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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1328

早速、私は茶山元3佐に手紙を書いた。今年は昨年末から冬の暴れん坊将軍が東北と北海道に居座り、極寒と豪雪の猛威を奮っていたので見舞いを兼ねた時候の挨拶からだ。続いて用件に入るがあかりの障害のことは率直に書いた。これが愛知の親なら慣れない障害者の世話を嫌うだけでなく世間体を気にして何を言ってくるか判からないので迂闊なことは書けないのだが、殺人犯として公判中の私を拘置所にまで訪ねてくれた茶山元3佐の人間性には全幅の信頼を置いているのであえて詳細に記述して検討を依頼した。
すると折り返しのように返事が官舎に届いた。階段の入り口の郵便受けから取り出して階段を上りながら封書を見ると宛名は細字のマジック・ペンで記されており、カンボジアPKOの報告書で見憶えがある文字だ。自宅についてリビングで封を開けると手紙は鉛筆書きで綴った文章のコピーだった。つまり正本は保管して写本を送る自衛隊の文書送付の方式を退官後も踏襲しているようだ。年賀状や時候の挨拶の葉書のボールペン書きとはやはり趣が違う。
「思い掛けない連絡に喜んでいます。息子さんは沖縄で離島航路の船長をされているとか。カンボジアで見せてもらった写真ではまだ幼い子供さんでしたが立派に成長されて壮大な夢を実現していることに感心しています。ウチの息子は東京で製材業の仕事をしています」ウチの息子よりも茶山元3佐の息子さんの方が父親の志を継いでいるようで感心してしまう。勿論、これは親馬鹿にならないための謙遜であって、お互いに自慢の息子と言うことだ。
「息子さんと奥さんがこちらに桜を見に来られるとのこと。奥さんは目が不自由なのに香りと花びらで風情を楽しみたいと言うのは流石はモリヤ家のお嫁さんです」あかりのことまで誉めてもらうと流石に有り難くなる。これが別の人間なら持ち上げておいて落とす断りの前置きを疑わなければならないが、茶山元3佐であれば素直に感謝するべきだ。そこで手紙を前に掲げて頭を下げた。
「宮城県内には桜の名所は数多くありますが、風景を眺めることはできないお嫁さんが花吹雪を浴びる感覚を味わうには私の自宅に近い白石川の千本桜が一番良いと思います。堤防を歩きながら風が吹いてくると本当の吹雪のように目の前に白い幕が下りたようになります。お嫁さんも目で見られなくても芳しい香りと肌に触れる花びらを感じられるでしょう」この文章を読んで茶山元3佐の文学的な情景描写に感心してしまった。そう言えば年賀状や時候の挨拶には茶歌と自称している短歌が添えられている。岩手県出身だけに石川啄木のような歌人の才能の持ち主なのかも知れない。
「ただし、船岡には宿泊施設があまりない上、桜のシーズンには満室になっていると思います。知り合いの温泉旅館や自然休養村に頼んでみますが、若し無理ならウチに泊ってもらいましょう。特別なもてなしはできませんが遠慮なくどうぞ」これでは旅館などは頼んでみるだけで自宅でお世話になることが前提になる。茶山元3佐本人は良いにしても果たして奥さまは承知しているのか。返事が早かっただけに少し心配だ。
「こちらは蔵王山から吹き下ろす風が冷たいので沖縄から来られるお2人が冬物を持っておられるか家内が心配しています。寒くない服装を用意するようにして下さい」やはり私の取り越し苦労だったようだ。ここまでで1枚目は終わりだが2枚目に長い続きがあった。
「ところで貴官はお坊さんじゃあなかったですか」いきなり貴官ときた。自衛隊でも「貴官」と言う敬称で呼ぶことは滅多にない。大概は上から「貴方」「君」「お主」「貴様」「お前」「てめェ」「おい(声を掛けるだけ)」と落ちて行く中で互いの階級や先任順、役職や立場、喧嘩になった時の強さ、何よりも用件の重要度などで選択する。
「お坊さんであれば相談したいことがあります」茶山元3佐は岩手県出身でありながら宮城県の船岡に自宅を建てた。つまり長男の跡取りではないようだ。こうなると新たに菩提寺を決める相談の可能性があるが私は完全な門外漢だ。
「実は貴官に話したことがある桃から生まれた桃太郎を育てた夫婦の名前を考えているのですが、古典の勉強をしてこなかった私には相応しい名前が浮かびません。お坊さんならお経などで古い言葉や漢文に通じているでしょう。どうか相談にのって下さい」そう言われても私にとって桃太郎は「昔、昔、お爺さんとお婆さんが住んでいました」の2人に拾われて育てられたこと以上の知識はない。確かに趣味で民俗学の研究はしているが、それも宗教的な面が中心なので民話となると長年にわたり専門的に研究している茶山元3佐に及ぶはずがない。
こうなると淳之介とあかりとは別に佳織と東北旅行に出かけて恐山や弘前、男鹿半島、遠野、花巻、出羽三山などを歩いてみる必要がありそうだ。その前に日本の民俗学の創始者・柳田国男先生の著書を読み返さないといけない。
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  1. 2018/10/01(月) 09:55:59|
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