソンは嫌」聖也はそう言って両親の顔を見比べた。そうなると私たちも答えなければならない。
「俺は短距離は早いよ、50メートルは6秒4だからな」「エッ、そうなの?凄―い」私の答えに理美は大袈裟な声を出し、その声で子供たちも尊敬の眼差しを向けてくれた。
「長距離は1万が30分台だから平均よりも少し早いくらいかな」「それでも凄いよォ」意外に運動が苦手な理美は、自分に話を向けられないように上手く逃げているようだ。
「周作、お父さんも小学生の時は、徒競争もマラソンもドベ(最下位)だったよ」私も理美をかばって話のまとめにかかった。やはり子供たちには理美は「何でも出来る、カッコ好いお母さん」でいてもらいたい。お父さんはボケ役でいいのだ。
「何でも1つ、ずっとやれるスポーツがあればいいよ。何かあるか?」「僕、サッカー」「僕は・・・」私の言葉に即答した聖也の横で周作は口篭もっている。
「マラソン?」「スイミング?」「柔道?」聖也、理美、私の順で口々に訊くと周作は黙って考え込み、私たちは注目してその答えを待っていた。
「僕、ドラゴンズかグランパスに入ります」「はァ?」本人以外の家族3人は呆気にとられた。結局、こいつは深刻には悩んでいなかった。

今年の演習は義母が泊りに来てくれ、理美は念願の演習に完全参加することが出来た。
今回の演習からは3回目になった徒手格闘の訓練の指導に来た35普連の隊員が警備訓練のゲリラ役もやってくれることになった。
演習最終日の警備訓練で、私は補佐官として基地の外れにある補給隊燃料小隊を攻撃するゲリラに同行していた。燃料小隊は理美たち救難隊の整備格納庫と道を挟んで向かい合っている。
私が道路に立ちゲリラの行動を確認していると、足元から突然、誰何をされた。
「誰か?」「補佐官!」その声には聞き覚えがある。それは理美だった。
「キシメン」「ミソカツ」理美は手順通り合言葉に続き確認の質問をしてきた。
「今日の夕食は何だ?」「そろそろ君の手料理が食べたい」「コラッ、真面目にやれ!」久しぶりの演習で気合が入った理美に補佐官が叱られてしまった(マジに怒っていた)。
モリノ理美
イメージ画像(航空自衛隊はここまではやらない)

演習が終わって一段落したところで、私は人事部長から部長室に呼ばれた。
「モリオ2尉、正式に在外公館警備官要員に指定されたよ」「はい、有り難うございます」私の素直な礼の返事に部長は意外そうな顔をして見上げた。
「近いうちに海外勤務要員の英語の集合教育があるからな」「ハッ、何所で?」「それは勿論、5術校だよ」5術校なら小牧内の入校で都合が好い。多分、教育内容も理美の米留英語課程と大差はなく、色々とアドバイスも貰えそうだ。
「任地については最終的には空幕と内局の調整だから、どうなるかわからんぞ」「はい」「コンゴになっても、もう断れんからな」「はい、コンゴもですか?」「今後じゃなくて可能性だ」部長は私のボケに突っ込みながら怖い話を持ち出してくる。これは人事幹部特有の「本当にそうなった時」のための予防線なのか、心の準備をしておけと言う上司としての親切心なのかは分からなかった。
「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します」「まあ、小牧の基地内なら勉強の合間に仕事もやってもらえるからな、頼むぞ」「はあ」これは入校する部下への言葉としては人事部長として不適切かも知れない。しかし、現実的にはそうなることは覚悟しておかなければいけないだろう。
「有り難うございました」「それから、前の隊司令にもお礼と挨拶の電話をしておけよ」もう一度、礼を言って退室しようとする私に部長が1つ助言をしてくれた。

家に帰って食事、入浴の後、子供たちが寝たところでこの話をした。
「いよいよ、海外勤務かァ」「うん、聖也は日本人学校で入学するんだなァ」「そうなるね」理美は指を折りながら聖也の歳を確認して答えた。
「周ちゃんは、あっちで卒業じゃあないのォ?」「そうかなァ」今度は、2人で周作の歳を確認する。3月異動ならギリギリで卒業になる計算だった。
「ウチの子たちは入学も卒業も桜の花の下じゃあないんだァ」「うん」「スリランカってどんな花が咲いてるの?」理美の質問には不勉強で答えられなかった。
「蓮の花かな」「それじゃあ、お浄土じゃない」理美は呆れたように笑う。私は僧侶として実家の浄土宗の信徒としての教育が行き届いていることに感心した。
「熱帯植物だろうから、東山植物園に行けば分かるかもね」「そうかァ」「でも、スリランカのガイドブックなんてあるのかなァ」「PXにはなかったよね」「名古屋に探しに行かないとね」どうも、私たちは旅行気分から抜けられないようだった。突然、理美が座り直して、真面目な顔で私を見つめた。
「前に、私と一緒ならどこでも『住めば都だ』って言ってくれたでしょう?」「うん」「それはスリランカでも?」理美は、ジッと見つめながら答えを待っている。
「『住めばお浄土』だね」「うん、フフフ・・・」私の答えに笑いながら理美は目を閉じた。私は肩に手を掛けて抱きよせた。しかし、私は口説き文句を間違えた。
「極楽浄土したい・・・」「南無阿弥陀佛、南無阿弥陀佛・・・」今夜は、ここまでだった。
スリランカ国花
スリランカ国花

  1. 2013/01/25(金) 09:32:03|
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