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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1347

大手新聞による質疑の内容と追及は共に常識の範疇に留まっている。同時通訳をイヤホーンで聞いている各国の専門家たちも安堵の表情を浮かべていた。
「それでは時間も迫っていますのでそろそろ・・・」進行役が記者発表の終了を告げようとした時、後ろの席に座っていた男が手を上げた。この男は服装も他のマスコミ関係者がスーツにネクタイを締めているのに比べてラフなジャンバーにGパン姿で会場に入る時も廊下で警備員に呼び止められて身分証明証と記者証の確認を受けていた。
進行役は困った顔を国防部の担当者に向けたがこちらは渋い顔でうなずいて指名を許可した。
「衝撃スクープの白(パク)です」この雑誌は大手新聞の記事の中から大衆が関心を持ち、怒りの声を上げそうな出来事を選び、その背景を取材して扇動することで購読者を獲得している。したがって質疑が常識から逸脱するのは始めから予測できた。
「今回の発表では始めから北韓の潜水艦、若しくは小型潜水艇による攻撃で天安が撃沈されたと結論付けているように感じます。言い換えれば北韓の攻撃であることにするための証拠固めをする目的で合同調査団が編成され、その結論の権威づけに利用されたと見ることもできます」この指摘に他国の専門家たちは顔を赤らめて怒りを露わにし、逆に韓国の専門家は青ざめている。それでもこの雑誌記者は挑発するような口調で質問を切り出した。
「今回の事故の1週間前に昌原市鎮海区の在韓アメリカ海軍基地から出港した潜水艦が1隻、2カ月が経過した現在も帰港していません。通常の航海は長くても1ヶ月程度と言うことですから異常な事態でしょう。この天安の沈没と何らかの関係があるのではないですか」これは新聞ではなく事故が発生して間もなくインターネット上で注目を集めた投稿者不明の記事だ。この雑誌は単なる推理マニアの戯言として見過ごすことはせず詳細な裏づけを取ったらしい。
国防部としてはかなり広範にわたる想定問答集を作成して回答を準備していたのだが流石にこれは予測していなかったようだ。担当者はマイクの電源を切って進行係を呼び寄せて指示を与えると足早に退室した。杉本が見ているテレビはこの一連の動きを中継し続けており、国防部の焦燥感が強く印象づけられた。
「只今、国防部の担当者は質問内容に関する確認のため一時的に退室しました。しばらく待って下さい」「それではこの時間を利用して専門家の皆さんに質問させてもらいます」雑誌記者は時間を無駄にする気はないようだ。日本の官公庁の記者クラブでは新聞とテレビ局だけを加盟させており雑誌は基本的に除外されている。したがって大臣や首長の定例会見は記者クラブを対象としているため蚊帳の外に置かれており、まれに雑誌社が参加できても指名は新聞やテレビが優先されるため残り時間に割り込むしかない。韓国には記者クラブなどと言うマスコミの本務である取材を放棄した制度はないが、やはり内容が即座に購読数にはね返る雑誌記者の情報に対する貪欲さは新聞やテレビの比ではないようだ。
「専門家の皆さんに同時通訳しているのは我が国の言語での質疑応答を英語に翻訳しているだけですから直接の質問と回答には応じかねます」進行役は苦し紛れながら絶妙な弁明をした。すると雑誌記者は不敵に笑うと流暢な英語で質問を始めた。
「オーストラリアの貴方の専門は何ですか」「造船工学です。▲△大学では機械工学を教えています」雑誌記者と進行役の会話は同時通訳されていなかったようで質問をされたオーストラリアの専門家は素直に答えてしまった。先ほどの侮辱的発言に対する怒りも英語で直接質問してきたことで忘れてしまったらしい。
「イギリスの貴方は如何ですか」「私は○×★☆造船所の技師長です。なお、当造船所は王室海軍の艦艇の建造も請け負っています」韓国人の英語は戦後の日本と同様にアメリカ式英語なのでオーストラリア人の発音には近いが、本場クイーンズ・イングリッシュと聴き比べると品格が落ちるように感じる。それでも構わず質問を繰り出すところが雑誌記者だ。
「スウェーデンの専門家も英語には堪能でしょう。そうでなければ英語と韓国語で進められる現場での仕事はできませんから」「はい、大丈夫です。私も◆◇▼▽造船所の技師長です。我が造船所も王室海軍の艦艇を建造しています」ここまでくると雑誌記者のペースにはまりそうだが、流石にアメリカの専門家は踏み止まった。
「私は韓国政府からの要請で合同調査団に加わっているのですから公的資格を有してこの席に座っています。したがって進行役の指名を受けていない貴方の質問に答えることはできません」この回答に他の専門家たちは自分の軽率さに気づき顔を見合わせた。そこに国防部の担当者が白い半袖の軍服を着た女性を連れて戻ってきた。
「クミコ・・・」杉本は大写しになった女性の顔を見て独り言を呟いた。それは在韓アメリカ海軍のスポークスマンであるサンディ・クミコ・トミタ少佐だった。
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  1. 2018/10/20(土) 09:22:24|
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