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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1327

「貴方、流石だわァ。それなら安心してあかりの願いを叶えてやれます」淳之介に電話をして15分後に梢から電話が入った。どうやら梢も「貴方」と呼ぶことにしたらしく声を聞き間違えると大変なことになりそうだ。
「うん、東京で泊めて東北新幹線に乗せれば後は自分たちで何とかするだろう。一応、仙台の傍の船岡に古い知り合いがいるから連絡しておこうと思っているよ」その知人とはカンボジアPKO以来の知人・茶山元3佐だ。私が殺人事件の裁判の被告として収監されていた東京拘置所に面会に来てくれて以来、会ったことはないが年賀状と時候の挨拶は欠かしていない。船岡と言えば子供心に深く感動した大河ドラマ「樅の木は残った」の舞台になった土地でもあり、その意味では私も訪ねてみたい。
「全国のニュースでは最初の開化と東京の花見までで終わってしまうから東北や北海道の桜がこんなに遅くなるなんて知らなかったわ」「うん、淳之介も知らなかったと思うよ。本土では東京から西の太平洋側と福岡までが日本だと思っているから東北や日本海側のことは歴史や文化、土地柄や気候もあまり知らないんだ」実は私も曹候学生で防府に就職家出して九州人に接して以来、第1術科学校で東北人、沖縄に赴任してシマンチュウとアメリカ人と交流するようになったから世間が広いだけで、今思えば陸上自衛官として北海道での勤務を経験しておくべきだった。尤も中身はアメリカ人の佳織と結婚したから家庭内で留学はしている。
「私も東北の桜を見てみたいけど夫婦水入らずの旅行を邪魔する訳にはいかないしね」「梢も春は観光シーズンだからな。淳之介と違って予約の受けつけもあるから4月中は暇なんてないだろう」「やっぱり私の仕事を解かっていてくれるんだね。グスンッ」突然、梢は声を詰まらせ、電話口で鼻をすすった。考えてみれば梢はあかりの父親と別れて以来、1人で障害を持つ娘を育ててきたのだ。理解者は両親だけだったはずだから私の何気ない言葉が胸に響いたのだろう。
「桜は当分、我慢するにしてもワシには梢に見せなければいけない花があるんだよ」「コスモスだね」「うん(グスンッ)秋の桜だ」梢が即答したのを聞いて私まで鼻水が垂れてきた。
「淳之介が貴方はコスモスを見ると沈んでしまうって言ってたけど、今でも私との約束を大切にしてくれていたんだね」「本当は演習が終わったら梢の観光シーズンが一段落するから貯めた代休で九州に旅行しようと思ってたんだ」「九州にもコスモスが咲いているの。私は貴方の持ち歌のイメージで信州しか考えてなかったわ」私としては新田原基地から来ていた同僚から「西都原古墳群のコスモスが素晴らしい」と聞いていたので考えていたのだが、梢が言う持ち歌の方が思い当たらなかった。梢とコスモスを見に行く約束をしたのはさだまさしのコンサートで沖縄には咲いていない「秋桜」=コスモスを聞いたことが切っ掛けだった。それ以外にコスモスを描いた歌をカラオケで唄っていたのだろうか。
「ねェ、狩人のコスモス街道を唄ってよ」答え合わせは梢がしてくれた。狩人は私と同じ愛知県岡崎市出身で小学校には担任だったと言う先生がいたため子供たちも愛唱していた。ところが現世の三悪道=宝飯郡一宮町では恋愛を描く歌謡曲を子供が人前で唄うことを嫌っていたため封印せざるを得なかった。これも就職家出で解放したのだ。
「電話が長くなるぞ。そちらから掛けていることを忘れるなよ」「はい、それは判ったけどお願いします」ここまで言われては唄うしかない。梢と別れてから再び封印していた歌を25年ぶりに唄うことになった。その前に歌詞カードがないのでうっかり「あずさ2号」や「アメリカ橋」「若き旅人」と間違えないようにしないといけない。
「バスを降りればから松林 日除けの下りた白いレストラン 秋の避暑地で出会う人はみな・・・」確かにこの歌は愛唱していた記憶がある。レーザー・ディスクの映像では信州のコスモス畑の風景が映っていた。梢はさだまさしの「秋桜」を聞いた時、あのコスモスの一面の群生と庭の一輪咲きの違いでイメージができなくなったのかも知れない。
「・・・コスモスの花は今でも咲いていますか あの日の2人をまだ貴方は覚えていますか 愛されなくても最後まで 望みを捨てずにいたかった・・・」梢にとってはこの部分は自分の気持ちの代弁ではないか。しかし、私たちの場合は「愛されなくても」ではなく「(親の命令で)愛せなくなっても」だ。
「・・・右は越後に行く北の道 左は木曽まで行く中山道 続いてる コスモスの道が」(拍手)
「ありがとう。大変良くできました」「うん、久しぶりだったから自信がなかったけど何とか最後まで唄えたよ」こうなると次回、佳織とカラオケに行った時にはこちらでも封印を解除しないといけない。美恵子には梢との大切な思い出に立ち入らせるつもりなど毛頭なかったが、佳織とは共有するべきだ。勿論、いつかは梢とも昔のように唄ってみたいものだ。
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  1. 2018/09/30(日) 09:18:17|
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