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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1345

「お父さん、大発見があったんだ」裁判の日程変更への対応の打ち合わせが長引いて帰宅したのは消灯ラッパが鳴る時間帯だった。すると待ちかねたように淳之介から電話が入った。どうやら留守中に何度も電話してきていたようだ。
「そこまでして伝えたいこととなると・・・あかりが身籠ったのか」これは期待を込めた回答だがやはり外れだった。仮に妊娠していたとすれば無理な日程で旅行を計画するはずはない。何よりも梢が許さないだろう。
「俺やお父さんと山形の関係が判ったんだよ」「山形と・・・何か関係があるのか」想定外の展開に打ち合わせで疲れている頭の思考が追いつかない。私は幼い頃から父親やその長兄の伯父から「モリヤ家は」と言う中身のない講釈を聞かされ続けてきたが山形については全く聞いたことがない。父親や伯父は「モリヤ家は幕府天領地で代々庄屋を務めてきた由緒正しい家柄だ」と誇示していたが、父親の祖父は生まれて死ぬまで一度も仕事をせず、年貢を納めるのに自分の土地だけを通って代官所に行けたと言う田畑を切り売りしては白い馬に乗って遊郭に通って家を没落させたとも聞いている。おまけに中学時代に郷土史を研究すると父親の実家がある集落は三河・遠江・信濃への交差点でもあり、松平・牧野(吉田=豊橋の領主)・今川・武田が繰り広げた合戦の後、多くの武将がここで消息を絶っており、落ち武者狩りに遭ったのではないかと推察していた。つまりモリヤ家の先祖がその首謀者だったと言うことになる。
「お父さんのお祖父さんは集団就職で山形県の角川村から中部電力に入って婿養子になったんだって」「それは本当か」まさしく大発見だ。思い掛けない吉報に私は一気に力がみなぎってきた。それが本当であれば私には母方の祖父の旧尾張藩士の陸軍少将の血と父方の祖父の東北人の血が流れており、生まれて以来、悩まされ続けてきたモリヤ家の血と東三河との悪縁が半減することになる。これほど悦ばしい事実はない。
「雄馬兄ちゃんに頼んでお祖父ちゃんに訊いてもらったんだ。お父さんは知らなかったの」「うん、あの親父のことだから自分の父親が東北から集団就職してきたことを恥だと思っているんだろう。億尾にも出さなかったな」これは夫婦・親子の間に秘密がない家庭で育った淳之介には理解できない説明だったようだ。
「東北って素晴らしい土地だったけどな」「うん、ワシも航空自衛隊時代の演習や司法修習で青森県に行ったことがあるが、大自然と佛神の世界に人間が間借りしているみたいに感じたな」実は同じ神秘性を沖縄の離島でも感じていたのだが、その大自然を掌って(つかさどって)いるのは沖縄では海洋の佛・ミルクユガフ、青森では大地の神・アラハバキだった。要するに東三河の賤しい功利主義の価値観でしか物を見ない連中には大自然の豊穣の恵みや人の心の清らかさ、優しさ、温かさを感じ取る至福は理解できないのだ。
「でも、俺は沖縄でも八重山に住んでいるから山形のことを調べられないんだ。お父さん・・・」「オフ・コース(勿論だ)、ナッタ セイ(ノット ア セイ=何も言うな)」この返事は志織用だった。 電話口で淳之介が反応しないので日本語で言い直した。
「判った。仕事の合間を見て調べるから楽しみに待っておけ」「はい、お願いします。おやすみなさい」気がつくと時計は11時を指している。淳之介も出港準備があって出勤時間が早いようだが私もシャワーを浴びて寝なければ明日が心配になる。と思ってカレンダーを見ると明日は土曜日なので休みだった。明朝は佳織の官舎に出かける予定だ。
「公務御多用中のところに掛かる私的問い合わせの書簡をお送りするご迷惑をお許し下さい」翌朝、途中のコンビニで買ってきた往復葉書で山形県最上郡戸沢村の役場に照会の書簡を書いた。インターネットで調べたところ山形県角川村は現在、最上郡戸沢村に統合されていることが判ったのだ。ついでに観光案内を見ると戸沢村は最上川の川下りで松尾芭蕉が下船した場所であると紹介されている。つまり「五月雨を 集めて早し 最上川」の句を物した舞台である。少なくとも芭蕉は東三河を流れる豊川で俳句を詠んではいない。
それにしても祖父の名前が永之進と言うことくらいしか知識がないので受け取る側には大変な迷惑なのは判っている。それでも糸口を掴むためには思いつく手段を全て使い尽くすしかないのは情報戦のイロハだ。しかし、自分の父親の出身地や旧姓を隠蔽し続けているモリヤ一族の異常性には言葉も出ない。おそらく私自身も父親の意向に背いて家を捨てた不孝者として存在を消去されることになるはずだ。本当は航空自衛隊に入った時点でそうしてもらえれば梢に哀しい思いをさせることもなく幸せな人生を送れたのだが、それでは淳之介とあかりの結婚がなくなってしまう。人の縁(えにし)とは面白くも難しく不可思議なものだ。雄大な急流・最上川を見て育った祖父は貧弱な豊川を眺めながら何を思っていたのだろうか。
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  1. 2018/10/18(木) 09:15:18|
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