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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

10月1日・韓国人の反米感情の発端・大邱10月事件

1946年の明日10月1日に今も韓国人の底流に流れる反米感情の発端である大邱(てぐじゅう)10月事件が発生しました。
この事件は大日本帝国の敗戦によって独立を手にしたつもりでいた韓国・朝鮮人が、日本の一部として一緒に無条件降伏した敗戦国にされて、北緯38度線を境界線にして北はソ連、南はアメリカを中心とする連合軍に占領されたことに始まります。南ではアメリカによって実際は何もやっていない独立運動の指導者である李承晩を首班として独立準備を進めている中、日本の統治時代に比べて生活が急激に困窮して米価は当地時代の10倍を超え(韓国人は統治下でそれまでのコウリャン米から白米を食べるようになったため日本政府は国内が米不足で苦しんでいても朝鮮半島に輸出していた)、社会活動は混乱したまま停滞し、さらに上下水道や電気などの復興も進まず、劣悪な衛生状態によって5月から夏に向かってコレラが流行しても有効な対策を打たず、4000名もの死者を出したことに怒った国民が各地で抗議運動を起こしたのです。
9月から始まった抗議運動は毎度のように各地に飛び火しながら規模を拡大し、10月1日に大邱府庁前で行われた集会で警察隊が群衆に向かって発砲して市民を殺害し、その日のうちに暴動が激化して収拾がつかなくなったため占領アメリカ軍が戒厳令を布告しました。ここからは李承晩お得意のアメリカ軍を「自分の政権が倒れれば朝鮮半島はソ連によって統一される」と恫喝して出兵を促し、同時に南朝鮮防衛隊(後の韓国軍)、警察隊と右翼=暴力団を使って手当たり次第に市民を弾圧していったのです。
韓国では日本による統治を植民地支配とすることで国際社会に被害者面しようとしていますが、その切っ掛けになった日清戦争自体が朝鮮王家内の「日本の文明開化に倣って近代化を進めるべきだ」とする改革派と「宗主国である清国への忠誠を堅持しなければならない」とする守旧派の対立により双方が清国と日本に軍事支援を要請したことが原因であり、日本による統治も日清戦争の勝利で主導権を握った改革派の要請に応じた信託統治と言うのが史実なのです。最近の韓国の政権は国民の血税で朝鮮半島の近代化を進めた日本の貢献を無視して国際社会でも批判の声を上げていますが、朝鮮戦争で40677名もの犠牲者を出して国土を防衛したアメリカ軍の大きな恩義もこの時の恩讐を払拭することはできず、最近では「金日成は李承晩の圧政に苦しみ、異民族であるアメリカに支配されている南朝鮮の同胞を解放するために侵攻した」と公然と語られるようになり、在韓アメリカ軍に対する感情面の反発は日本の沖縄と大差がない状態に陥っています。
対岸の半島の韓国・朝鮮は位置的に隣接しているため日本人と言うよりも朝日新聞を中心とするマスコミは一方的に「親近の情」を演出しようとしますが、朝鮮人の末裔である山口県人(周防・長門=現在の山口県の守護大名・大内氏は朝鮮王家の末裔を自称しており、一緒に渡来した側近の祖先がそのまま定住した)を除く日本人とは全くと言って良いほど共通性はありません。日本人が盲従する欧米式の常識が韓国にも通じると思うから腹が立つのであって、「怨」の前には「恩」を忘れる国民だと思ってつき合えば結構です。
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  1. 2018/09/30(日) 09:20:22|
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