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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1323

「僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を さくら並木の下で・・・」あかりにはレーザー映像の画面の歌詞は読めないので記憶だけが頼りだ。そのため淳之介は小声で唄って記憶を呼び出すのを助けている。あかりは前を向いて唄っているのでママさんはカウンター越しに向かい合って優しく見守っているだけだ。マイクをもう一本手渡してデュエットにさせるような野暮なことはしない。
「どんなに苦しい時も 君は笑っているから 挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ・・・」淳之介もこの歌が好きだ。あかりは淳之介にとっての桜なのだ。それは初デートで桜の下で感じた不思議な時めきから始まっている。
「・・・さくら さくら 今咲き誇る 刹那に散りゆく 運命(さだめ)と知って  さらば友よ旅立ちの時・・・」流石にあかりも2番の後半になると歌詞が怪しくなってきた。そこで淳之介も音量を上げてデュエットにした。
「・・・さらば友よ またこの場所で会おう さくら舞い散る道の上で」唄い終ってあかりは少し申し訳なさそうにマイクをカウンターに置いた。やはり最後まで唄い切れなかったことが残念だったようだ。そこで淳之介はハシャイダような声で話しかけた。
「デュエットしていてお前と最初にデートした公園の桜を思い出したよ」本当はレーザー映像の画面では本土のソメイヨシノの並木に舞い散る花吹雪が流れていたのだがあかりには判らない。淳之介の言葉にあかりもその出来事を思い出したのか懐かしそうにうなずいた。
「桜の歌ならもう1曲唄えるよ。今度も途中までになっちゃうかも知れないけど」淳之介の気遣いを感じ取ったあかりは笑顔になって次の希望をリクエストしてきた。やはり夫婦なので淳之介にはその曲名が判る。ママさんにコブクロの「蕾」を頼んだ。
このカラオケでは森山直太郎の「さくら」のイントロはピアノのソロだがコブクロの「蕾」もオルゴールのような音色のソロだ。それでも随分と物悲しく感じる。そんなイントロに合わせて顎でリズムを採っているあかりが愛おしくなってくる。
「涙こぼしても 汗にまみれた笑顔の中じゃ 誰も気づいてくれない だから貴女の涙を僕は知らない・・・」この曲の歌詞は「さくら」の数倍はある。淳之介は邪魔にならないように唄うため腰を浮かしてあかりの耳元に口を近づけた。
「・・・掌じゃあ掴めない 風に踊る花びら 肩にヒラリ 上手に乗せて笑って見せる 貴女を思い出す 1人・・・」やはり2番からはデュエットになった。コブクロは2人組なので当たり前ではある。それを察したママさんはマイクを渡そうとしたが、頬を寄せて唄っている2人を見て止めた。目の前のあかりは顔を近づけて唄っているのが本当に嬉しそうだ。
「・・・聴こえない頑張れを 握った両手に何度もくれた・・・優しく開く笑顔のような 蕾を探している 1人」唄い切って淳之介はあかりの顔を引き寄せて頬を合わせた。それを見たママさんの大きな拍手が意外に広い貸し切りの店内に響いた。
「ありがとう。やっぱり貴方と一緒だと安心」2曲唄ってあかりは喉が渇いたのか、冷めかけたお湯割りのシマグシ(八重山方言の泡盛)を口にした。それを見て淳之介も氷が解けて薄くなりかけたシマグシを飲む。さらにママさんはカウンターの奥の冷蔵庫からウーロン茶を持って来て黙って開けた。ここで「いただきます」と断られるとウーロン茶1本が千円にもなるのだが黙って開けたので自分持ちのはずだ。
「ねェ、本土の桜って何月頃に咲くの」淳之介が一口飲んだところであかりが訊いていた。飲み終わったグラスに氷が当たって鳴った音を合図にしたようだ。
「私、本土の桜に会ってみたいな」ここで言っている桜は沖縄の緋寒桜ではない。淳之介の胸に幼い頃に各地で見た本土の桜が動画ではなくスライドのように流れてきた。
「3月の下旬から4月の始めだからもうすぐだな。九州から始まって北へ向かって行くんだよ」実際は毎年、鹿児島と高知が開化の先陣争いをするのだが、淳之介の記憶にある最南端は山口県の防府と香川県の善通寺だった(どちらも北緯34度です)。
「私、桜吹雪を浴びてみたいんだ」確かにあかりが唄った2曲では「舞い落ちる」「風に踊る」と言う歌詞がある。沖縄の花冠(かかん)のまま落ちる緋寒桜では「花びらが舞う」と言う風情はない。しかし、映像・画像を見ることができないあかりは歌詞や文章で描かれている花吹雪をどのように想像しているのだろうか。
「ふーん、お前に桜吹雪のシャワーを浴びさせたいけど春休みの観光シーズンだからなァ」あかりの鋭い感性なら花吹雪を浴びれば頬や髪に舞い落ちる桜の花びらのささやきを聞くこともできるだろう。しかし、桜の季節は春休みの観光シーズンでもあり、淳之介の仕事は商売繁盛になる。ここは元恋人同士の父と義母に相談するしかない。あかりにとっては義父と母だ。
う・安里あかりイメージ画像
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  1. 2018/09/26(水) 10:12:18|
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