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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1340

「あの山は」千本桜のトンネルを抜けたところで淳之介は正面にそびえている山に目を奪われた。新幹線は進行方向の右側の席だったので視界に入らなかったが、まさに「鎮座している」と言う表現が相応しい巨大な存在感は本土で住んだ山口県、愛知県、三重県では見たことがない。さらに山頂付近は残雪が青空に白く浮き上がっている。
「あれは宮城県の象徴(?)の蔵王山だよ」「蔵王山ですか・・・」淳之介はこの名前をどこかで聞いた記憶があった。勿論、東北に来るのは初めてだがもっと幼い頃に聞いたはずだ。
「確か愛知県の渥美半島にも同じ名前の山があったな」答え合わせは茶山元3佐がしてくれた。淳之介が守山に住んでいた頃、両親の片方が入校中の夏休みと冬休みに残った片方が演習に出かけると志織と2人で豊川の祖父母の家に預けられたのだが、その時、飽きないように車で連れ回してくれた場所の1つだった。
「田原の蔵王山は標高250メートルだけど宮城の蔵王山は1841メートルだからね」茶山元3佐が補足説明してくれたが、この口ぶりでは豊川で勤務していた頃、名前に惹かれて訪ねてみたのかも知れない。すると淳之介の胸には不思議な懐かしさが湧き上がってきた。初めて見る風景にこの感情が合わないのは判っているが身体に流れる血が騒ぎ始めているのだ。
その時、白石川の川面を撫でるように冷たい風が吹いてきた。風があかりの帽子を飛ばし、長い髪を吹きあげた。淳之介は小走りに帽子を追い、拾うとあかりの手に持たせた。
「今言っていた山が貴方を呼んでいるよ」「へッ、蔵王山が俺を」2人の会話は普通の人には理解できないだろう。しかし、茶山夫妻もあかりの感性の不可思議さを確信しているので黙って聞いている。あかりは片手で髪を整えてから帽子をかぶると続きを語り出した。
「貴方に『帰ってこい』って呼んでいる大きくて重い声が胸にズーンと響いてくるの」それは先ほどから淳之介も感じている不思議な懐かしさとも共通する何かの呼びかけではないのか。それでも淳之介は自分と山形の縁(えにし)について父から何も聞かされていない。
「そう言えばモリヤくんに初めて会った時、『山形の友人に似ているなァ』って思ったんだ。色の白さ、肌が綺麗なところも東北人そのものだったよ」それを言われれば淳之介もその血統なのだが、やはりシマンチュウとのハーフの母親似になると容姿は違っているようだ。
「それじゃあ昼からは蔵王を越えて山形へ行くとしよう」「でも、蔵王ハイラインの開業は4月29日よりも後じゃない」今回も茶山元3佐の発案を奥さんが制止した。茶山元3佐は昨夜の酒席で自分の前のめりな性格を自覚しているため何でも綿密な計画を立てないと安心できないと言っていたが、奥さんもお目付け役を担っているらしい。
「取り敢えず山形自動車道で山形市に抜けて時間があればロープウェイで山頂付近まで行こうじゃないか」「でもお2人は冬物を持っていないのよ。山頂は雪が残っているくらいだから寒いんじゃないかしら」2人の議論を聞いていて淳之介も迷ってしまっていた。あかりに雪を触れさせたい気持ちは極めて強いが、Gパンとトレーナーにサマー・コートを羽織っただけでは未経験の寒さに対する不安は拭えない。
「それじゃあお前の防寒着を貸して上げなさい。コートの下に着るのなら多少は短くても大丈夫だろう」「はい、そうします」これが結論のようだ。
「あかり、雪に触れられるかも知れないぞ。花吹雪だけじゃあなくて本当の雪にだぞ」淳之介の説明を話いたあかりは何故か唇を噛み、少し冷たくなった手で淳之介の手を握ってきた。未知なる体験も大きくなり過ぎると歓びよりも惧れが先に立つのかも知れない。
昼食は千本桜の沿道に出店している屋台と露店で買い喰いをして済ませると一度、奥さんのセーターと手袋を取りに家に戻って即刻、出発した。ただし、淳之介には茶山元3佐の軍手だ。
蔵王温泉からのロープウェイには蔵王スカイケーブルと蔵王中央ロープウェイ、そして蔵王ロープウェイがあるが前の2つは眺望・絶景が売り物なのであかりには意味がなく、蔵王ロープウェイで地蔵山の山頂に行った。昨冬は大寒波による豪雪だったため山頂付近の残雪は茶山元3佐も驚くほど深かった。運動靴では足の指先が凍えそうだがそれも貴重な体験になる。
「冷たい。これが雪なんだね」頬を赤くしたあかりは白い杖を足元に置きながら両手で雪をすくってみせた。吐く息も白くなっているのだがそれを見せることはできない。
「うん、それが雪だ。雪を投げるから驚くなよ」そう断ってから淳之介は手で固めた雪玉をあかりの額に軽く投げた。恋人同士の楽しい悪戯もあかりには事故の原因になりかねない。
「キャッ、冷たい」「痛くなかったか」「ううん、驚いただけ」「これが雪合戦だよ」淳之介の説明にあかりは心の底からの嬉しそうな笑顔をほころばせた。
「貴方・・・グスンッ」「うん・・・グスンッ」それを見て茶山夫妻は一緒に鼻をすすっていた。
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  1. 2018/10/13(土) 09:33:51|
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