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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1324

「貴方も何か唄って」グラスのシマグシ(=波照間島の泡波)のお湯割りを半分飲んで少し顔が赤くなったあかりがカウンターに置いたマイクを手渡しながらリクエストしてきた。淳之介はオンザロックを飲み干すとカウンターの上にメニューを広げて選曲を始めた。その向こうでママさんはアイス・クーラーから氷を足してボトルのシマグシを注いだ。
「桜シリーズできたからなァ」福山雅治の「桜坂」は淳之介が中学生の時の歌だが残念ながら知らない。他に思い当たる桜の歌と言えば・・・滝廉太郎の「花」だ。モリヤの父の音楽の趣味は手当たり次第何でもありで、目に映る情景と感情を歌で表現していた。そんな訳で桜の季節の出だしはこの歌になるのだが何故か「春のうららの矢作川」と唄わなければならない。
「えーッ、これって学校で習う歌さァ」やはりママさんは変な顔をした。ママさんの小学校時代は沖縄が日本に復帰する前なのでこの歌は習っていない。それでも知識としてはそのように理解しているらしい。そもそも沖縄では桜並木がある堤防の風景は思い当たらない。
「やっぱり変だよね。キャンセル」そう言って淳之介はメニューに視線を戻した。実は滝廉太郎の「花」は1番、2番、3番で微妙に曲が違う。父は正確に唄っていたとしても淳之介はそこまで真剣に聞いていなかったので自信もないのだ。
「それじゃあ同期の桜」「えーッ、これは軍歌さァ」今度は怖い顔になった。八重山は沖縄本島ほど極端ではないにしろやはり反戦平和の意識が強い。戦後生まれとは言えアメリカの軍政下で育ったママさんは若者に軍歌を唄わせたくないらしい。とは言っても淳之介にとってこの歌は今の両親の愛唱歌だった。両親は幹部候補生学校の同期のため毎晩のパジャマ・ミーティングで飲みながら前川原での思い出話や同期の噂になると嬉しそうにこの歌を合唱していた。そんな訳で淳之介には重くて暗いイメージは全くなかった。
「別に桜じゃあなくても良いでしょう。デートの時、唄ってくれた歌があったじゃない」折角のあかりの助け船だが、淳之介も父親ほどではないがデート中にはBGMとして場面や感情を歌で表現していた。だから曲目が多過ぎて即座に決められない。
「ゆうなの花が好い。お願い」やはりあかりはできた妻だ。一曲目は初デートの思い出の歌になった。ママさんも安心したようにうなずきながら機械を操作した。
「ゆーらゆら ゆうな ゆうなの花は さやさや風の ささやきに 色香も染まるよ ゆーらゆら・・・」このユッタリとして優しい歌に合わせてあかりも揺れている。淳之介は画面のゆうなの花よりも隣りで揺れている花の方が美しいと思いながら唄い切った。
「次は・・・」「てぃんさぐの花だろう。これは俺のテーマ・ソングだからな」あかりの桜シリーズに続いて淳之介は島歌シリーズになってきた。ただし、まだ持ち歌はあまりない。
「淳之介も随分とシマンチュウになり切ってきたね。アンタのお父さんは島歌を唄う時、歌詞のエ段はイ段、オ段はウ段で発音していて感心したんだよ。アンタも気をつけてみなさい」ママさんはメニューで曲の番号を確認しながら思い出話で助言をする。ママさんは流石に父と梢さんのことは憶えていなかったが、次第に断片的な記憶が甦ってきているようだ。
「貴方のテーマ・ソングって3番でしょう」「うん、昔はね。今では全部が俺への教えだと思っているよ」三線(さんしん=蛇味線)の伴奏の間にあかりが話しかけてきた。実はこの歌も父から習ったのだが、それは「沖縄に行きたい」と言い出した中学生になってからだった。やはり父にとって「親」は信頼に値しない存在だったのだろう。しかし、今の淳之介はモリヤの父と母、そして義母の教えはこの歌の通り素直に受け留めている。
「てぃんさぐ(=鳳仙花)ぬ花や 爪先(ちみさち)に染めて(すみてィ) 親(うや)の言(ゆ)し事(くとぅ)や 肝(ちむ)に染(す)みり=(標準語の意味)1番・鳳仙花の花は爪に染める 親の言う事は肝に染める。2番・天の群星の方位を読めば読めるが 親の言う事は読まなければならない。3番・夜走らす船に乗る子の行方を星は見守っている 私を生んでくれた親は私を見守っている・・・」ここで間奏が入り、淳之介はシマグシで口を湿らせた。
「・・・宝玉(たからだま)やてぃん 磨かにば錆びす 朝夕(あさゆ)肝(ちむ)磨ち 浮世(うちゆ)渡ら・・・ん」本当は4番の歌詞に「ん」はないが古語的には「渡らん」になるので父は間を開けてつけていた。したがってその父に習った淳之介もこう唄った。
「てぃんさぐの花って清明(シーミー)の時に墓の前で唄うにも好い歌だと思うなァ」唄い終って淳之介は意外な感想を述べた。南城市の玉城家を含め沖縄本島の清明の墓参では本土式に念佛を唱える家が増えているが、八重山ではユタさん(女性の霊能者)を呼んでオモロ(沖縄の霊歌)を詠ってもらっているようだ。淳之介も祖先に家門の繁栄を見せるため客を招く風習で見習いの頃、社長の家の清明に呼ばれて聴いたが難しくて覚えられそうもなかった。
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  1. 2018/09/27(木) 10:01:26|
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