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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

10月15日・バチカンがグレゴリオ暦に移行した。

1582年の明日10月15日にバチカンのグレゴリウス13世が改暦を命じ、それまでのユリウス暦から現在も多くの国で採用されているグレゴリオ暦に移行しました。
それまでのユリウス暦は紀元前45年にローマ帝国の執政官であったガイウス・ユリウス・カエサルが採用した暦で、1年を365日と4分の1日として4年に一度の閏年に1日を加算するものです。ところが実際の地球が太陽を回る公転周期は4分の1日=6時間よりも短い365日と5時間48分45秒179であり、これを修正するため「4年に1度の閏年のうち、キリスト暦の100で割り切れて400で割り切れない年を平年とする」ことにしたのがグレゴリオ暦です。このため1900年と2100年は閏年でも365日ですが、我々が経験した2000年は普通に閏年の366日でした。
その発端はキリスト教の重要な儀礼である復活祭=イースターが春分の日を起点に設定されるのに対して暦上の日付と実際の太陽が上る方向が春分の日とずれていることに気づいた宗教関係者の指摘でした。これによりニコラウス・コペルニクスを含む天文学者を交えた検討が重ねられ、前述の改暦が発令されることになったのです。
ただし、この布告がバチカンによって発せられたため当初はカソリック教会に限られ、ギリシアやロシアの正教会では現在も故事の日付にはユリウス暦を使用しています。また、この改暦の時点ではすでに宗教改革が始まっていましたが、こちらの教派の多くは科学的に正しいグレゴリオ暦を採用しているようです。
一方、日本を除くアジア圏では公共機関の業務は太陽暦=グレゴリオ暦に基づいているものの民間行事は太陰暦のままです(日本は明治5年の改暦に関する太政官布告によって太陰暦の使用が認められなくなったため宗教行事などが滅茶苦茶になっている)。
太陰暦では1月(ひとつき)を29日の小の月と30日の大の月の2つに分け、これを交互に繰り返すことで1年を354日としています。しかし、これでは地球が太陽を公転する365日と毎年11日の誤差が生じるため十年弱で四季がずれることになり、これを補正する閏月の設定が必要になります。
古来、東アジアと大陸の東南アジア諸国では中国皇室が天文観測と暦の作成を行っていたためそれに従っていたのですが、日本は江戸時代に幕府が独自の暦を作成にすることになりました。閏月は農業などの仕事の段取りに直結するため季節感の中で違和感がない位置に設定する必要があり、権力者にとっては殊のほか重大な問題だったのです。
ちなみの東アジアの太陽暦の要素を取り入れた太陰暦を太陰太陽暦、イスラム圏のヒジュラ暦のようにずれを補正しないものを純粋太陰暦と呼びますが、イスラム圏では農業の段取りなどではユリウス暦を流用することが黙認されているようです。
余談ながらユリウス暦が採用されて太陽暦に移行するまではヨーロッパ圏でも月の満ち欠けによる太陰暦を採用していたため真っ暗な新月の次に姿を現した朔(ついたち)を意味するラテン語の「カレンデ」が現在では簿冊式の暦を意味するカレンダーになっています。
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  1. 2018/10/14(日) 09:30:36|
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