FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1332

花見の後、南北4キロ、東西800メートルあるセントラルパークの園内を隅々まで歩き回った。動物園ではペンギンやアシカ、ホッキョクグマやレッサー・パンダ、入ったばかりのユキヒョウ、そして珍猿・タマリンを見て本間は子供のように歓声を上げた。続いて1時間10ドルの貸しボートに乗り、庭園や園内の施設を巡って疲れたところで食事を御馳走になって大喜びした。おまけに公園と道を挟んで隣接するアメリカ自然史博物館にも案内してくれたのだ。
セントラルパークは自然の森林を思わせる造りになっているが各種施設が点在しているため脇道が多く、道路には看板があまりないので初心者は案内されないと迷子になってしまう。
「今日は有り難うございました。本当に楽しかったです」博物館を出た階段で本間は初めて杉本に素直に礼を言った。杉本は感情を見せないのは相変わらずでも、きめ細かく気を配り、本間が興味を持ちそうなコースを頭の中で組み立てながら連れ回してくれた。これも考えようによっては杉本が女の扱いに熟練していることになるのだが今は感謝が先に立っている。
「どういたしまして。相手が俺じゃあ物足りなかっただろうけどよく我慢してくれました」いつもは癇に障る杉本の皮肉も今日は謙遜に聞こえるから不思議だ。
「ここに寄ったのはセントラルパークの動物園は小さくてあまり動物がいないからせめて剥製で満足してもらおうと思っただけだ」これは必要がない理由説明だが杉本の照れのように感じる。確かに動物園は珍獣を集めた一点豪華主義のような展示になっていたが剥製で代用と言うのは少し無理がある。本間の死んだ恋人・中央道(ゾン・ヤオドウ)は祖国の珍獣・レッサー・パンダが好きで近くの豊橋自然公園にはいないため隣りの浜松動物園にまで見に行っていた。今日はレッサー・パンダに会えたのでそれだけで満足だった。そこで皮肉で逆襲した。
「上野の科学博物館に展示してある動物の剥製は動物園で死んだ動物で作るそうですが、ここに展示されている動物は余所で飼っていたものばかりなんですね」要するに展示されていたライオンや象、シロナガスクジラ(これは実寸大の模型)はこの小さな動物園では飼っていなかっただろうと言いたいらしい。ところが杉本の返事もやはり皮肉だった。
「上野の科学博物館に展示している人体標本は上野公園の生き倒れを解剖した後に作るらしいぞ。すべて自前なんだな。そこはこことは違うな」これは女性に聞かせる話題ではない。本間は折角抱いた好意を胸のポケットの奥に突っ込みたくなった。それでも手のひらで温め直しながら話題を変えてみた。
「今日は行けなかったメトロポリタン美術館にも連れて行って下さいね」本間の申し出に杉本は口元だけで困惑を表現しながら視線を道路の向こうに広がる公園の樹林の中に見える美術館の屋根に移した。本間もそれを追って視線を向ける。
「メトロポリタンは興味を持って見始めると1日じゃあ回り切れないぞ。ジャンルが幅広いから何が見たいって決めて行けば半日でも大丈夫だけど、お前の性格から言って途中で切り上げるのは嫌だろう」この体験談的な説明を聞いて本間は杉本が単独行動を好むのは自分の趣味を納得できるまで満喫するためなのではないかと思った。
「何にしてもお前が見かけによらない体育会系で良かったよ。おかげで俺のペースで歩き回っても平気でついてきてくれた。普通の女じゃあ泣き出すか怒って帰ってしまうからな」これは誉めてくれたのだろう。言われてみればセントラルパークは周回道路だけでも10キロあり、脇道にそれながら歩いたのだからその倍以上になったかも知れない。早い話が「まだWACだ」と認めてくれた言うことだ。
「今田(本間の偽名)は動物園が定番デート・コースだったみたいだな。40を過ぎてあそこまで無邪気にハシャグ女は珍しいぞ。余程、楽しい思い出があるんだな」最後の皮肉は本間の胸に突き刺さった。今度は本間が無表情になり独り言のように説明を呟いた。
「はい、大学時代、愛し合っていた恋人と動物園巡りをしていました・・・今日は昔に帰ったみたいで嬉しかったんです」それでも杉本は表情を変えず、むしろ鋭い視線で本間の変化を観察し始める。しかし、うつむいた本間はそれに気づかなかった。
「だからって俺はお前を仕事のパートナーにはしないよ。俺につき合えばお前はハニートラップの道具を勤めることになる。と言ってお前に海外の工作員を誘惑するような性的魅力があるとも思えないからな」本間が驚いて顔を上げると杉本はいつも通りの凍りつくような冷たい視線を向けている。本間が心を許しても杉本は素顔を見せていなかった。それは本間の素顔を観察するために演出した恋愛劇だったのかも知れない。
「私の性的魅力は試してみないと判りませんよ。女が男を虜にする魔力は顔や体形だけじゃあないですからね。でも不合格の判定を受けたんですからお断りです」本間の精一杯のハッタリの皮肉に杉本は苦笑しながら先に石の階段を下りて行った。
スポンサーサイト



  1. 2018/10/05(金) 10:17:57|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<10月6日・中東和平の立役者・アッ=サーダート大統領が暗殺された。 | ホーム | 10月5日・強姦殺人の代名詞・小平義雄の死刑が執行された。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4928-64339b92
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)