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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1343

「お母さん、これは東北のお土産です」翌日の全日空で那覇空港に帰った淳之介とあかりはゲート前で待っていた梢に大きな紙袋を手渡した。
「こんなに沢山もらうと困っちゃうさァ、私は仕事中なのよ」紙袋の中には色々な大きさの箱が見える。どうやらお菓子だけではなさそうだ。
「笹蒲鉾は醤油と山葵(わさび)で食べるとオカズになるし、そのままでも美味しいよ」「お父さんが『ディープキスの味』だって言っていました」夫婦の説明はハシャギ気味だ。まだ旅行の興奮が収まり切れていないらしい。確かに笹蒲鉾の形と大きさは突き出した舌のようだが、梢はそれほど濃厚なキスをしたことはない。かと言って佳織でもなさそうだ。実はモリヤはアメリカ海兵隊のジェニーとの経験で言っていたのだがそれは誰も知らない。
「『萩の月』は私が今まで食べてきたお菓子の中で一番美味しかったよ」「一番大きな箱を買って来たけど多分、すぐに終わっちゃいます」今度は興奮ではなく舌舐めずりしそうな顔になった。実は仙台市内には「萩の月」の自動販売機があって1個ずつバラで買うことができる。淳之介とあかりは茶山元3佐が買ってくれた「萩の月」を車の中で食べて非常に感動したのだ。梢も2人の顔を見ていて家に帰って開けるのが待ち遠しくなってきた。
「5合パックは東北の地酒です。オジイは島酒専門だけどたまには日本酒も味見してもらって下さい」やはり酒は淳之介が説明する。そう言う淳之介も沖縄で酒を覚えたため島酒専門のはずだが、ワザワザ土産に買ってくるくらいだから東北の地酒は気に入ったようだ。
「あッ、あまり長話してちゃあいけないんだった。私は仕事中なのよ」そこで梢は自分の珍しいウッカリ・ミスに気がついた。最初の台詞を繰り返すと踵(きびす)を返して琉球ツーリストのカウンターに向かって早足で歩き始めた。
「お母さん、ありがとう。本当に楽しかったよ」母の足音を耳で追ったあかりが声を掛けると梢は歩きながら「それなら良かった」と返事した。
「お礼にアンガマの面を送ろう」石垣島に帰るとタクシーの中で淳之介が思いついたように言い出した。アンガマとは老夫婦の面で爺さんのウシュマイと婆さんのンマ(ウンマーと発音する)の一対だ。太陰暦の8月15日の夜にこの面をかぶった2人を先頭に顔を隠して笠をかぶり、蓑などを着けた集団で家々を回り、ウシュマイが位牌を拜んだ後、家の主人に祝辞を述べ、酒などの饗応を受けている間に玄関先や庭、家の中であの世の語りや歌、踊りを披露するソーロン(祖先供養)アンガマや新築のお祓いである家造りアンガマなどで用いられる。
「私、アンガマって判らないんだけど」あかりは八重山独自の儀式そのものを知らない。この面は郷土玩具として観光客相手の土産物店にも飾られているのだがあかりには見えないのだ。
「うん、オジイとオバアの面なんだけどシマンチュウとは思えない顔なんだよ」確かにアンガマは角ばった顔が多い沖縄の人たちにはあまりいない面長だ。それは本土にいた頃、父の本棚にあった何かの本で見た高砂の老夫婦に似ている。
「取り敢えず家に帰る前に市内で買って行こう」「民芸品を買うならやちむん館だね」淳之介の話を聞いていた運転手が客引きなのか店の名前を言ってきた。淳之介としても土産物店で買うよりも専門店の方が安心できるので案内してもらうことにした。
「アンガマの面ですかァ。ウチは踊りで使う本物しか置いていませんから大きいですよ」やちむん館の店主はナイチャーが沖縄でも八重山に移り住んだヤイマンチュウ・ナイチャア(八重山本土人)だった。その点では沖縄本島の人にもなれなかった父より一枚上手だ。
「その方が良いんです。土産物店で売っているミニチュアじゃあ玩具みたいですから」「はい、判りました」そう返事をして店主は奥に入っていった。あかりはアーケード街の一角の狭い店内に所狭しと小さな民芸品が並べられているため入ることができず店の前で待っている。淳之介はあかりのところまで出てきて説明した。
「茶山さんは桃太郎を育てたお爺さんとお婆さんの子孫だって言っていただろう。だからアンガマを家の神さまにしてもらえば丁度良いって思ったんだ」「流石ァ」ようやく淳之介の考えが判ってあかりも納得した。あかりも母に読み聞かせてもらった日本の昔話で桃太郎は知っているが「山に芝刈りに」「川に洗濯に」と言う情景は理解できていなかった。それが今回の旅行でその現地を歩くことができたためお爺さんとお婆さんをとても身近に感じるようになっている。その時、店主が奥からアンガマの面と掛けて飾る額を持って出てきた。
「これでよろしいでしょうか」「妻に触れさせてやって下さい」淳之介の依頼に店主が面をあかりの前に差し出すと指で顔を撫でた。
「顔中に皺が刻まれてるね。やっぱりオジイとオバアさァ」あかりも満足してくれた。
アンガマアンガマ
  1. 2018/10/16(火) 09:20:55|
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  1. 2018/10/16(火) 14:36:06 |
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