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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

悪夢の政権交代の影の主役・仙石由人元官房長官が死んだ。

10月11日に民主党政権では人材不足を埋めるように多くの役職を渡り歩きましたが、やはり尖閣諸島で中国漁船が巡視船に衝突してきた時の対応が記憶に残る仙石由人元官房長官が肺癌でなくなったそうです。見た目よりも若い72歳でした。
野僧は仙石由人と言う名前は警備幹部として日本国内のテロ事件と裁判を研究していた中で昭和44(1969)年から昭和46(1971)年にかけて4回続発した爆弾送付事件(特に昭和46年12月18日の土田國保警視庁警務部長宅に送った爆弾で奥さんが亡くなった事件が有名)の裁判で被告人の無罪を勝ち取った辣腕弁護士として知りました。
仙石元官房長官は徳島県の父親は地方裁判所の職員、母親は日教組の熱心な活動家である教員と言う公務員家庭に生まれました。昭和39(1964)年に東京大学に入学すると60年安保で湧き上がった国民の怒りを高めて共産革命を実現しようとする学生運動・全共闘に参加して名を売りますが、在学中に司法試験に合格したため中退して弁護士になりました。弁護士としては日教組や労働組合、そして学生運動の活動家が被告になった裁判を専門として前述の実績を上げています。なお、福島瑞穂(本名・趙春花)議員はこの時に所属していた弁護士事務所の後輩です。
多くの日本人は誤解していますが学生運動でも共産革命を標榜する過激派(日本赤軍を含む)は選挙による政権奪取を目指すように方針転換した共産党とは分裂・対立しており、旧社会党こそ庇護者なのです。このため仙石元官房長官も十分に名を売った1990年の衆議院選挙に社会党から立候補して当選しています。ところが仙石元幹事長は影で自民党から資金を渡されて政治案件を取引している社会党の実態に失望して離党すると、別の看板での政権奪取を目指すようになって市民ネットワークを経て民主党に参加しました。
その後は素人集団の民主党の中では数少ない実務派として存在感を発揮する一方で、全く不似合いな保守色を演じるようになり、自主投票になった国旗国歌法では賛成票を投じただけでなく党内右派の前原派に加わっています。
しかし、実際は民主党と言う政党自体が旧・社会党と同じく日教組や国家公務員労組、自治労を母体とする連合が支持基盤であり、これらの組合員の多くは学生運動の活動が理由で民間企業に就職できなかった元革命戦士なので政治に求めていることに変わりはなく看板を掛け替えただけの亡国政党なのです(今度は「立憲民主党」に掛け替えています)。おまけに当時のマスコミ各社は国民に実態を知らせることなく民主党の宣伝媒体と化しており、その虚構を信じ込まされた日本人は民主主義が持つ危険な構造的欠陥を自ら発動させて戦後史最大の悪夢を現出してしまいました。
仙石元幹事長の罪科は学生運動の活動家の感覚で国政を取り仕切っていたことに尽きますが、実際、首相官邸への立ち入り許可証を公安調査庁や警察当局が危険人物として監視対象としていた元全共闘の多くの活動家たちに発給しており、彼らが官房長官の黙認の下で国家の最高機密を持ち出し、どこかに流していたことは間違いないでしょう。
共産主義者は宗教を信じていないので祈ることはしません。勝手に消えてなくなりなさい。
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  1. 2018/10/21(日) 10:20:28|
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